第56話
偵察を終えた時点で予想はしていたことだが、実に歯ごたえがなかった。
見張り役のゴブリンも、大半はマリアとブリジットの魔法であっさりと倒せてしまったし、寝ていた連中は問題外だ。
家の中に入り込んでいたゴブリンも、ほとんどが眠りこけていた。
結局、村の中に居たゴブリンは三十体に満たず、それもほとんどがまともな戦闘にならないうちに排除完了……肩透かしも良いところだ。
戦闘を終えたボク達は、姿を消した村人達の手掛かりを探すべく、手分けして村のあちこちを調べてまわることにした。
ボクとマリアは村の北側。
ブリジットは南側を担当。
さっき全ての建物を一応は見てまわったけれど、それはあくまでゴブリンを探してのこと。
ボク達の手に負えない上位種が居ることも想定していたため、家の内部の探索まではしている余裕が無かった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん~?」
「ここのゴブリン、何でみんな眠そうだったんだろうね」
「……分かんないなぁ。ゴブリンは本来なら夜行性のモンスターらしいけどね」
「え、そうなの?」
「そうだったって言った方が正確かな。ほら、ゴブリンって一体一体はそんなに強くないだろ?」
「うん」
「だから、あんまり寝てばかりもいられないらしいよ。他のモンスターのエサにされないためにも、何日かは眠らずに行動出来るようになったんじゃないかって言われてる」
「そんなの、よく知ってるね~」
「たまたま、サンダース先生の私塾の本棚から借りた本に書いてあっただけだよ」
あの本は非常に面白かった。
書いたのは、長生きで有名なエルフのうちの一人だという。
ゴブリンだけじゃなくコボルトやオーク、ドワーフやミニラウの生態を、著者なりの視点で羅列してある本というよりは覚え書きに近い内容だった。
特に興味深かったのは、ボクら人族が何故こうも世界中で勢力を増していったのかについての考察だ。
アレコレ並べ立てられていたけれど、結局は『寿命が長くない分、あらゆる面で貪欲だから……』らしい。
欲が薄いと具体的な行動に結び付かないというのは、たしかに有りそうな話だと思ったものだ。
「ふ~ん。それが本当なら、ここに居たゴブリンは何日か寝てなかったことになるね」
「そうなるな。ゴブリンも普通なら、限界に達する前に寝ちゃうらしいけどね。あんなに深く眠る必要に迫られる前にさ」
「ジャン、ちょっとよいか? これ何だと思う?」
「どれ? あぁ、コレは例の紋章だね。ボクらの住んでる町が大昔、独立した国だった時代の……どこでコレを?」
「あっちだ。さっき最後にマリアが魔法で倒したゴブリンが居たあたり」
村の南側の出入口。
そこに居たゴブリンのことだろう。
目覚めてすぐに弓を構えたまでは良かったが、地面に置いた矢筒を背負い忘れて、なす術も無いまま光弾に貫かれたゴブリンアーチャー。
ヤツとの戦闘を最後に、ボク達は相談して村の探索を開始していた。
「ここに落ちていたんだ。地面には文字も書いてある。残念ながら意味が分からないんだけどね」
ブリジットが指差している場所には、確かに文字が書いてあった。
書いてあるのは『手筈……に……』
あとは読めない。
知らない文字で書かれているとか、意味が難しいとかいう話じゃなくって、単純にゴブリンのものらしき足跡で読めなくされてしまっている。
「手筈……ね。たぶん、村から避難する必要に迫られた場合の何らかの決め事が有ったんだろうけど、これだけじゃなぁ」
「お兄ちゃん、コレ何だろ?」
いつの間にかマリアが手にしていたのは、例の紋章が掘られた石盤。
その裏面に小さく矢印が書かれていた。
「逃げる方向……とかかな? ブリジットがコレを見付けた時、どんな風に置いてあった?」
「ちょっと待ってね。えーと……たしか、ここにこの向きで置かれていたと思うよ」
それが本当なら、矢印は南南東を指していたことになる。
「お兄ちゃん、そっちには何が有るの?」
「丘と、丘のてっぺんらへんには古い砦なんかも有るハズだね。うーん……手筈ってのが、その砦に逃げ込むことなら、別に矢印はいらないと思うんだけどなぁ」
「それは確かに。ジャン、周辺に他の建物は?」
「昔は別の国同士でよく戦争してたらしいからな。この村の南側は砦だらけなんだよ。距離的に近いのは、さっき言った丘の砦か、川沿いにある半壊した砦跡かな」
「村の人達が、そのどっちかに逃げた可能性はかなり高そうだね」
「サンダース先生の授業で習った気もするけどさ……ジャン、よく覚えているなぁ」
「いや、まぁ……ちょっと不謹慎かもしれないけど、戦争の歴史とかは興味が有ったからね。それにギルドの壁に貼ってある、この辺の大まかな地図も大体は頭に入ってるから」
「前から知ってたつもりだったけど、やっぱりジャンの記憶力はちょっとハンパじゃないよね。私はあんまり記憶力に自信が無いから羨ましいよ」
「それは私もだよ~」
「兄妹でも得意分野は違うものだからね。私の亡くなった兄は、剣より魔法の方が得意な人だったし……」
ブリジットのお兄さんが、何で亡くなったのかまでは聞いたことがない。
その在りし日を懐かしむような表情は、いつものブリジットよりも大人っぽくて、そしてどこか物悲しいものだった。
「そ、それはともかくさ。村の人達、どっちの砦に向かったと思う?」
マリアが動揺しているのは、ある意味仕方ない。
ボク達は血が繋がっていないのだし、あんまりこの話題は長く続けたいものでも無かった。
少なくとも今のところは……。
「ボクは川沿いの砦跡が本命じゃないかなって思ってる。矢印はゴブリンにも意味を知られてしまう可能性が高いと思うし」
「それは確かに……」
ちょうどその時だった。
丘の方へと続く道の向こうから、ゴブリンの大部隊が姿を現したのは。
その道はゆるやかなカーブを描いており、更には木々に遮られて発見が遅れてしまっていた。
まだ幸運だったのは、ボクらが村の出入口まで来ていたこと。
もし、いまだに村の建物の内部を調べている段階だったら、身動きの取れない状況でヤツらに取り囲まれてしまっていたかもしれないのだし……。
「うわ……何アレ?」
「多分、矢印を信じて丘の砦に向かった部隊が、空振りして戻って来たんじゃないかな。どうやらヤツらが主力みたいだ」
「ざっと見ただけでも百体近く居そうだね。それに何だかデカいのも混ざってるし……ジャン、どうする? さすがにアレと、ここでやりあうのは得策じゃないんじゃない?」
「そうだね。いったん町に戻るか……川沿いの砦跡に逃げ込んだハズの村人達に報せに行くか……かな」
「お兄ちゃん、逃げよう。いくらお兄ちゃんでも、アレは無理だよ。ギルドに報告して、討伐隊を編成して貰おう」
「村人達を見殺しにして、かい? ジャン、私は一人でも川沿いの砦とやらに向かうぞ」
ここにきて意見が割れてしまうのはマズい。
皆それは分かっているけど、恐怖感と正義感との狭間で難しい判断を迫られてしまっていた。
結果的にまたも二人の性格の違いから正反対の意見が出てしまったが、どちらの意見も決して間違っていないと思う。
どっちみち、ホブゴブリンまでいる大部隊と、遮蔽物の少ない場所でまともに戦うのは避けなくてはならない。
ならば……
「ボクに考えがある。大急ぎで町まで戻ろう」
「ジャン!」
「ブリジット! ボク達は逃げるんじゃない! 当初の目的……この異変の調査はここまでで完璧に果たしたんだ。それに言ったハズだよ? 考えがあるんだ。村の人達を見捨てたりは絶対にしないよ」
「……その言葉、信じて良いの?」
すがるような目をしていた。
ブリジットはボクを信じたいんだと思う。
だからこそ……ハッキリと言い切る。
「あぁ、もちろんだ。撤退の先頭はブリジット。マリアはその後ろ。ボクがしんがり。さぁ……急ぐぞ。ここからは時間との戦いだ!」
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