第45話
エルへの返事をアナスタシアさんに託したボクは、これまで以上の努力を自らに誓った。
それから数日、今日は私塾の授業が終わってからアネットさん達と行動する予定になっている。
最近はカール先生が同行することも多い。
ヨーク男爵からの『提案』をアレックさんもセルジオさんも断ってしまったせいで、アネットさん達は最近この町の冒険者ギルドを介しての仕事が、若干やりにくくなっているようだ。
そのため、特に依頼を受けずに例のマハマダンジョンで稼ぐか、わざわざ他領主の治める町に泊まり掛けで遠征するかしている。
さすがにボクはその遠征に同行したり出来ないので、ほとぼりが冷めるまである程度は我慢する必要が有るだろう。
カール先生が来る場合は違う。
人数が多くなる分あまり遠くには飛べないらしいけれど、カール先生の瞬間移動の魔法さえあれば自在に近隣諸国の町に出掛けて、そこで好きな依頼を受けることが可能だ。
今日はカール先生も来ることになっている日だった。
「今日の授業はこれまでじゃ。しっかりと復習をしとくようにの」
サンダース先生の授業が終わった。
最近は色々と有ったせいで欠席しがちだったけど、やっぱりこの見た目は同年代なのに敢えて年寄りくさい喋り方をする先生の授業はタメになる。
今日は特に今さっきまで行われていた、地理条件と気候の関係についての授業が良かった。
常夏のアンダ獣王国か……いつか行ってみたいなぁ。
「あぁ、そうじゃった。ジャン君は少し残ってくれるかの?」
既に帰り支度を始めていたボクだったが、サンダース先生に呼び止められてしまう。
「はい、何でしょう?」
「うむ。ちょっと他の子達には聞かせにくい話じゃ」
次々と帰って行く学友達。
マリアとブリジットが最後にチラっとこちらを見たが、結局は素直に帰って行った。
「まずは礼を言わせてもらおう。ありがとう。どうせアレから聞いとるのじゃろ? 儂とお前さんらが倒した連中とは因縁が有っての。立場上、ヨーク男爵の主導する討伐隊に旧王国の遺物たる儂が参加するワケにもいかんかったが、えらく歯痒い思いじゃった。代わりにジャン君やセルジオ君、ミオ君がヤツらを倒してくれたとアレから聞いての。せめてキミにだけは直接礼を言いたかったのじゃよ」
アンノウンとサンダース先生の因縁、か。
確かに聞いた。
サンダース先生が言う『アレ』っていうのはカール先生のことだろう。
「いえ、そんな。ボクが討伐隊に参加したのは成り行きですし、セルジオさんやミオさんはともかく、ボクは大したこと出来ませんでしたから……」
「それでも、じゃよ。儂のヤツらに抱く恨みや怒りは、あの日の惨劇から百年以上が経った今でも少しも収まらん。儂の教え子達が中心になって、ヤツらを倒してくれたのは儂にとっても痛快そのもの。特にジャン君、キミはヤツらの出入りを担っていた魔物を倒してのけた。アレからそう聞いた時、儂は嬉しくて堪らんかったよ」
「でも、あのモンスターを倒したのはカール先生から渡されたマジックアイテムの力と、カール先生に掛けてもらった姿隠しの魔法の力とが有ったからこそなんです。決してボクの力じゃありません」
「そう、それ。それこそが儂が最も嬉しかった部分なのじゃ! 実はあの魔道具に籠めた魔法じゃがな……あれは儂独自の魔法なのじゃよ」
「えっ! サンダース先生、それじゃあ……」
「うむ。カールのヤツも憎いことをするわい。儂の今の教え子に、儂の魔法が籠められた魔符で異界の者どもの命綱を断たせる。こんなに分かりやすい仇討ち代行も無いじゃろう?」
「なるほど……それでボクだったんですね。あの時カール先生がボクを選んだ理由が、今ようやく分かりましたよ」
満足気に頷くサンダース先生の顔は、本当に嬉しそうで……この顔が見られただけでも、怖い思いをしながら頑張った甲斐が有ったのだと思えた。
「そこで……じゃ。ジャン君には特別にあの魔法の構成呪文と、発動概念を伝授しようと思っておる。保有魔力の問題で、今はまだ使いこなせんじゃろうがな。ちょっと前髪を上げて額を丸っと出してくれるか。それから暫く目を閉じておいてくれ」
「……こうですか?」
「うむ、そのまま目をつむって額に神経を集中しておるのじゃぞ」
次の瞬間、サンダース先生の小さな手が伸ばされてボクの額に当てられた感触がした。
そして訪れる、サンダース先生の暖かい魔力が流れ込んでくる感覚。
こうしていると最初に魔法を教わった時のことを思い出してしまう。
あの時は送風の魔法だった。
この方法ですぐに送風の魔法を使えるようになったのは、結局ボクだけだったけど……あの時とは流れ込んで来る魔力の量も、伝わって来る魔法のイメージの複雑さも、勝手に覚えてしまう呪文の長さもまるで違う。
何より違うのは、伝授に掛かる時間だ。
あの時はほんの一瞬だったが、今回はサンダース先生の手が離れるまでに過ぎた時間は、ボクの集中力の限界近くにまで達していた。
「……うむ、これで理論上はキミにも同じ魔法が使えるようになったハズじゃ。さすがに驚いたわい」
「何がです?」
「この魔法の伝授じゃがな、初めて成功したのじゃよ。今までに試みた回数はそう多くないがの。儂がこの子ならば……と思った数少ない逸材達をして一度も全て呑み込んだ者はおらんかった。何しろあのカールでさえ、無理だったのじゃからの」
カール先生には悪いが、思わず素直に納得してしまいそうになってしまった。
これは確かにとんでもない魔法だ。
こんな大魔法を、その成功率の低さからよほど簡単な魔法の伝授にしか使われていない方法で、そう簡単に覚えられるワケが無いのだ。
カール先生に無理だったのに、ボクに可能だった理由はすぐには思い付かないけれど、もしかしたら複雑な理由なんか無くて単純に運の問題だったのかもしれない。
それにしても……
「その方達には、その後に改めて教えなかったのですか?」
送風の魔法に限らず、さっきの伝授式で魔法を覚えられなかったから一生その魔法が使えないかというと、もちろんそんなことは無い。
むしろ普通は、その後の座学と実践の繰り返しで魔法を習得するのが一般的だ。
眠りの霧の魔法や光源の魔法あたりは、ボクもそうやって教わった。
カール先生から教わった水弾の魔法も、やっぱり伝授式では覚えられずに何度か実際に見せてもらってはじめて、そのイメージが具体化したものだ。
「うむ、カールは惜しいところまでいったんじゃけどな……結局この魔法については発動概念が特殊過ぎて、儂も言語化しきれんのじゃよ。カールの問題では無く、儂が伝えきれなんだ。伝授式が上手くいかなんだら、それで終わりという類いの魔法じゃな。同じような理由で使い手が絶えた魔法なぞ、今まで幾らでも有るわい」
そのことは目の前にいるサンダース先生から授業で習ったことがある。
死者蘇生の魔法だったり、時間遡行の魔法だったり、確かに使えた人が居たらしいのに次代に伝えられずに途絶えてしまった魔法は、実は非常に多いらしかった。
たまにそれらの魔法が籠められたスクロールが見つかることが有ると聞くが……大抵は真っ赤な偽物だという。
今、ボクがサンダース先生から伝授された魔法は、そこまで破格の魔法では無いかもしれないけれど、性質は非常に似通っている。
名付けるなら『万物溶解の魔法』あたりか。
これを実際に使えるようになるまで、どのぐらい修練が必要かは想像するだけでも気が遠くなりそうだ。
カール先生の保有魔力がどれぐらい有るかは分からないけど、恐らくカール先生でさえ回復無しでこの魔法を使えるのは、一回か二回といったところだろう。
「サンダース先生……ご教授ありがとうございます。必ず使えるようになってみせます」
「ジャン君、頼んだぞ。出来れば儂が生きてる間にのぅ」
そう言って舌を出して笑うサンダース先生の顔は、やっぱりボクと同年代……いや、見る人によってはボクより歳下にしか見えないだろう茶目っ気たっぷりなものだった。
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