第41話

「さて……ジャン君といったね。君にも私から幾つか提案をさせてもらいたいんだが、聞いてくれるかな?」


 動揺から立ち直れないまま思わず頷いてしまったが、それに続くべき声が出てきてくれない。

 ヨーク男爵は特に気にする様子も無く、再び口を開いた。


「君もよほど数奇な運命の持ち主のようだね。少し調べさせてもらったが、君の御祖父はあのブラガ商会の会頭なのだろう? しかも魔法を教えているのがそちらのランバート師。なおかつ剣の才も父親譲りで非凡。知っているかい? 君のお父上はそこに居るバルガスに模擬戦で勝ったことも有るのだよ?」


 バルガスって誰だろう?

 そんな僕の疑問はすぐに解けた。

 太眉の騎士隊長が頻りに頷いている。

 どうやら彼がバルガスさんらしい。


「バルガスの武勇は君も知っての通り。しかも得物の違いもある。剣でバルガスほどのハルバードの使い手に勝利するのは至難の業だ。その剣才の片鱗をキミから感じたと、バルガスはじめ参戦した騎士の多くが証言している。君が次世代を担う英雄の卵であることは衆目の一致するところだろう」


 さすがに持ち上げ過ぎだ。

 何が目的かは知らないけれど、ますます薄ら寒いものを感じる。

 どんな『提案』がされるかは分からない。

 分からないけど、叶うことなら聞かずに帰りたいところだ。

 それにしても父さん……そんなに強かったんだなぁ。


「私としたことが前置きが長くなってしまったね。提案とは至極単純な話だ。今すぐでは無いが、将来的に君も私に仕えることを考えてくれないか? もし頷いてくれるのならば、君のお父上をすぐにでも騎士として叙任する用意が有る」

「それは有難いお話です。ただ……」

「ただ? 何だね?」

「私は自分がどこまで成長できるかを試してみたいのです。この町を護る騎士になることは私の幼い頃の夢でしたが、今は違います」

「君は少し勘違いをしているようだが、君が私に仕えてくれる場合に用意しようと考えている地位は一介の騎士では無いよ? 我が家の契約魔術師としてだ。契約魔術師というのは騎士団長と同格の待遇なのだよ。それでも嫌かい?」


 契約魔術師……カール先生が先日まで務めていた宮廷魔導師は、言うなれば王家の契約魔術師だ。

 規模は違うけど、つまり男爵はボクに自分の腹心になれと言っていることになる。

 ここまで貴族に言わせて、これを断るのは後が怖い。

 ボクが答えに窮してしまったのを見て取ってか、ここでカール先生が口を出してくれた。


「ヨーク卿、ちょっといいかい?」

「……何でしょうか?」

「あのさぁ、キミちょっとズルいよ。それじゃジャン君が断れないじゃないか。しかもさ。ジャン君は確かに才能有るけど、まだ成人まで何年か有るんだよ? どんな魔術師になるかなんて誰にも分からないよね?」

「それはまぁ……そうですな。彼が断りにくい話の持っていき方をしたことも事実です。しかし、それは彼の将来性を買ってのこと。決して悪意が有ってそうしたのではありません」

「それはどうだか。まぁ、卿の気持ちも分からないでは無いけどね。誰だってドラゴンの卵が目の前に落ちてたら拾いたくなるものさ。それを慈しんで育て上げるにせよ、食べ物にするにせよ……そしてヨーク卿が有為の人材を集めるのが大好きなのは、ボクも知ってるつもりさ」


 あ、やっぱり有名なのか。

 ヨーク男爵が名うての人材コレクターなら、こうした多少の先走りは有りそうに思える。

 使えるか使えないかは別として、とりあえず自分の手中に収めたいってことだろう。

 大事なのは使っていう部分なのだと思うし……。


「でもね。ジャン君の師匠としてハッキリ言っておくけど、ジャン君は男爵家の契約魔術師で終わる程度の器じゃないよ。将来、大空に羽ばたこうとしている竜を男爵領に縛り付けようとするのなら、みすみすそれを見過ごすワケにはいかないな」

「ランバート師にそこまで言わせるほどですか。ならば尚更のこと欲しくなりますな。まぁ、今のところは諦めるとしますが……」


 おぉ、カール先生ありがとうございます!


「ただし、まだ私の提案は終わっておりません。ジャン君」

「は、はい!」

「君、将来を約束した女の子は居るのかい?」

「いえ、まさか」

「ふむ。君ぐらいの年頃では、まだ無理もないか。ならばどうだろう? 私には公にしていない娘がいてね。実は今のところ、どこに暮らしているのかは不明となっているのだが……なに、私の手の者達に捜させているからすぐに見つかるよ。君さえ良ければだが、その子と将来結婚してくれないかな?」


 ……これ、やっぱりエルのことかな?

 アナスタシアさんと、一緒に逃げたハズのエル。

 いまだに鮮明に思い出せるエルの顔。

 彼女との結婚なら喜んで頷いてしまいたいところだけれど、それをしたらボクも目の前の男爵と同じ人種ということになってしまう。

 何だかそれはとてもイヤだ。

 チラっとカール先生の方を見たけれど、今度は助けてくれそうにない。

 弟子のピンチは継続中ですよ~?


「うん? どうしたの、ジャン君? さすがに弟子の結婚相手にまで口を出す気は無いよ?」


 ……ダメか。

 セルジオさんも、目をつむって知らん顔をしている。

 そりゃ、そうだよな。

 あの件がバレたらマズいし。

 アレックさんもミオさんも、事情を知ってるだけあって全く興味が無いワケじゃ無さそうだけど、あの様子じゃ口を出してはくれなさそうだ。

 アネットさんは……むしろ面白いものを見つけた子供の様な顔をして、興味津々といった感じで見守っている。

 全く期待できない。


「顔を見たことも無い方と結婚のお約束は致しかねます。それにたとえ正妻のお子で無くとも、男爵のお嬢様となれば私とでは身分が釣り合いませんので」

「……顔かね。とても器量良しだと聞いているよ。実は一度この町に来たことが有ってね。正式な面会を翌日に控えて遠目に顔を見たが、あれの母親に似て将来はかなりの美人になるだろうと思ったよ。残念ながら、私の用意した見合い相手が気に入らなかったらしくて、行方をくらませてしまったがね。キミならば間違い無く、あれも気に入ることだろう。なぁ、セルジオ君」


 瞬間、室内の温度が下がったかのように感じた。

 突然ヨーク男爵から名前を呼ばれたセルジオさんは、目を見開いて固まっている。

 その顔からは血の気がひいていた。

 恐らくボクも似たようなものだろう。


 ヨーク男爵は知っていた。


 あの日、エルとボク達との間で何が有ったのかを……。

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