第53話
「お兄ちゃん、私も連れてって!」
今日は初めてカール先生ともアネットさん達とも別行動で冒険者として活動する、記念すべき日だ。
ブリジットと待ち合わせたハズの冒険者ギルドに訪れたボクを待っていたのは、妹のマリアだった。
「連れてってって言われてもなぁ。アネットさんは、このことを知ってるのか?」
「うん! ちゃんとオーケーしてくれたよ。ほら!」
勢い良く頷いたマリアがボクに差し出したのは、神殿所属の神官が冒険者として活動する際に発行される紹介状と真新しい冒険者証だ。
さすがに冒険者証に記された等級は最低の十等級だったけど、問題はそこじゃない。
「……本物みたいだな」
「当たり前でしょ! 私だって頑張ってたんだからね!」
確かにマリアはここのところ、ずっと頑張っていた。
どこか気分屋なところのあるマリアが、あんなに目の色を変えて努力していたのは、恐らく生まれて初めてだと思う。
朝も暗いうちから神殿に出向き神官としての修行と、いわゆる神聖魔法の習得に励んでいたし、治癒魔法の実践の機会として奉仕が推奨されている治療院での活動も、魔力切れの症状を何度も経験するほどに真剣に取り組んでいた。
それでいて、毎日のようにサラ師範の道場に通って熱心に稽古していたのだ。
サラ師範がマリアに勧めたのはフレイルという、ちょっと変わり種の打撃武器。
鎖で繋がれた長短二本の棒のうち、長い方を持って短い方を相手に打ち付ける武器だ。
マリアが稽古で使っているのは木製だけど、アネットさんから贈られたらしい本物は金属製の重たそうな物だった。
残念ながら武術の才能はそこまでじゃなかったけれど、時々ボクやブリジットが帰ってからも道場に居残って稽古していた甲斐は有って、みるみる腕前を上げている。
「ジャン、お待たせ……ってマリアじゃないか。どうしたんだ?」
「ブリジット、おはよ。私も冒険者デビューすることにしたんだ。ほら」
「ああ、おはよう。へぇ……これはどうやら先を越されちゃったみたいだな。よし、私もサッサと登録を済ませて来るよ」
意外に思われてしまうかもしれないが、ブリジットも今日が冒険者デビュー初日になる予定だ。
今日はブリジットの冒険者登録を済ませてから、まずはこの町の周りで手頃なモンスターを見付けて戦ってみるつもりだった。
「マリア、本気なんだな?」
「うん。私もお兄ちゃん達と一緒に、冒険者をメインで頑張る。お兄ちゃんがカール先生に教わる日とか、アネットさん達といる日は神殿で修行に励むからさ……良いでしょ?」
「……ブリジットが良いならな」
「ふーん、そんなこと言うんだ。お兄ちゃんは、ブリジットと二人の方が良いの?」
「そんなことは無いよ。すぐに仲間になってくれる人を探すつもりだったし……」
「十三歳が二人のパーティで? それ、本気で言ってる? しかも毎日は活動出来ないのに?」
うっ……痛いところを突いてくるじゃないか。
「それに……神官のアテは有るの? 全部ポーション頼り? そんなことしてたら赤字続きで活動資金も貯まらないと思うけどな」
「分かったよ。ボクもマリアを心配して言ってるだけなんだから、そんなにムキになるなよ」
「……心配してくれるんだね」
「そんなの当然じゃないか。マリアが本気なんだったら、ボクが必死で護るよ。他の駆け出しパーティに参加でもされたら、それこそ心配でどうにかなりそうだ」
「そっか、そっか。じゃあ、やっぱり私はお兄ちゃん達と一緒に頑張るよ」
満足げに頷くマリア。
もうこうなったら仕方がない。
どのみち神官はパーティに欲しいと思っていたし、マリアならボクはもちろんブリジットとも上手くやってくれるだろう。
そう考えると、むしろこれで良かったのかもしれない。
前衛はボクとブリジットが状況に応じて分担すれば良いし、魔法も一応は全員が使える。
あとは将来的にセルジオさんのような優秀な斥候役が加入してくれれば、四人パーティでもそれなり以上の働きが出きるようになるハズだ。
そんな人材のアテは、今のところ全く無いけれど……。
「冒険者って案外簡単になれるもんなんだな。こんなことなら、形だけでも登録しておけば良かったよ」
「ブリジット、早かったね。お兄ちゃんは良いって言ってくれたんだけど……私も一緒に行って良い?」
「ジャンが良いなら私がとやかく言う筋合いは無いさ。正直、マリアが心配な気持ちは有るけどね」
「ブリジットまで、お兄ちゃんと同じこと言う……」
「気を悪くしたんなら謝るよ。マリアが冒険者になるなんて、全く思ってなかったからさ」
「ううん。それは確かにそうだと思うしブリジットが謝る必要は無いよ。さっ、お兄ちゃん行こ。今日はどこに行く予定なの? ダンジョン?」
「いきなりダンジョンには行かないよ。まずは……コレからだ」
ボクが指差したのは、壁に貼ってあったゴブリンの絵が書かれた一枚の依頼書。
この依頼は常設依頼と言われるもので、町の周囲に生息するモンスターを間引きすることで付近の安全性を向上させるために、常に貼り出されているものだ。
ゴブリンに限らず、討伐証明部位さえ提出できれば、倒したモンスターの強さに応じて報酬が貰える。
討伐対象が指定されているものと比べれば報酬額は安いけれど、期限や罰則が無い分かなり気軽に受けることが出来るし、わざわざ受付に並ぶ必要も無い。
成果があがった時だけ、報酬を受け取りに来れば良いのだ。
「まぁ、まずはそんなところだよね。スカウトかシーフが居ればダンジョン通いの方が稼げるらしいけどさ」
「ふーん……そうなんだ」
「ダンジョンには罠や宝箱が付き物だからな。鍵の掛かった部屋も有るし、常に待ち伏せしてるモンスターを警戒しながら進むことになる」
すっかりセルジオさんの存在に慣れてしまったボクには今まで無縁の悩みだったけれど、いつまでもアネットさん達と一緒に居ることは出来ない。
せっかくボクなりに頑張って八等級まで冒険者の階級を上げたからには、早くそうした人材をパーティに招き入れて活動したいものだ。
とは言うものの、今のところは無いものねだりをしても仕方がないのも事実だし、この三人で行動していくうえでの最善を考えなくてはならない。
「なるほどね。何となくだけど分かったよ」
「じゃあ、さっそく行動開始だ。今日は手始めに南門から出て、近くに有るっていう林を目指すことにしよう」
「うん!」
「了解」
◆
ギルドでマリアが待ち構えていたり、門番をしていた衛士さんが知り合いだったりで少し時間をとられたけど、ようやくボク達は冒険者としての第一歩を踏み出した。
門を出ると、まず目の前に広がっていたのは広大な平原。
背の高い草がならんだ茂みや、散り散りに樹木が生えているところも有るけれど、基本的には見晴らしが良いところだ。
モンスターらしき影は今のところ見えない。
お目当ての林は、こうして見るとかなりの距離がある。
「うわぁ……良い景色だねぇ」
「当たり前だけど、本当に建物が一つも無いんだな。モンスターも見当たらない、か」
「あっちに先輩らしき冒険者がいるね。どうやら薬草か何かを探しているみたいだ」
右手の草むらに居るのはボクと同じ八級の人達だと思う。
いまいち戦闘に自信が持てない人達は、ああやって採取メインで活動しながら稼いだお金で
生活費を賄い、人によっては腕を磨くために武術道場に通うらしい。
七級に上がるためには武術の試験も有るという話だし。
七級ともなれば町同士を繋ぐ馬車の護衛などの報酬の良い仕事が受けやすくなるから、ああして町のそばで薬草探しをすることは無くなるという話だ。
同じ薬草でも、どうせ探すなら町から離れた方が手付かずの場所が見つかる可能性は高くなるだろう。
「彼らを否定するつもりは無いけど、せっかく頑張って戦う力を培ってきたんだ。私達は駆け足でもっと高い場所までいきたいものだな」
「……そうだね。モンスターも町から離れれば離れるほど、たくさん居るだろうし今は先を急ごうか」
「うん」
彼らが安全に仕事が出来るようにするためにも、ボクらも頑張らないとな。
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