第49話

「また新手かよ! うじゃうじゃ居やがんな!」


 さすがは裏ルート。

 道なき道を進んでいることもあってか、討伐対象のモンスターも、そうでないモンスターも山ほど待ち構えていた。


「依頼は既に余裕で達成出来るだけ倒しているけど……こうも忙しいと、さすがに討伐証明部位を気にしている場合じゃ無いわね」


 ミオさんが小声で呟く。

 問題は、まさにそこだ。

 倒したイビルサラマンダーやロックトロルの討伐証明部位さえ魔素昇華が始まる前に回収することが出来ていれば、今ごろは既に帰りの馬車の中で揺られているハズだったんだけれど……。


「そこをどうするかだよ、ミオちゃん。魔術師は基本的には後衛に居て、直接モンスターの攻撃を受ける心配が少ないんだ。ミオちゃんも、さっきから手一杯だったのは分かるけどね」


 ここでようやくカール先生が明確なヒントを出す。

 もしミオさんの役割を担っているのがボクだったら、もうとっくに戦線は崩壊しているだろうし、ミオさんが手を抜いているハズも無い。

 だけどカール先生の言う通り、アレックさんやアネットさん、それからセルジオさんよりは、ミオさんの方が余裕が有るのも事実だ。

 この局面を打開することが出来るのは、恐らくミオさんの『気付き』次第だと思う。

 ボクは今回カール先生から、手出しも口出しも禁じられている。

 何もせずに戦況を見守っているからこそ気付けたことが有るんだけど、それをミオさんに伝えることは出来ない。


「そんニャこと言われても……あ」

「お、気付いたかい? 試しにやってごらん。多分それで合ってるよ」


 頷いたミオさんの表情が変わった。

 明らかに黒目の部分が大きくなっていて、真剣に戦況の推移を見極めようとしていることが分かる。

 その間も魔法は放ち続けているけれど、今はまだ先ほどまでと特に変わったところは無い。


「アネット、そのサラマンダーはスルー!」


 鋭く一声。

 アネットさんは今にもイビルサラマンダーに叩き付けようとしていたメイスを止め、素早く屈む。

 次の瞬間。

 アネットさんの頭部を目掛けて、炎を纏ったまま飛び掛かっていたサラマンダーが、勢い余ってミオさんの近くまで飛んで来た。

 アネットさんは、もう次のモンスターを狙って動き始めている。

 アネットさんに躱されたイビルサラマンダーは、ターゲットをミオさんに変えて再び跳躍すべく身構えていたが、ミオさんの魔法によってその姿勢のまま動きを止めていた。


「セルジオ、ちょっと来て!」


 ミオさんは新手のモンスター(体毛のほとんど無い狼のような魔物)の群れに向かって攻撃魔法を放ちながら、その一団に対処すべく動こうとしたセルジオさんを呼ぶ。

 結果的にセルジオさんの邪魔をしたような魔法の使い方だけど、今はそれで正解だと思う。


「何だよ、このクソ忙しい時に! しかも、てめえ今……」

「良いから! 黙ってそこのサラマンダーにトドメ刺してベロを奪う! 終わったら、さっさと戻んなさいよ!」

「お……おぅ」


 文句を言い掛けたセルジオさんを制し、また別のモンスターの群れに今度は眠りの霧の魔法を放つミオさん。

 もうすっかりこの状況をコントロールし始めている。

 バタバタとモンスターが地面に倒れ、こちらに向かって来るモンスターの数が激減した。

 その分だけ、アレックさんとアネットさんの負担が一時的に軽減される。


「アレック、今のうち! そこのトロルを倒して耳を奪って! アネット、アレックのフォローを! セルジオ、遅い!」


 普段のミオさんとのギャップに、皆すっかり驚いているのが分かる。

 今までのミオさんは、苦戦している場面では黙々と魔法を放ち続けているイメージだったし、その魔法のチョイスも基本的には正攻法一辺倒だった。

 他の人の手が回らないところにいる敵を倒すのが、このパーティでのミオさんの役割……そんな暗黙の了解が有ったと思う。

 しかしカール先生のヒントを得たミオさんは、咄嗟にそれを放棄。

 乱戦の中でも今の自分達の目的を果たすことが出来るように、必死の形相でどんな魔法をいつどのモンスターに放つべきかを考え続けながら戦っている。

 指示も的確だと思う。

 他の皆よりも後ろで戦っている分ミオさんの視野は広く、使う魔法の種類次第で状況を操れるのだから、それもある意味では当たり前かもしれない。

 お互いにお互いの意図が口に出さなくても分かるぐらいまで、ひたすら連携精度を高め続けてきたパーティだからこそ陥った今の状況が、ミオさんの覚醒以降は目に見えて変わり始めていた。


「うん、これならもう大丈夫だね。ミオちゃん、トドメだけならジャン君も使って良いよ~」

「はい! ジャン君、も少しこっち寄っといて!」


 いつの間にか、ボクが一応の用心で構えていた剣に、水属性を示す青い魔法光が宿っていた。

 ボクの役目はサラマンダーのトドメと舌の回収になりそうだ。


 ◆


「どうやら正規ルートに合流したみたいだね~」


 カール先生が指し示す方向に視線を向けると、遠目に他の冒険者達がモンスターと戦っているのが見えた。

 一体のロックトロル相手に五人がかり。

 それでも何だか苦戦しているように見えるのは、恐らく見間違いではないだろう。

 普通は、ああいうものなのかもしれない。


「……ようやくですかい。アネット、この後は下山で良いよな?」

「そうだね。今日はもうこれ以上、無理をする必要は無いでしょ」

「そうよね。アタシも同感」

「僕も今日はヘトヘトだよ。ルートはどうする?」

「来た道を帰るのは御免だな。このまま降りようぜ」

「うん、そうしよっか」


 アネットさん達がこんなに疲れた表情を見せているのは、アンノウン戦の終盤以来だ。

 依頼達成に必要な品々は、既にかなりの量が集まっている。

 結局、あの後もモンスターの出現頻度は一向に衰えず、それらと戦っているうちに気付いたらこんなところまで前進していた。


「じゃあ帰り道は少しだけ楽させてあげるよ。ジャン君」

「はい」

「帰り道はキミとボクだけで戦うよ。想定してたよりずっと、裏ルートのモンスターの数が多かったからね。あの町も領主が代替わりしたらしいし、最近たるんでるのかもしれないなぁ」

「ボクとカール先生だけですか。前衛は?」

「どっちでも大丈夫だよ。こっちは正規ルートだから、そんなに厄介なモンスターも出ないだろうしさ」

「じゃあ……ボクが前衛を務めさせて頂きます」


 しばらくは何事も無く山を降っていく。

 時々は他の冒険者パーティとすれ違うが、既に日も僅かに傾き始めているだけあって、その数は決して多くは無かった。

 それにしても……やっぱりこうなるのか。


「嫌な視線だね」

「アタシらみたいなのは滅多に居ないみたいだし、それも仕方ないわよ」


 まるでアネットさんやミオさんを品定めするかのように、ジロジロと不躾に見回す目線を向けてくる。

 それだけならまだ良い方で、中にはあからさまにこちらを馬鹿にしたような顔をしているヤツらまでいた。

 セルジオさんやアレックさんが睨むと、途端に気圧されてしまうあたり大した実力は無さそうだけれど、あまり気分の良いものではない。


 帰路に立ち塞がるモンスターの数はそう多くはなく、ボクでも簡単に対処できる程度の強さしか持たない連中ばかりだった。

 アネットさん達を休ませるためというのは建前で、ボクに少しでも戦闘の経験を積ませようというカール先生なりの配慮だったのだろう。

 事実、カール先生はここまで全く手出ししていない。

 時々、出てきたモンスターに合わせてボクの剣に付与されている属性を変えてくれてはいるけれど……。


「うん、もうじき山の麓にたどり着くね~。ちょっと予定より遅くなっちゃったから、帰りは一気にボク達の町まで飛ぼう。ギルドへの報告は明日でも問題無いだろうしね」


 どうやらここで今日の冒険は終了らしい。

 何だかモンスターとの戦闘以上に、それ以外の部分で疲れる日だったなぁ。

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