第48話
「……カールの旦那、こりゃ無理だ。行けてもオレとミオぐらいじゃねぇかな?」
断崖のあまりの傾斜角度に皆が唖然としている中、ようやく口を開いたのはセルジオさんだった。
「うん、普通はそうだろうね~」
対してカール先生は平然としている。
セルジオさんはともかく、魔術師のミオさんが登れるらしいのは意外だったが、よく考えればミオさんは猫人族だ。
獣人族の中でもとりわけ身軽な猫人族のミオさんなら、たしかに登れてもおかしくはない。
カール先生も種族特性的に敏捷性に優れたミニラウなのだし、崖登りなんかはお手のものだろう。
しかし……
「普通は……ってことは、何か普通じゃない手段で登るんだよね? カールさん、何か適した魔法でも有るの?」
「うん、まぁね。ジャン君、何だと思う?」
「瞬間移動の魔法、飛空の魔法、いずれの魔法でも、この崖を登ることなく上に行く手段になり得ます。でもそれだと、わざわざここまで来た理由が分かりません。あの町で依頼を受けた後、そうした魔法を使えば良かったワケですし……」
「うん、うん。そうだね。ミオちゃんは何だと思う?」
「え、アタシ? えーと、そうですね。浮遊の魔法なんてどうでしょう? それならアタシにも使えますし」
「うん、それで正解。ボクがみたところ、キミ達はしばらくここで魔境ってヤツに慣れておいた方が良いと思うんだ。キミ達に本気で上を目指す気持ちが有るのなら、毎日ボクが送り迎えしても良いよ?」
「なるほど……だからですか」
「そういうこと。ジャン君、やっぱりキミは勘が良いね。依頼の受注と達成手続きは、しばらくアレック君が一人でやってあげてね」
黙って頷くアレックさんだが、ちょっと苦笑い気味だ。
アレックさんにしても、あの町に良い印象は無いのだろう。
「ちょっと待った。オレにゃ、さっぱり話が見えてこねぇや。坊主、オレにも分かるように説明してくんねぇか?」
「はい。まず第一に……魔境に慣れるだけなら、近隣諸国にも魔境が確認されている国が一つだけ有りますよね?」
「あぁ、そういや北隣の国に何か有ったような気がするな」
「ギミノフ王国のトウラ沼沢地帯だね。でも、あそこはそんなに旨味が無いって話じゃなかったっけ?」
「出てくるモンスターも、特に珍しいものは居ないらしいわね」
「なるほどな。せっかく魔境に慣れるんなら、ついでに色んなモンスターを知れってことですかい?」
「うん、そうだよ。ジャン君、続けて」
どうやらカール先生には、自分で説明するつもりは無さそうだ。
「では……セルジオさん、あの町どう思いました?」
「オレに言わせりゃクソだな」
「そうですね、同感です。でも、冒険者ギルドに仕事を依頼する人って色んな人が居ますよね?」
「何の関係が有るんだ? だいたい、依頼はギルドを通すんだから、オレ達が直接やり取りする必要は無ぇだろ?」
「いえ、今後は依頼人に会う必要の有る依頼も増えるハズです」
「……まさか、指名依頼か?」
「そうですね。セルジオさん達なら必ずそうした機会は増えていくと思います。そして依頼主が貴族である可能性も高いですよね?」
「まぁ、そりゃあな」
「その場合よっぽど無茶な依頼で無い限り、断るのは難しいと思いませんか? そして、ボク達が知っている貴族……ヨーク男爵は、どんな人でした?」
「そういうことかよ。知るべきなのはモンスターだけじゃ無ぇってことですかい?」
「そそそ。ボク個人の意見としては、セルジオ君は特に下衆な連中に慣れておいた方が良いと思うけどね。最悪、そういうクライアントの相手はアレック君に一任するっていう手も有るし、どっちに転んでも神聖王国なら良い練習になると思ったのさ」
…………カール先生も人が悪い。
こうまで言われて、セルジオさんがアレックさん一人に責任を丸投げするワケは無いと分かったうえで、こんな言い方をしているんだから。
「……オレも毎回ギルドに行く。アレック、良いな?」
「もちろん、構わないよ。正直、僕もああいうところに行くのはキツい。一緒に慣れていこう」
「おう。坊主、まだ有るか?」
「はい。最後に……何でもかんでもカール先生に頼りきりではいけないってことだと思います」
「あ? そんなつもりは……いや、分かった。いい」
このまま知らず知らずカール先生に依存してしまっていては、アネットさん達が目指すところに至ることは無いだろう。
だからこそ、ミオさんでも使える浮遊の魔法で、この断崖絶壁を乗り越える必要が有った。
浮遊の魔法のことは詳しく知らないけれど、恐らくそういう意図が有るハズだ。
「うん、それで合ってるよ。アネットちゃん達には、今よりもっと強くなるためにボクを大いに利用して欲しい。だけれど、自分たちで出来ることを考えなくなるのは違うと思う。あくまでキミ達が主役だ。ボクはお手伝い。ジャン君は見学。そうでなくちゃならない」
「カールさん……ありがと。ミオ、お願いね」
「ええ。じゃあ早速いくわよ」
ミオさんが発動させた浮遊の魔法。
ふわりと自分の身体が浮く感覚に思わず驚く。
「浮遊の魔法は、あくまで地面に足がつかない程度に浮くだけの魔法だからね。でも、こうした場所で使えば転落の危険が無くなるんだ。魔法を使う者がいつも模索すべきは、こうした応用法ってことさ。ジャン君も覚えておきなね?」
「はい! それにしても何だか不思議な感覚ですね」
「この人数だと、けっこう維持がキツいわ。セルジオ、早く登っちゃってよ」
「お、おぅ」
セルジオさんを先頭に、アレックさん、アネットさん、ミオさんの順に崖を登っていく。
ボクも後から続いたが、落ちないと分かっていてもかなり怖かった。
カール先生は、そんなボクをしり目にどんどんと駆け上がっていく。
ボクやアネットさんはおろか、セルジオさんにまで追い付いてしまいそうだ。
崖を登りきると、そこには特徴的な葉を持つ植物が生い茂っていた。
……ヅィア草だ。
ギルドで見せてもらった見本の絵は、まだ記憶に新しい。
見間違う可能性は極めて低いハズだ。
「ここ穴場みたいなんだよね~。前にここに来た時はボク一人だったからさ。他の冒険者に気付かれないように、こっそりこうやって山に潜入したものだよ。懐かしいなぁ。でも、相変わらずヅィア草が群生してくれてて良かったよ。今日の依頼達成に必要な分と、ボクが錬金術で使う分だけ持って帰ることにしよう。取りすぎは禁物だからね?」
それはそうだろう。
ようやく登りきったかと思ったのに、先ほど以上の凶悪な角度を誇る絶壁が、またも目の前に立ちはだかっていた。
ヅィア草が群生しているここは、普通は立ち寄ろうとも思えない場所のハズだ。
穴場の中の穴場だと思う。
依頼達成に必要な数は三株。
根の近くが薬効の有る部分なため、指定された採取方法は根っこごと全て持ち帰ることだった。
そうした取り方のせいか、近年はかなり稀少性が高まっていて持ち帰ってくれる人自体が少ないのだと、冒険者ギルドの受付嬢がボヤいていたぐらいだから、受ける時にアレックさんが少し躊躇していたものだ。
カール先生にわざわざ事前に言われていなければ、恐らく受けていなかった依頼だろう。
ちなみに見付けたヅィア草が依頼の達成数に満たなくても、かなりの高額で買い取ってくれるらしいし、その場合は依頼失敗という扱いにもならないという話だった。
……あ!
カール先生がここにボク達を連れてきた数多い意図の一つに、このヅィア草の採取も含まれていたのかもしれないな。
うん、絶対そうだ。
カール先生が例のいたずらが成功した子供の様な表情を浮かべて、ボクの方を見て笑っていることだし……。
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