第51話

「卒業おめでとう。明日からキミ達は、それぞれの人生を歩む。まぁ、今期は卒業後も全員がこの町に暮らし続けるワケじゃし、あまりそうした実感は無いかもしれんがの」


 春。

 いよいよボク達はサンダース先生の私塾から巣立って、それぞれが決めた道へ進むことになった。

 ボクは……私塾に通っていた時間を今後はカール先生、サラ師範、アネットさん達に学ぶ時間にあてるようになるだけの話で、これまでとあまりやることは変わらない。

 進路という意味では冒険者として独り立ちするための準備期間ということになるだろうか。


 マリアは神官見習い。

 最初はアネットさんのツテで太陽神の神殿に通い始めたマリアだったが、今はむしろアネットさんの神官としての師匠格の女性からビシビシしごかれているらしい。

 ちなみにアリシア流の道場にも、私塾を卒業したら通うことになっている。

 マリアは少し華奢だけれど、体を動かすのはそんなに苦手にしていないから、サラ師範に指導してもらえば中々強くなれると思う。


 トーマスは町の衛士として働くことを目標に、まだまだ道場通いを続けるらしい。

 以前は料理人になって店を王都に出すのが夢だと言っていたけれど、変われば変わるものだ。

 以前の気弱さはすっかり鳴りを潜めている。

 技巧よりもまずは根性を鍛え上げて……というサラ師範の指導方針は、バッチリとハマっていたようだ。

 道場で知り合った若手冒険者の男性に連れられて、最近ちょくちょく町の外にも出掛けているらしいから、もし衛士隊に入れなくても冒険者として成功するかもしれない。


 サムソンは最近ようやくアイン流の道場で木剣を触らせて貰えるようになったらしい。

 魔法もそこそこ使えるから、実戦の機会を得たら成長も早いかもしれない。

 実は進路が一番あいまいなのがサムソンだったりする。

 騎士を夢見ているらしいけど、具体的なプランは特に無いようだ。

 キャサリンと将来を約束しているらしいけど……大丈夫だろうか?


 カルロスは銀細工の工房で働くことが正式に決まった。

 徒弟というより即戦力としての採用らしいから、弟子入りという表現はもう相応しくないかもしれない。

 銀細工工房の特異性は、時に魔道具の作製にも携わることが有ることで、その分野ではとっくに師匠を超えているらしい。

 カルロスの夢の実現は早そうだ。


 ナタリーは実家の鍛冶工房で鍛冶師見習いとして働くことが決まっている。

 私塾に通う傍ら、経営を学ぶべくキャサリンの実家の商会にも通っていたけれど、そちらの才能も実はかなりのものらしい。

 最近この町で流行したとある商品は、ナタリーの発案だったと言うし……。

 極限まで軽量化された鎖かたびらと、女性向けファッションの融合とは恐れいった。

 聞くところによると、世界中に支店を持つボクの祖父のブラガ商会からも、わざわざ問い合わせが有ったらしいから、もし業務提携でもすることになったら、ナタリーの実家の工房もキャサリンの実家の商会も、にわかに忙しくなるだろう。


 キャサリンは実家で花嫁修業しながら、商会の手伝い。

 まだ嫁ぎ先は決まっていないらしいけど、キャサリンの美貌なら、かなり家格が上の家に嫁ぐことも現実的な話に思える。

 誰かさんは、そうならないうちにキャサリンの結婚相手として認めてもらうべく、頑張って欲しい。


 ブリジットは、まずは冒険者見習いとして活動し、将来的に騎士に叙任されることを目標にすると聞いている。

 彼女はかなりの剣才が有るし、私塾に通い始めるより前の子供の頃からそれを真摯に磨き続けてもいた。

 ボクとは順番が真逆だが、これから冒険者見習いとしてモンスターと戦っていくうち、そうした才能と研鑽とが実を結んでいきそうだ。

 サムソンより、よほど早く騎士になれそうな気がする。


 ◆


「ジャン、ちょっと良いかな?」


 どこか名残惜しい気持ちのまま、ゆっくりと帰り支度をしていたボクに、珍しくブリジットが話し掛けてきた。

 マリアはナタリーと約束が有るからと今さっき連れ立って帰っていったし、サムソンとキャサリンは既に自分達の世界に入っていて周りが見えていない。

 カルロスは今日も工房で仕事が有るらしく、誰よりも早くこの場を後にしていた。

 トーマスとサンダース先生は、何やら話し込んでいる。

 明日からここに通うことになっている、トーマスの妹のことだろうか?

 この後、トーマスと一緒にサラ師範の所に行って稽古をつけてもらう予定なんだけど……。


「うん、別に構わないよ。ブリジットはマリア達と一緒に行かなくて良かったの?」

「この後、合流する予定だよ。だけどその前に……ジャンと話がしたかったんだ。ちょっと外に出ようか。キャサリン達の邪魔をしちゃ悪いし」

「うん、それは良いけど……サムソンもキャサリンも、こっち見えてない気もするけどな」

「確かにね。でも、私が外に行きたいんだ」

「そっか、分かった。トーマス」

「何だい?」

「ちょっと表でブリジットと話してる。そっちの話が終わったら、そこで待っててくれるかい?」

「うん、良いよ。まだ、しばらく掛かるから、ごゆっくり」

「ジャン君も隅に置けんのぅ。そっちの二人は、いっそ隅っこに置いてしまいたいが……」


 サムソン、キャサリンが愛を語らっているのは教室の中央だ。

 サンダース先生の言うことも分かる気がする。


「……行こう」


 ブリジットがボクの手を引いて、外に向かって歩く。

 ブリジットは背の高い女の子だけれど、いつの間にかボクの方が身長で上回るようになっていた。


「話って何だい?」

「実は……私もキミ達の通う道場に籍を移したいと思っているんだ。師範の方に話をしてくれないだろうか?」


 ためらいがちにだけれど、それでいて真っ直ぐにボクの目を見てブリジットは告げた。


「え、何でまた? ブリジットならアイン流のままでも騎士叙任に必要な水準の技量まで達するのは、そう難しくないと思うけど?」

「そうかもしれないな。でも……最近、私の本当の適正武器は剣じゃないんじゃないかと思っている。だけどアイン流は、あくまでも剣の道場だ。本当に向いている物を模索しようにも、その機会さえ与えてもらえない」

「なるほどね……でも、何でボクに? アリシア流は広く門弟を募っている。なにもボクを通さなくても、サラ師範ならイヤとは言わないハズだけど?」

「……そうなの?」

「うん。大丈夫だと思うよ」

「アイン流では、門弟になるためには誰かの紹介が要るんだ。社会的な身分の有る人か、アイン流できちんと修練を積んでいると認められている人の紹介がね」

「そういうことか。アリシア流は、その辺かなりゆるいからなぁ。もちろん、ブリジットが不安なら一緒に行って頼んであげるけどさ」

「本当に? それは助かるよ。やっぱりジャンに頼んで良かった」


 いつも凛としているブリジットだが、笑うと左の頬に笑くぼが出来る。

 それが本人は恥ずかしいらしいけど、ボクは良い笑顔だと思う。


「話は終わり? まだトーマスとサンダース先生の話は終わってないだろうし、ボクらだけで先に行こうか?」


 何気なくそう言っただけだった。

 なのにブリジットは、途端に頬を赤く染めてしまう。

 ……あれ?


「……ジャンと二人で町を歩くのは、いつぶりだろうな。まだ話は有るんだけど、そうだね。歩きながらでも良いかもしれない」

「恥ずかしいなら、トーマスを待って三人で行く? あ、それとマリア達の方は良いの?」

「も、もう一つはトーマスが居ると話せない話なんだ。それにマリアとナタリーには、話が上手く進んだら遅くなると伝えてあるから大丈夫だよ」

「そう? じゃあ、このまま行っちゃおっか。トーマス、弟や妹の話になると長いしさ。何も言わずに行っても、結局行き先は一緒なんだし……」

「うん!」


 顔は赤いまま、それでいてとても嬉しそうに頷くブリジットは、珍しく年相応の女の子に見えた。

 ……あれ?

 ブリジットって、こんなに可愛いかったっけか?

 最近いつも思い詰めたような表情をしていたから、尚更そう思うのかもしれないけれど。

 大人になったら綺麗な女性になりそうだと思ったことは有るけど、ブリジットを可愛いと思ったのは、これが始めてだ。


 なんだか、自分でも自分の気持ちが分からなくなってきたぞ。

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