第55話
「ここで引き返す方が楽なのは間違いないんだけどさ。ボク達がこの先どんなパーティになるかは、今この時にかかっていると思うんだ。それならボクは進みたい。もしかしたら生き残っている人も居るかもしれない。場合によっては、まだ村が陥落していない可能性だってあると思う」
これは偽らざる気持ちだ。
それらの可能性が低いことは理解しているつもりだけれど、だからと言って全く無いワケじゃない。
「そっか。ジャンが行くなら私も行く」
「もう……だったら私も行くよ。でも、本格的に危ないと思ったら引き返そうね?」
「あぁ、それはもちろんだよ。無茶はしない。第一目標は状況の把握だ。生き残りが居たり、攻防の最中なら、また考えよう」
二人とも頷いてくれた。
ブリジットはともかく、マリアは渋々だったけど……。
◆
再び前へ進み始めたボク達は、何度もゴブリンに遭遇した。
危惧していたような上位種の姿は今のところ見ていない。
武装も大して良くないし、農具などを武器代わりに持っているゴブリンも見当たらないことから、村がまだ無事な可能性も出てきた。
「これって、もしかしたら本当に……?」
「お兄ちゃん?」
「間に合ったかもしれない。ほら、ゴブリンが持ってる武器。相変わらず木の棍棒とか、石斧とか、そんな程度だろ?」
「なるほど。ジャンは村が持ちこたえているかもしれないって考えてるんだね」
「まぁね。決して有り得ない話じゃなくなってきたと思う」
「あ、そっか。農作業に使う物でも、ゴブリンの持ってる武器よりマシだもんね」
「そういうこと。だとしたら先を急ぎたいところだけど、焦ってボク達がやられたら話にならない。奇襲にだけは気をつけよう」
「そうだね。マリアは私のそばから離れないでくれよ?」
「うん!」
ボクら三人の中で、最も防具が充実しているのはブリジットだ。
さっきから危なげなく戦っているし、普通のゴブリン相手なら、ブリジットが苦戦する場面が想像しにくい。
とても今日が初めてのモンスター討伐とは思えないぐらいだった。
反対にまだ少し危なっかしいのがマリアだ。
林に入ってすぐに出くわしたゴブリンの一団と乱戦気味になった際に、どうにか初めてゴブリンを倒すことは出来ていたけれど、フレイルを大振りし過ぎて次の敵に対応するのが間に合わなかった。
幸いボクが気付いて対処出来たから良かったものの、もう少しタイミングが遅れていたらゴブリンの振り下ろした棍棒がマリアの肩口に当たってしまっていたと思う。
それ以降は相手が一体なら何とかなっているけれど、まだ二体以上のゴブリンに囲まれると厳しいだろう。
しばらく進むと、ようやく林の終わりが見えてきた。
麦を育てていたらしい畑は踏み荒らされ、見るも無惨な有り様だ。
今の時期だと食べるには早いハズなのに、ゴブリンにとっては気にならないようで、無事なものは殆ど無い。
倒れた穂に実り初めていたハズの麦は、すっかり食い散らかされていた。
村は簡素な柵で覆われているが、中の様子をある程度は窺うことが出来る。
どうやら人の姿は無さそうだが、ゴブリンの姿もあまり見当たらない。
「おかしいな。村が陥落しているんなら、もっとゴブリンがたくさんいるかと思ったんだけど……」
「建物の中に居るとかかな?」
「どうだろう? それにしても少ない気がする」
「お兄ちゃん、どうする?」
「うーん。もう少し情報が欲しいな。特に見張りを立てているようでも無いし、もっと近寄ってみようか?」
「そうだね。私はそれで良いと思う」
「見つからないかな?」
「少しずつ誘き寄せて戦えたら、それがベストなんだろうけどね。よし、二人はここで待機しててくれるかい? ちょっとボクが先行して見てくるよ」
「お兄ちゃん、待って」
「ん?」
マリアが目を閉じて、何か祈るような仕草をしている。
何だかんだで今日は初めて見るマリアの神聖魔法。
前に額の傷を治してもらった時とは違って、何だかとてもそれっぽい。
「どうせ止めても行くんでしょ? 無理だけはしないでね」
「うん、分かってるよ。マリア、今の魔法は?」
「護りの神聖魔法だよ。初歩的なのだから気休め程度だけどね」
「ありがとう。助かるよ。じゃあ、ちょっと行ってくる。ブリジット、マリアをよろしくな。何か有ったら大声で呼んでくれ」
「了解。ジャン、くれぐれも気を付けてね」
「あぁ、すぐに戻って来るから」
二人を残し、なるべく物音をたてないよう注意しながら村に近付く。
ゴブリンはそれなりに耳が良いらしいから、いつまでも見つからないでいられるとも思わないけど、ボクの足音がゴブリンのそれと体格的にあまり大きく違わないだろうことも、この場合は有利に働くハズだ。
村の中を暇そうにウロウロしているゴブリンもいるが、大多数は木陰や建物にもたれ掛かって居眠りしている。
どうやら、ボクみたいなのが来ることを全く警戒していないようだ。
緊張感のカケラも無い。
柵沿いに歩き、村の外側から内部を偵察する分には、そう簡単には見つからないかもしれないように思える。
柵はあまり密度が高くない。
隙間から家々の中を覗くことすら可能だった。
明かり取りの窓は閉められているものもあったが、あまり寒くない時期だからか大半は開け放たれている。
中にゴブリンが居る家も有るには有ったが、その数は決して多くないみたいだ。
人の死体や、血の痕などが無いかも注意深く観察していたが、そうしたものは今のところ見当たらない。
畑や家の状態を見る限り、この村に最近まで人が暮らしていたのは間違い無いハズなんだけど……。
結局、ぐるりと村の外周から内部を偵察する間、ボクに気付いたゴブリンは居なかった。
さすがに、ちょっと拍子抜けだ。
荒らされた畑の片隅で、低い姿勢のまま待機していたマリアとブリジットも、ゴブリンに見つかった様子は無い。
「ただいま」
「お兄ちゃん、おかえり」
「ジャン、無事で良かった。どうだった?」
「それが……あんまりゴブリン居ないっぽいんだよね。それに、何だか居眠りしてるヤツが多かったよ」
「え、何で?」
「さぁ?」
「ジャン、どうする? 本当にゴブリンが大して居ないんなら、このまま強襲するのも有りだと思うんだけど」
強襲、か。
確かにそれも良いかもしれない。
今のままでは埒が明かないし、さすがに情報が少なすぎる。
村の中にはあまりゴブリンが居ないのに、林の中にあれほどの数のゴブリンが居た理由も分からないままだ。
これでは何のためにここまで来たのか分からない。
「よし、じゃあここは思い切って村の中に入ってみようか。なるべく気付かれる前に敵を減らすためにも、まずは居眠りしないでウロついてるゴブリンから先に倒していこう。マリア、攻撃魔法は使える?」
「光撃の魔法なら少しだけ。まだあんまり使ったことないけど」
「ブリジットは?」
「火矢の魔法だけだね。私の魔法の威力なら、よっぽど燃えやすいものの近くじゃなければ問題ないと思う。情けない話だけどさ」
「今はそれがかえって有利に働くんだから良いじゃないか。そういうことなら、ブリジットにも魔法を使ってもらうことにするよ」
「ジャンは?」
「ボクは二人が仕留め損ねたヤツにトドメを刺しながら、寝てるヤツらも倒していこうと思ってる。あとは周辺警戒かな」
「なるほどね。扱い慣れない魔法を使うには、かなり集中する必要があるだろうし、ジャンに周りを警戒してもらえるのは有難いよ」
「私もまだ他のことまで一緒には出来ないもんなぁ。お兄ちゃん、お願いね」
「了解。ヤバいヤツが出たら撤退するから、聞き逃さないでくれよ」
「うん!」
「分かった」
さてと……何が起きているのかは全く分からないけれど、ゴブリンに占領された村を解放しに行くとしますか。
あんまりゴブリンを家や軒先に長居させるのは、もしかしたら生きているかもしれない村人達にとっても、きっと嬉しくないことだろう。
アイツら、かなり臭いし……。
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