第47話
『ボクとアネットちゃん、それからミオちゃんは余計な面倒を避けるためにこの辺りで待ってるから、三人でサクっと依頼を受けて来なよ。今回この町で最優先で受けて欲しいのは、言うまでも無いかもしれないけど、キミ達にとって未知のモンスターの討伐依頼だね。それから……大半の依頼はイバダンっていう活火山に関するもののハズだから、ヅィア草っていうのの採取依頼もついでに受けて来ると良いよ』
カール先生はそう言うと、何も無かったハズの空間から馬車の車体のみを無造作に出現させて、迷わず乗り込んだ。
アネットさん、ミオさんも特に躊躇すること無く続いた。
最初は皆、この現象に驚いていたけれど……最近はすっかり慣れっこだ。
移動する時は鉄のゴーレム馬がこの馬車を牽くことになる。
カール先生に魔法で連れて来てもらった町では、いつも基本的にこのスタイルだし、今さら誰も何も感じなくなっているのかもしれない。
そんなこんなで、実際に神聖王国に属する町に入ったのは、ボクとアレックさん、セルジオさんの三人だけだった。
◆
「……では、必ず期限は守って頂きますよう、よろしくお願い申し上げます」
神聖王国のお国柄なのか、たまたま目の前の受付嬢がそういう性格だったのかまでは分からないが、やけに丁寧な説明をされた後に、ようやく目的の依頼を受けることが出来た。
アレックさん達が吟味した結果、ここで受けた依頼は全部で三件。
全てがカール先生の言っていたイバダン山中で達成することが可能なものだ。
……と言うより、この町の冒険者ギルドで受注可能な依頼のほとんどが、イバダン山に行く必要の有るものだった。
例外は他の町への配達依頼や護衛依頼ぐらい。
どうやらイバダン山とはダンジョンでこそ無いものの、極めてそれに近い性質を持った場所のようだ。
サンダース先生から習ったことが有る。
そういう場所のことを『魔境』と言うのだと。
砂漠だったり森林だったり、今回みたく山だったりするが、こうした魔境は世界中のあちこち
に存在するらしい。
魔境は、ある意味ダンジョン以上に厄介な場所なのかもしれない。
何しろ魔境を放置しておくと、いとも簡単にモンスターが氾濫して、近隣に被害を及ぼすという話だし……。
「なるほどね。ランバート師が僕達をここに連れて来たワケが分かったよ」
冒険者ギルドを後にしたボク達は、町の外で待っているカール先生達に合流すべく、来た道を引き返していく。
「たしかに。オレ達もそれなりに修羅場をくぐって来たけどよ。魔境には縁が無かったしな。しっかし……この町、パッと見お綺麗に見えて正直アレだよなぁ。長居したくないところだぜ」
セルジオさんが言う通り、一見するとその町並み自体は綺麗だが、ボクから見ても違和感がかなり有る。
冒険者ギルド内もそうだったけど、人族以外の姿があまりにも少ない。
たまに見掛けても、皆一様に赤茶けた色の金属製の首輪を嵌められている。
……奴隷なのだろう。
エルフやドワーフはまだ見ていないけれど、痩せこけたハーフエルフの少年が主人らしき商人の荷を背負わされていたりだとか、片耳の無い犬人族の女性が身なりの良い好色そうな老人に連れられて歩いていたりだとか、そうした光景は町のあちこちで見掛けた。
彼らが、ひどく劣悪な環境にいることを強いられているのは間違い無さそうだ。
奴隷という身分にされた人達は皆、生気の抜け落ちたような顔をしていた。
「……そうだね。アネット達の所に急ごうか」
「カールの旦那も一緒なんだし、万が一なんてことも有り得ねぇとは思うけどな。そんでも、何か有ってからじゃ遅ぇ。こんなザマを見慣れちまわねぇうちに、とっとと何とかって山に行こうぜ。坊主、はぐれんなよ?」
「はい!」
無表情で足早に歩くボク達を、怪訝そうな顔で
すれ違う人々が見ていた。
彼らからすればボク達の方が異常に見えるんだろうけど、それならそれで別に良い。
こんな光景が普通だなんて、ボクは絶対に思いたくなかった。
◆
「おかえり~。おやおや、みんな苦い顔だね。特にジャン君。もうちょっと嫌悪感を隠しなよ? ボクらの前なら、そんな顔してても別に構わないけどさ」
にこやかにボク達を迎え入れてくれたカール先生だったけれど、開口一番にそんなことを言われてしまう。
「……はい」
「カールの旦那、ここに連れて来られた意図は分かりやしたけどね。そんでも、坊主にゃちと早かったかもしれませんぜ?」
「そうだったかもね~。でもね、セルジオ君。こういう現実を知るのは、出来たら早い方が良いと思うよ」
「そりゃあ……そうかもしれませんけどね。ちっとばかし酷に思えたもんで」
「セルジオ君、やっぱりキミは優しいね。あるいはキミの言う通りかもしれない。だけどね。ジャン君には早めに知っておいてもらいたかったんだ。なるべく純粋なうちにね」
実際セルジオさんは優しいと思う。
優しすぎるぐらいだ。
ボクやアレックさんよりキツそうに見えたのは、決して気のせいでは無いだろう。
「ところでアレック。どんな依頼を受けて来たの?」
「ん? あぁ、ほらコレだよ」
「どれどれ……イビルサラマンダーの討伐依頼にロックトロルの討伐依頼、ね。あとは例の薬草の採取依頼かぁ。イビルサラマンダーが完全に初見だから何とも言えないけど、急げば何とかなるかな。討伐証明部位の取得方法は?」
「どっちも通常の手順で大丈夫らしい。魔素昇華が始まる前に切り落とせは手元に残るってさ」
「それぞれの証明部位は?」
「イビルサラマンダーが舌。ロックトロルが耳。まぁ、ありきたりな部位だよね」
「了解。じゃあ、早速いこっか。カールさん、お願い」
「はいはい。ちょっと待ってね~」
カール先生が了承してすぐに馬車は走り始めた。
ここからだと見えないけれど、いつものゴーレム馬が馬車を牽いているのだろう。
相変わらず、すごいスピードだ。
「やっぱり揺れないわよね~。アタシ達の馬車とは大違い」
「だな。何でこんなに違うかねぇ。オレ達も、いつかこんな馬車が欲しいもんだぜ」
「じゃあ今度、ボクが造ってあげよっか?」
「え! カールさん、それ本当? ってか、これ自作なの?」
「まぁ、自作って言っても座席の揺れを少なくするパーツだけだけどね。錬金術と創成魔法の合わせ技なんだよ、コレ。車体そのものは、ちゃんと馬具ギルドに依頼してくれる? パーツはすぐには出来ないから、車体を注文する時に取りにおいで」
「え~! じゃあ、すぐには使えないんだね。しかも新品かぁ。これは頑張って稼がないとだね~」
「アネットちゃん達なら、すぐに稼げるでしょ? この町は魔境と隣り合わせだから報酬も良いしね」
「いわゆるスタンピードを防ぐため……ですか?」
「そういうこと。ジャン君、しっかり勉強してるみたいだね。すぐにそこに結びつくんだから大したもんだよ」
たまたまサンダース先生に習っただけだし、誉められるとちょっと恥ずかしい。
あれ? いつの間にか馬車が止まってる?
「さ、着いたみたいだね。こっからは残念だけど歩きだよ。ここも随分と久しぶりだなぁ」
暑い、暑いとは思っていたが、馬車を降りるとそこはすっかり景色が変わっていた。
ゴツゴツとした岩があちこちに転がった岩山の麓。
最近は噴火していないと冒険者ギルドで聞いたけれど、活火山というからにはいつ噴火してもおかしくはない。
それに……馬車を降りた瞬間から、何だか妙な匂いがしていた。
モンスターの姿は今のところ見当たらないが、先行する他の冒険者の姿はそこそこ見える。
「さて……正規ルートじゃ日が暮れちゃうからね。ちょっとズルしよっか?」
言うなり人影の無い方へと足早に歩いていくカール先生に続いて、ボク達は歩き始めた。
しばらくして見えて来たのは断崖絶壁。
……え? もしかして、ここを登るの?
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