閑話1) 告げられた想いと秘められた想い
「ブリジット、遅いね~。これは、もしかしたらもしかしちゃう?」
ナタリーはとっても楽しそう。
着ているものや髪型は男の子みたいだけど、ナタリーはこういう話が大好物で、私はひそかにナタリーの一番女の子らしい部分だと思っている。
「遅いね。あ、でもトーマスも入れて三人で一緒に道場に行ってるだけって可能性も……」
「あぁ、たしかにそれも有りそうなんだよね。トーマス、あんまり気が利かないもんな~」
ナタリーから、ブリジットがお兄ちゃんを好きらしいって初めて聞かされた時は、すごくビックリした。
ナタリーが最近カルロスから告白されて、それをオーケーしたって聞いた時は、もっと驚いちゃったけど……。
「お兄ちゃんも鈍感だからね。直接ハッキリ言わなきゃ伝わんないと思う」
「問題はそこだよね。ブリジットも何故かあんまり自分の見た目に自信無いみたいだしさ」
ブリジットは……私達の中では、一番美人だと思う。
ナタリーも顔の造り自体はキレイだけど、あまりにも格好が男の子みたいで、モテそうかと言われると少し悩んじゃうんだよね。
キャサリンは……美人というより可愛さが勝つかな。
少しあざといなぁと思う時も有るけど、男の子は多分ああいう女の子が好きなハズだ。
「ブリジットで自信がないなら、私なんてどうしたら良いのって話だよ。何で、お兄ちゃんなんだろね?」
「気付いたらいつの間にか、なんて言ってたけど実際は違うと思う。ブリジットはジャンの優しさと行動力に惚れたんじゃないかな? ほら、去年の頭ぐらいにさ……」
「あ、狐人族の赤ちゃん?」
「そう、それ! あん時のジャンはカッコ良かったよ。ウチもちょっと……『お?』ってなったぐらいだし」
狐人族の赤ちゃんが、サンダース先生の私塾の軒先に捨てられていたのは去年の初め。
まだかなり寒い時期のことだった。
この辺りでは『寒さは年の初めまで。暑さは年の半ばまで』なんて良く聞くけど、去年はいつもの同じ時期よりもずっと寒かったのを覚えてる。
寒空の下、最低限の衣服に包まれて籠に入れられていた赤ちゃんは、そんな状況なのにスヤスヤと寝ていた。
だから皆、初めは捨て子だとは思わなかったんだと思う。
寝ている赤ちゃんを囲んで見守っていた皆の中で、真っ先に反応したのはトーマスだった。
トーマスは『こんなに誰も迎えに来ないのはおかしいよ』と言って、私塾の周りを探しに行って……そして結局は親を見付けられずに戻って来たっけ。
お兄ちゃんは、トーマスが戻るのを待たずに『まずは暖かい場所に移さないと』と言って、すぐに赤ちゃんを教室に連れていき、驚くサンダース先生や赤ちゃんに気付かずに中で暖を取っていたキャサリンとカルロスに赤ちゃんを託すと、すぐに教室から駆け出していって、しばらくして父さんを連れて帰って来た。
居るか居ないか分からない親を探しに行くよりも、迷子や捨て子に対応する義務の有る衛士隊の人を連れて来るっていう判断は、たしかにとても合理的だったと思う。
そして、またすぐに走ってどこかに行っちゃったと思ったら、私塾のすぐ近くの大地神の神殿から神官のおじさんを連れて来て、衛士としての父さんに引き合わせ……結局あっという間に赤ちゃんの一時引き取り先を確定させちゃった。
私もナタリーも、それからブリジットも見ているだけで何も出来なかったのに……。
「あん時さ。サンダース先生や皆が、赤ちゃんの引き取り先が見つかってホッとした顔をしている中で、ジャンだけがとっても悲しそうな顔をしてたんだよね。マリア、気付いてた?」
「……うん」
その時は『お兄ちゃん、何でそんな顔をしてるんだろう?』って思ったけど、今なら分かる。
お兄ちゃんか、私。
私達のどちらかは、あの赤ちゃんと境遇があまり変わらない。
お兄ちゃんは、あの時にはもうそれを知っていた。
皆が赤ちゃんの目先の安泰を思って胸を撫で下ろす中、お兄ちゃんだけは赤ちゃんの将来を思って胸を痛めていたんだと思う。
お兄ちゃんは、バカみたいに優しいし……。
「アレでやられちゃったんじゃないかな~って、ウチは思うんだよね。ブリジットもウチと同じような角度から、ジャンのあの顔を見てたハズだしさ」
「ナタリーは?」
ナタリーも、お兄ちゃんのことが好きなんだと思っていた。
だから、ナタリーがカルロスの気持ちに応えたって聞いて驚いたワケだし……。
「ウチもやられかけたんだけどさ。あの後すぐブリジットに相談されちゃって……曖昧なまんまで終わっちゃった感じ? それにさ。ジャンって多分、将来この国を出て行くよね?」
「え、そうなの?」
「妹のアンタが気付いて無かったの? ウチもブリジットも、とっくにそうなんだって思ってたよ。そんなワケでさ……ウチにはジャンは選べない。実家を継ぐの、ウチしか居ないんだもん」
「え、でも……カルロスだって将来は王都に行くんじゃ?」
「……まぁね。だけど、それぐらいは別に良いんだよ。いざとなったら、ウチの工房も王都に本拠地を移せば良いだけだしさ。ジャンは多分、それこそ世界中を駆け回ると思う。あん時みたいにね」
「どうしてそう思うの?」
「ジャンの誕生日のちょっと後にさ、アンタ達何か有ったでしょ? 二人とも変わったけど、ジャンは物凄く変わっちゃったよね。そんぐらいからかな。ジャンは何か目標を見付けたように見えたよ。しかも途方も無い大きな目標を……それ、こんな狭い町の中で終わる話? あんまり実感無いけど、この国だってかなり狭いんでしょ?」
「そんな……」
そんなワケが無い。
そう言い切れるだけの根拠は何も思い付かない。
なのに何故か私はそれを否定したくてしょうがなかった。
「お待たせ! すっかり遅くなっちゃったね」
「ブリジット、もしかして……?」
「いや、そんなに上手くはいかないよ。相手はあのジャンだぞ? 道場に一緒に行っただけさ」
上手く言葉を出せないでいる私の背後から、ようやくブリジットがやって来て、ナタリーと会話を始めた。
席は私の隣。
良かった……今の顔を正面からブリジットに見られたくない。
「その割には嬉しそうじゃない? 何かは有ったんでしょ?」
「あぁ、まぁね。まずはジャンの仲間になることにした」
「へ? 何それ? ウチらにも分かるように説明しなさいよ」
「まだ飲み物しか注文して無いみたいじゃないか。まずは何か食べる物を頼もうよ。マリア、何食べたい?」
「え……と。ここ何が美味しいんだっけ?」
「チョコレートとかっていうののパウダーが掛かったスコーンが有名みたい。スープも美味しいらしいけどね」
「そうなんだ。ナタリーは何にする?」
「ウチは甘いのはパス。前にここに従姉妹と来た時に、パンに野菜と焼いた肉を挟んだヤツを食べたことが有るから、それにするよ」
「絵で見る限りは、このサンドウィッチとかっていうのかな? これ……どこらへんが砂の魔女なんだ?」
「さぁね? 考案した人がそんな感じの人だったんじゃないの? あ、そうだ。マリアも早く決めなよ」
「……私は、せっかくだからそのスコーンにしようかな」
「じゃあ、私は両方。今日は顔合わせだけのつもりが、師範の方に早速あれこれ教えてもらっちゃってね。すっかり空腹だよ」
ブリジットが手を上げてウェイターさんを呼ぶ。
注文はナタリーがパパっと済ませてしまった。
二人といると、いつもこう。
キャサリンと私は二人に甘えてしまっていた。
「それで? 何でそんな話になっちゃったワケ?」
「結局、ジャンは今のところ意中の女性は居ないらしい。いや、正確にはどこか遠くに居る誰かが気になってはいるようだけど、その子に再会するのは簡単じゃないみたいなんだ」
「ふ~ん、いつの間にそんな子を見付けてたんだろ? マリア、何か知らないの?」
エルのことだ。
一度エルと手紙のやり取りをしたらしいのに、お兄ちゃんもエルの居場所は知らないらしい。
あの時の冒険者の女の人が手紙を運んでくれたって言ってたけど……。
「さ、さぁ? 私も、お兄ちゃんとは最近そんなに一緒じゃないし」
「一時は、またベッタリだったのにね。マリアも知らないとなると……いよいよ、例のサンダース先生の弟子の……あれ、何だっけ?」
「ランバート師?」
「そう、それ。その人にあちこち連れ回されてるらしいし、その絡みかな?」
「そうかもしれないな。とにかく、だ。それぐらいじゃ私が諦める理由にはならないと判断した。かといって、すぐにジャンと恋人同士になれる見込みも薄いだろ?」
「うん、それはそうだろうね」
「だったら、とにかく一緒に居るしか無いと思ったんだ。単純な話だろ?」
「なるほど……ブリジット、考えたね。ジャンも長く一緒に居れば、そのうちブリジットの魅力に気付くハズだしさ」
「え、でも……?」
「ん? どうしたマリア」
「お兄ちゃんが将来この町を出るんじゃないかって、そう二人は思ってるんだよね? ブリジットは、ここの騎士団に入るんじゃないの?」
「あぁ、そのことか。ジャンも誤解してたみたいだけど、私は一回もそんな風に言ったことは無いよ? 私の望みはウィンザー家という長年続いた武門の家から、私という武人が今代も出たということの証を得ることだ。そのためにも騎士という身分は是非とも欲しいけれど、ここの騎士団にこだわる必要はどこにも無い。もしもジャンがこの先、自らの国を建てるようなことが有れば、私はジャンの近衛騎士団長を拝命しても良いとさえ思っている」
「へぇ……ブリジット、そこまで?」
「うん。そこまで……だ。最近のジャンは、可能な限りの高みを目指しているように見える。そしてジャンならいつか手柄を立てて、自分の領地を貰っても何も不思議じゃないさ。そしてそこまでいけばこの乱世だ」
「何がどうなってもおかしくないよね。ウチは商売柄、あんまり平和過ぎても儲からないから多少はアレだけどさ」
「普通は誰しも平和を望む。でも二人だって、それなりに覚悟はしているだろ? この国が置かれた状況で、いつまでも平穏なままであるハズは無い。帝国と神聖王国の中間に位置する国々は、いつも大国の都合に振り回されてきた。私達はサンダース先生から、しっかりそう教わってきたじゃないか」
「そうらしいけどね。なんか実感湧かないんだよなぁ……って、どうしたのマリア?」
「……二人は凄いね。お兄ちゃんもだけどさ。私、何の覚悟も将来の目標も無いもん。たまたま治癒魔法が使えるようになって……神殿でその他の神聖魔法を習ってさ。何となくこの町で暮らしながら、怪我した人や病気の人を癒していく。そんなぼんやりとしたビジョンしか無かったもん。ごめん、私……帰るよ。ブリジット、良かったら私の分も食べて。お金、ここに置いておくね」
私を制止する二人の声が聞こえたけど、お構い無しに席を立って店を出て、そのまま町をアテも無く駆けていく。
このままじゃ、置いていかれる。
ナタリーにも、ブリジットにも。
お兄ちゃんにも。
それは…………イヤだ。
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