第44話

「なるほどな。それが理由か。ジャンが他の門下生と、そもそものモチベーションからして全く違っていたのは……」


 アナスタシアさんから一通り話を聞いたサラ師範は、ひとり納得して頻りに頷いている。


「それにしてもジャン君は、ちょっと生き急ぎ過ぎてない? 稽古の時の動きのクオリティからして、もうモンスターとの戦闘経験が有るんでしょう?」

「そう、それだがな。例の怪異がこの近くの迷宮に巣食っているのを討伐しに行った一団にまで加わったんだぞ、ジャンは」

「例の怪異……アリシア叔母さんが戦ったっていう例の? ジャン君、それ本当なの?」

「えぇ、まぁ……」

「アナは、アネットを知っていたっけ? ハーフエルフの太陽神の神官の……」

「アネットちゃん? ここで一緒に稽古したことも有るし一応は知ってるけど、話したことは無いかな。メイスの扱いがかなり上手い子よね?」

「そうそう、そのアネットで合ってる。まぁ、それは今は良いとしてだ。今やアネットのパーティは、この町では一番の冒険者パーティなんだが、ジャンはそこの見習いでな」

「あぁ、そういうこと。じゃあ、見学みたいなもんじゃない」

「いや、それがかなり活躍したらしい。しかも、だ。ジャンはあのカール・ランバートの教え子でもある」

「は? あのカール・ランバート? 何それ?」

「盛りだくさんだろ? ジャンは向上心の塊みたいなヤツなんだ。初めてモンスターと戦ったのも、師匠のカールさんの指導方針ってワケなんだよ」

「……サラは相変わらず、こういう説明が下手ね。剣の指導は上手なのに。つまり、隠居したてのカール・ランバートの愛弟子で、ここアリシア流道場のホープ。なおかつ一流と言っても差し支えの無い冒険者パーティの見習いってことよね? しかも既に実戦経験を積み始めている」

「悪かったな。まぁ、簡単に言うならそういうことだ」


 サラ師範の意外な一面。

 従姉妹同士の気安さも有るんだろうけど、いつもより饒舌で……そして確かに説明の順序としては上手くなかった。

 アナスタシアさんも、あの日の印象とは少し違う。

 表情もかなり穏やかだ。


「かのカール・ランバートがアリシア叔母さんの弟子っていうのは知っていたけど、もしかしてその縁で?」

「それがな、違うんだよ。母さんと一緒に例の異形を倒したミニラウの魔導師が、この町に今でも居るのは知ってるだろ? カールさんの魔法は、その老魔導師仕込みなんだけどな。ジャンは、彼の営む私塾にも通っていて……」

「そっち経由ってワケね。ジャン君、本当に盛りだくさんねぇ」

「あはは……何だか、そう言われると確かに。ほとんど偶然なんですけどね。それはそうと……アナスタシアさんは今日、何でこの町に?」

「この間は、久しぶりにこの町に立ち寄ったのに、サラにもアリシア叔母さんにも会えずじまいだったからね。ついでに、サラと手合わせもしたかったし。あとはジャン君、キミに会いに行くつもりだったんだ」

「ボクにですか?」

「エルサリアから手紙を預かってきた。帰りに渡すから、良かったら返事を書いてやってくれないかな? 返書は明日にでもここに持って来てくれれば私が届けよう」

「はい、もちろんです。エルは今どこに……あ、いや聞かなかったことにして下さい」

「うん、それが良さそうだね。あの日もしつこく追跡してくる使い魔を始末したは良いが……状況から察するに、例の場面は見られていたのだろう。ヨーク男爵は、もうキミに接触して来たかい?」

「えぇ、まぁ。実は……」


 さっきのことも有るし今度はサラ師範に任せたりはせず、自分の口から順を追って今まで経緯をアナスタシアさんに話すことにした。

 時折アナスタシアさんやサラ師範からの質問に答えながらだったけど、どうにか順序立てて話せたとは思う。

 サラ師範はボクの立派な剣の師匠だけれど、説明の仕方までは見習わなくて良いだろう。

 サラ師範もアナスタシアさんも、ヨーク男爵の執拗さ、傲慢さ、強引さに呆れてはいたものの、幸いボクの判断(エルとの婚約の提案をその場しのぎで了承したことなど……)については理解してくれたようだった。


「そういう事情なら尚更エルサリアの居場所は知らない方が良いだろうね。彼女を匿ってくれている人物も、エルサリアがキミに書く手紙については居場所を書かないように言ってくれていたのを、私もこの目で見ている。私はキミになら教えても構わないんじゃないかと思ってしまっていたが、結果的には間違っていたようだ。もしキミからバレてもエルサリアが恨みに思うようなことは無いかもしれないけれどね」


 気づけばすっかり話し込んでしまっていた。

 帰り支度を整え、アナスタシアさんから手紙を受け取る。

 明日、必ず返事を書いて持ってくることを約束して帰路につく。


 ◆


 いつもより少し遅い夕食後、ボクは自室でエルからの手紙を読むことにした。


『ジャンさん、その節は本当にありがとうございました。私は今、アナスタシアさんのご友人のお宅でお世話になっています。母の暮らす故郷からも遠く離れ、ジャンさんの住む町からもかなりの距離が有りますが、寂しさを感じる間もなく目まぐるしい毎日を送るようになりました。実は私、隠れた才能が有ったみたいなんです。その才能を磨いていけば、いつの日かジャンさんやマリアさんに堂々と会いに行くことさえ出来るようになるかもしれません。もちろん、まだまだ先の話ではありますけど。あの日、私はジャンさんとマリアさんとに救って頂きました。お二人に何よりも救われたのは、私の心だったと思います。何度も諦めそうになっていた私を励まし、導き、こうして父の影に怯えず暮らすことが出来るようにして頂いた御恩は終生忘れません。怖い出来事だったハズなのに、忘れ得ない思い出としてすっかり胸に刻み込まれてしまいました。しかも良い思い出として、です。ジャンさんが最後まで諦めず、知恵を尽くしてアナスタシアさんが駆け付けるまでの時間を稼いでくれたあの姿は、特に印象に残っています。とっても格好良かったですよ。何か、すごく大切なものを教えられたような気がします。私もジャンさんみたいになりたい。そんな思いで毎日必死になって頑張っています。ジャンさんもどうかお身体にお気をつけて、ご自分の未来のために頑張って下さいね。マリアさんにも、どうかよろしくお伝え下さい』


 初めて目にしたエルの字。

 エルのあの柔らかい雰囲気が、文字からも伝わってくる気がした。

 ただ匿われているだけじゃなく、何だか努力をしているらしい。

 それが彼女の未来を、彼女自身のものにするために有用なものみたいで、本当に良かったと思う。

 ボクも負けていられないな。



 この晩、ボクは何だかとても楽しい夢を見ていたような気がする。

 ボクの隣にはエルが居て、反対隣でマリアも一緒に笑っていて、光輝くどこかの道をただひたすらにまっすぐに歩いていく……細かい部分は思い出せないけれど、多分そんな夢だったと思う。

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