第52話
「それは確かにキャサリンらしい話だね」
「そうだろ? 私にはとても真似できそうにないよ」
地面に棒でトーマスへの伝言を書き残して、ボク達はアリシア流の道場へと歩いていく。
今日の服装はあらかじめ道場で稽古することを前提にしたものだから、家に寄る必要は無い。
私塾に通う最終日だからといって着飾ってきたのはサムソンとキャサリンぐらいの話で、みんな驚くほど普段通りの格好をしていた。
ブリジットも見慣れた姿だ。
ブリジットが女の子らしい服を着ていることは、ナタリー以上に稀だった。
少なくともブリジットがスカートをはいている姿を見たことは、この三年間で一度も無い。
綺麗な銀髪はそれなりに長く伸ばしているけれど、それも後ろで結んで邪魔にならないようにしている。
体型は長身でスリムだけど、最近は少し目のやり場に困るところが急成長してきた。
ミオさんもかなり大きいけれど、ブリジットの年齢でほぼ同等のサイズということは……将来どうなるか分かりそうなものだ。
「ところで……トーマスが居ると話せない話って何?」
とりとめのない話をしながら町を並んで歩いていたボク達。
それはそれで楽しいんだけど、このままじゃサラ師範の道場に着いてしまう。
大通りと交差している道を過ぎて、行き交う人が少なくなり始めたタイミングで、ボクから切り出してみることにした。
「……うん、それなんだけどね。ジャン、キミは私のことをどう思う?」
「どうって?」
「……学友としての私達は、それなりにだけれど良い関係だったとは思うんだ。聞きたいのは、そうじゃなくて……その、ね」
いつも用件だけをポンポン話す印象のあるブリジットにしては、珍しく歯切れが悪い。
それに何だかまた可愛いらしく頬を染めていて……。
「こんなのは私らしくないって分かってるんだ。だけど……キミにとっての私が、女性としてどうなのかを、今のうちに聞いておきたいんだよ」
……考えたことが無かった。
ブリジットは性格の良い子だけど、ボク自身の友達というよりはマリアの友達という認識で、確かに学友という言葉がしっくりくる。
恋愛うんぬんでいうことになると……サムソンとキャサリンを除けば、ボク達八人の同期生の間にそういう感情は今のところ無いと思っていたんだ。
「ブリジットは……いつも凛としていて、カッコいい女の子だなと思ってた。将来は美人になるんだろうなって思ったことも有るよ」
「……嬉しいな。私はジャンにそう言ってもらえて心の底から嬉しいよ。ジャンは、やっぱり優しいね」
「優しい……ボクが?」
「うん。ジャンは優しいよ。今だって私が傷付かないように言葉を選んでくれたじゃないか。ホントはね……こんなこと聞かないでおこうと思ったんだ。ジャンが私を好きだとか嫌いだとか、特にそうした対象として見ていなかったのは知っているつもりだしね」
そう言って寂しそうに笑うブリジットは、何だかいつもよりも儚げに見えた。
「笑ってくれても良いよ。私はジャンのことをずっと見てたからね。ジャンが私を含め学友の誰かを特別に異性として意識していないのは何となく分かってる。でもさ……じゃあ、突然キミが変わったのは何でだい? 私はキミが私達以外の誰かを見ている気がしてならないんだ」
エルのことをマリアが話した?
いや、多分それは無いだろう。
もしそうなら、ブリジットはこんな言い方をわざわざしないと思う。
それに……
「うーん、何て言ったら良いんだろうな。ブリジット、ボクには確かに『護りたい』って思ったことのある女の子がいる。でもね……その子とは多分そう簡単には再会出来ないんだ。だから、そういう意味では今のボクは誰にもそうした感情を持っていないことになるかもしれない。ボクが頑張っているのは、その子と出会ったことがきっかけだけど、その子のためじゃあないよ。あくまでボク自身のためだ」
「……うん、そっか。何だかキミらしいね。よし、決めた!」
「決めた?」
「ジャン、私はキミと一緒に強くなりたい。どんな困難にも耐えてみせるから、キミの仲間にしてくれ。まずは冒険者……そこまでは私もキミも同じ道を歩むハズだろう? キミのパーティメンバーに立候補させてもらう」
「え……何でそうなるの?」
「知らなかったのか? 私は諦めが悪いし、欲張りなんだよ。ちゃんとフッてくれないんなら私はキミを諦めるつもりは無いし、騎士になるのも諦めるつもりも無い。だけどね……何もこの地の騎士団にこだわる必要は無いじゃないか。王様直属の騎士団に入るのも良し、もっと大きな国の騎士になっても良いんだ。要は私……ブリジット・ウィンザーが身を立てる道さえ見失わなければ良い。キミが大人しく家で待っているタイプの女性を選びたいなら、その時はその時さ。私の方からキミをフッてやろうじゃないか。だけれどキミの横で戦うことが私の希望を両方叶え得る唯一の道なら、私は正々堂々とその道を歩みたい」
うわ、すっかりいつものブリジットだ。
そこら辺の同年代の男の子より、よっぽどカッコいい。
それに……確かに同年代ぐらいのパーティメンバーは、いつか集めたいと思っていた。
その点、ブリジットなら何の文句もつけようがない。
現時点でも剣技の冴えはボク以上だし、ブリジットの直感を信じるなら剣以上に適性のある武器も有るかもしれないうえ、ブリジットは魔力もかなり有る。
魔法行使能力で言えば、ボクとマリアの次ぐらいなのが、ブリジットとサムソンだった。
先天的な魔力保有量はボク以上だったぐらいだし、そういう意味でも期待が持てそうだ。
「ブリジット、ボクの方こそ頼むよ。一緒に強くなろう」
「負けないからね。ところでアリシア流の道場はまだ先かい?」
「あ……いつの間にか通り過ぎてたみたいだ。引き返そうか」
「……ゴメン。私が、なかなか切り出せなかったからだよね」
「あはは……」
◆
「次はコレだ」
「はい!」
ブリジットはサラ師範に言われるまま、様々な武器を模したものを振るっている。
得意の長剣に始まり、短剣、曲刀、大剣……剣系統は概ねサマになっていた。
槍やグレイブ、ハルバード、バルディッシュ……柄の長い武器の扱いもまぁまぁ上手いと思う。
さっきまではナイフやダガーだったり、ガントレットを嵌めての格闘技術だったり、メイスやモールといった打撃武器を試していた。
スゴいのは、どれもそれなり以上に使いこなしているように見えること。
ブリジットのセンスは恐ろしいものだった。
「……よし、そこまで。なるほどな。ブリジット、キミは何でも扱えるだけの器用さを持っている。だから迷うんだろう。だけどな。キミの適性武器は今のところは長剣だよ。それを捨てる必要は無いだろう」
「今のところ、ですか?」
「あぁ、今のところは長剣だ。もしどうしても違う武器を使いたいんならコレだな」
サラ師範が指差したのは曲刀を模したものだ。
見た目から推測する限り、どちらかといえば切れ味重視の剣らしい。
一般的な剣が、騎士や兵士の身に付ける鎧や兜などの防具ごと『叩き切る』造りなのに対して、曲刀は防具に守られていない部分を斬るタイプの武器に見える。
同じように防具に叩きつけたら折れてしまいそうだ。
「コレですか? 私は、てっきり長柄の武器にこそ適性が有るものだとばかり……」
「本来はそうだったのかもしれないな。そこの短めの槍なんかは特に良かったと思う。でもな。長年のアイン流道場での修行がキミの身のこなしの基礎になっている。アイン流は自らも硬い防具を身に付けて戦うための流派だからな。その間合いを今から広げるのは難しいと思う」
「なるほど……確かに違和感は有りました」
「しかし、だ。本来キミは足を止めて戦うのに向いているタイプでも無い。斬られずに斬るスタイルこそ向いている。ならば切れ味重視の武器に変えるか、それともウチの道場に通ってそういう戦い方が出来るように修練を積むか、あるいはその両方か、だよ」
「一番のオススメはどれですか?」
「……両方かな」
「じゃあ、そうします」
「良いのか? 曲刀に変えると、せっかく覚えたアイン流の技の幾らかは全く使えなくなるぞ?」
「良いんです。私はジャンよりも強くならなきゃいけませんから、少しでもその可能性が高くなる道を選びます」
「ジャンよりもか? そりゃまたキツい道を選んだもんだな。分かった。それなら徹底的に鍛えてやる。それから……ジャン!」
「え? はい!」
「こっちチラチラ見てないで集中しろ! 罰として、お前だけ休憩一回無しな」
「……はい」
「返事が小さい!」
「はい!」
「よし! それから、ブリジット。今日はここまでだ。ジャンの妹達と約束が有るんだろう?」
「あ、そうでした」
「早く行ってやりなさい」
「はい! ありがとうございました!」
大急ぎで帰り支度を始めるブリジット。
何だか最近の彼女には珍しく晴れやかな顔をしている。
「……ジャン?」
「は、はい」
気付いたらいつの間にか、サラ師範がボクのすぐ近くまで来ていた。
「今日も居残り、するよな?」
「はい……」
今日のサラ師範との居残り練習は、どうやら厳しいものになりそうだ。
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