第46話
「珍しく遅かったね、ジャン君」
アネットさん達はもう全員、待ち合わせ場所に揃っていた。
最近の待ち合わせ場所は、私塾からの帰り道にある冒険者の宿。
例の無口でコワモテのマスターが営む宿屋兼酒場だ。
「サンダースの爺様に叱られたか? いつになく疲れた顔してよ」
「セルジオじゃあるまいし……ジャン君が叱られるようなことするワケないでしょう?」
「なっ! ミオ、てめぇ!」
「まぁまぁ、二人とも。仲良しなのは良いけれど、あんまり騒いでるとマスターに叩き出されるぞ?」
「アレック、仲良しって誰と誰がだ!」
「セルジオとミオに決まってるじゃないか。何を今さら…………」
アレックさん、それ周りが言わない方が良いヤツなんじゃ?
案の定、ますますムキになって否定するセルジオさんと、顔を真っ赤にして固まるミオさんの姿が見られた。
二人とも素直じゃないから結ばれていないだけの話で、普通ならとっくに恋仲になっていてもおかしくないぐらいだと、色恋沙汰に疎いボクでさえ思う。
幼なじみで冒険者仲間。
何でも言い合える仲。
そうした好条件も、揃い過ぎるとかえって距離感が難しくなるものなのかもしれないな。
「アレックも悪気は無いみたいなんだけどね~。ところで本当のところ、今日はどうしたの?」
セルジオさん達の様子に苦笑しながら、アネットさんがこちらに近寄って来た。
「授業が終わった後、サンダース先生が特別に魔法を伝授して下さいまして……」
「へぇ。もしかして伝授式?」
「はい」
「アレ、かなり運任せの部分が有るよね。成功したの?」
「えぇ、まぁ……運良く」
「ふーん。何の魔法?」
「えーと、あの魔法です。アンノウンのゲートモンスターをドロドロに溶かした」
「……え、それ本当に言ってる?」
「はい。ただし、まだ実際には使えません。発動に必要な魔力が圧倒的に多いので、ボクなんかじゃとても扱いきれない魔法なんです」
「そっかぁ、じゃあ頑張らないとだね~。ジャン君ぐらい、毎日ひたすら頑張ってる子も珍しいけどさ」
そう言いながらボクの頭を撫でるアネットさん。
実はアネットさんは、しょっちゅうボクの頭を撫でる。
さすがに気恥ずかしいんだけど、躱そうとしても絶対に躱せないし、まだ試したことは無いが振り払うこともまず不可能だろう。
最近は、されるがままだ。
「お待たせ~。あれ? ジャン君がまた誉められてる。アネットちゃん、今日はどしたの?」
勢い良く店の入り口のドアが開いて、カール先生が登場した。
タイミングとしては決して有り難くなかったけれど、おかげでアネットさんの手がボクの頭から離れる。
「ジャン君が、あのドロドロに溶かす魔法を私塾の先生から教えてもらったんだって。しかも伝授式でだよ?」
それを聞いたカール先生の形の良い目がスッと細められる。
どうやらお怒りモードでは無さそうだけど、さすがにこの話題は無視できないらしい。
「そっかぁ……ついにあの魔法の後継者が現れたんだね。サンダース師匠も、これでようやく肩の荷が降ろせそうだ。ジャン君、ありがとね」
言うなり、ニカっと笑うカール先生。
その顔は、もう普段のカール先生に戻っていた。
「いえ、そんな……たまたまですし」
「いやいやいやいや、アレはたまたまじゃ覚えらんないよ。そりゃ運の良し悪しは関係するかもしれないけどさ。魔法ってもんがどういうものかを、かなり深く理解してないと無意識に脳が拒否しちゃうと思うぐらいの情報量だよ」
「お? カールの旦那いつの間に?」
「ついさっきだよ、セルジオ君。待たせて悪かったね。今日は例の魔術師ギルド組を叩き直してたもんだからさ」
アンノウン討伐に参加した魔術師ギルドの面々は、あれ以来カール先生の下で改めて魔法を学んでいる。
座学よりも実戦(文字通り……)を重視するカール先生は彼らを遠慮なく連れ回し、時にはゴーレムやグリフォンを護衛につけてダンジョンに放り込んだりもしているらしい。
彼らの来訪が、ボクがカール先生に師事する日にも重なったことが有るんだけど、ボクを兄弟子と敬っている様子なのには、さすがに驚いた。
中には父さんよりも歳上の人も居るし……。
「カールさん、ほどほどにね? ところで今日はどこに行くの?」
「そうだなぁ……近場の国ばっかりじゃ、あんまりここら辺と出てくるモンスターも変わらないし、今日は思い切って神聖王国でも行く?」
「神聖王国……アタシあんまり良い印象がニャいんですけど」
「それはボクやアネットちゃんも一緒だけどね。まぁ、あそこも皆が皆ガチガチの人族至上主義者ばっかりじゃ無いし、たまには良いんじゃない? どうしてもアレなら、ギルドの中にはアレック君とセルジオ君だけ入るようにすれば、余所の国と依頼受理までの手続きは変わんないしさ」
「カールさんがそう言うからには、よっぽど変わったモンスターが居るんだよね? どんなの?」
「それは着いてからのお楽しみって感じかな。あぁ、それからね……」
「それから?」
「あっちは今の時期、少し暑いと思うよ」
神聖王国といえば、この国よりだいぶ南。中央大陸でも中心に近い一帯を領している大国だ。
特に有名なのが、唯一神教の法皇領を領内に抱え込んでいること。
神聖王国の冠する『神聖』とは、つまりそういう意味だったりする。
神聖王国に人族至上主義者が多いのは、人族をエルフや獣人など他の人種より一段上の存在としている国教……唯一神教の影響が強すぎるからだ。
猫人族のミオさんやミニラウのカール先生。ハーフエルフのアネットさんにとっては、なるべくなら行きたくない国だろう。
ちなみに奴隷制は神聖王国が発祥らしい。
ちょくちょく神聖王国が隣国に仕掛ける『聖戦』とは、奴隷獲得のための方便というのがサンダース先生の見解だ。
それと正反対の性質を有する大国がウェルス帝国で、こちらは『五族協和』を旗印に掲げている。
国教は特に無い。
どちらかといえば
五族とは、人族、エルフ、ドワーフ、獣人族、
残念ながら魔族はここに含まれていないから、帝国も完全に平等というワケでは無いけど、それは魔族側にも問題がある。
魔族はとにかく領土的野心が強く、他の種族と争ってばかりいるからだ。
まぁ、魔族の住む地域は気候的に最も厳しい部類に入る土地だから、魔族からしてみればそうしなきゃならない理由は有るらしいけど。
この二大強国に挟まれて四苦八苦しているのが、中間に位置する国々。
ボクが生まれ育ったこの国も、本来そうした小国の一つだった。
長らく無風状態だったのは名君として知られ戦上手だった先王と、その治世を支えたカール先生とを近隣諸国が恐れた結果に過ぎない。
これからも無事でいられるかは非常に怪しいと思う。
「暑いのは勘弁だけどよ。カールの旦那が選ぶからには、オレ達にとって実の有ることになるに違いねぇ。オレは賛成だ」
「アタシもギルドの中に入らなくて良いなら何とか……でも、このローブじゃ暑そうね」
「僕も賛成させて頂きますよ。僕らも立ち止まってはいられないことですし」
「じゃあ決まりだね。カールさん、早く行こ」
アネットさん達は結局、冒険者のまま今より上を目指すことにしたらしい。
相変わらず前衛が欠けたままだけど、実はそれにも目処がついている。
アンノウン討伐の際に親好を深めた、あのドワーフの重戦士。
彼らは一部メンバーの加齢に伴う脱退を来年に控え、それを機に解散する予定らしい。
そちらが正式に解散したらアネットさん達のパーティに加入する予定になっていて、そうなったらボクは潔く身を引くつもりだ。
それまでにボク自身も冒険者としての経験を積んで、少なくとも八級までは等級を上げておきたい。
八級まで上がれば、年齢による制約を受けずに活動できるらしいし……。
「じゃあ早速……マスター、いつも悪いね」
「……暇な時間帯だからな。構わんよ」
いつもと変わらないやり取り。
まるでそれが合図だったかのように、次の瞬間ボク達は見知らぬ町の近くに転移していた。
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