第40話

 すっかり元の状態へと戻ったダンジョンを後にし町へと帰還したボク達はその翌日、ヨーク男爵から招待を受けて再び領主館に足を運んでいた。


「前ん時よりゃ気が楽だけどよ……出来たら勘弁して欲しいよなぁ」

「うん、まぁね。アタシも緊張しちゃってる」


 セルジオさんとミオさんは、今回もやっぱり表情が固い。

 もしかしなくてもアンノウンの親玉のような強敵と戦っている時の方が、この場に来るよりよっぽど二人にとっては気が楽なのだろう。

 二人の活躍もあって今回はアンノウンの大規模侵攻という脅威を、どうにか未然に防ぐことが出来た。

 少しぐらいならヨーク男爵の前で礼儀作法が上手くいかなくても、それで咎められることは無いと思うけどなぁ。

 本人達もそれは分かっているのかもしれないけど、頭で分かっているからといって緊張しなくて済むというものでは無いらしい。


「まぁ、そう悪いことにはならないと思うから気楽にしてなよ。もし変なことになりそうならボクがガツンと言ってあげるからさ」

「そうそう。カールさんの言う通り……あ、このお菓子おいしい! ほら、アレックも食べてみなよ」


 反対に全くといって緊張していないように見えるのが、カール先生とアネットさんの二人だ。

 こないだのアネットさんには少し緊張感が有ったのに、二回目にしてこの落ち着きよう。

 前回とは違って、目の前に出されたお茶やお菓子にまで遠慮なく手を付けている。


「うん、確かに美味しいね。これ、ララへのお土産にもらえないかなぁ?」


 アレックさんも落ち着いたものだが、さすがにカール先生達ほどでは無い。

 遠慮気味にお茶を飲むに留まっていたけれど、アネットさんに促されてようやく手を伸ばした。

 カール先生を除けば、アンノウンの親玉相手に最も活躍したのはアレックさんだったと思う。


 ──コンコン!


 しばらくしてノックの音が響くと、さすがにリラックスしていたアネットさんもアレックさんも姿勢を正す。

 カール先生は変わらないが、セルジオさんとミオさんは過剰なほどピーンと背筋を伸ばしている。


 扉の向こうから姿を現したのはボク達も見慣れた顔。

 口ヒゲと太眉が特徴的な二人の騎士隊長だった。


「ランバート師。皆様。間もなく我が主君がみえられます。どうかお気を楽にしてお迎え下さい。この度は主君より皆様に御礼が言いたいと、お招きさせて頂いたのですから……」

「左様ですな。皆様方はいわば我らが町を異界の先手より護りし恩人。我輩達も同席させて頂きますが、主君に先んじてこの場でお礼を申し上げたい。こたびのこと、誠に有り難うございました」


 深々と頭を下げる太眉の騎士隊長と、それに倣って頭を下げる口ヒゲの騎士隊長。


「よしなよ、二人とも。キミ達だって充分に頑張ってたじゃないか」


 カール先生がすかさず声を掛けて二人の頭を上げさせようとする。

 口ヒゲの騎士隊長はそれで姿勢を元に戻したが、太眉の騎士隊長は頭を下げたままだった。

 結局ヨーク男爵がその後すぐに現れたから良かったけど、もし男爵が中々ここに来なかったなら、ずっとそうしていたかもしれない。


 ◆


「ところで……二人からも特にと推薦を受けたのだが、アレック君。キミは私に仕える気は無いかね? 最初は一般の騎士としてだが、ゆくゆくは騎士隊長の地位もと考えている」


 カール先生には特に丁寧に礼を述べた男爵。

 その後、報酬を自らカール先生とアネットさんとに手渡してから、ボク達それぞれにもきちんとその行動内容に合わせて称賛し礼を述べる。

 さらにはアレックさんの方に向き直ると、おもむろにそんなことを言い出した。

 なるほど、これも目的の一つというワケか。


「……お気持ちは有難いのですが、少し考える時間を頂けないでしょうか?」

「ふむ。それは構わないが、これはハッキリ言って特別扱いだ。あまり長くは待てないよ?」


 特別扱い……たしかにそれはそうだろう。

 本来なら、ヨーク男爵領内出身の親を持つ身元の確かな人以外は騎士になれないらしい。

 ボクも詳しくは知らないが、アレックさんはその条件を満たさないようなことを前回ここに来た時に言っていた。

 それに……建前上は公平な採用試験が行われているが、実際かなり縁故がモノを言うという話だ。

 よそから来たアレックさんが、いきなり採用される確率は低い。


「ありがとうございます。必ず近いうちにお返事させて頂きます」

「良い返事を期待しているよ。さて、セルジオ君。キミにも提案が有るんだが聞いてくれるかい?」

「……何でしょうか?」

「実は私が抱えていた密偵のうち何人かが、今回の敵を調査している際に亡くなってしまってね。キミほどの人材なら是非とも迎えたいところなんだ。どうだい?」

「あ、有りがたき幸せにございます。しかし恐れながら申し上げますと、オレ……じゃなかった。私もこちらのアレック同様、すぐのお返事は致しかねます」

「うん、それはそうだろうね。ただ、正式な身分は与えにくいのが密偵という仕事だが、その分だけ報酬は破格なものを用意しよう。前向きに考えてくれたまえ」

「は。畏まりました」


 セルジオさんもか。

 どうやらヨーク男爵は、優秀な人材を集めるのが好きらしい。

 男爵の背後に控えている二人の騎士隊長にしても、こんな小国の……しかも、こう言っては何だが男爵領の騎士団に居るには、勿体ないぐらいの人材に思える。

 ダンジョンの利権が有るうえ、それなりの交通の要衝を領しているヨーク男爵は、ただの男爵と言うには過大な財源を持っていると見て間違い無さそうだ。

 それに加えて自前の戦力を拡大することに貪欲ときた。

 紳士然とした風貌に似合わず、ギラギラした野望を隠している人なのかもしれない。


 そう、他人事のように男爵とアレックさん達とのやり取りを見守っていたボクだったが、次の瞬間にヨーク男爵の目線がこちらを向いた。

 まさか……ボクも?


 驚くボクの顔を見ながらヨーク男爵の浮かべる親しげな笑みが、何だかとても気味の悪いモノに見えた。

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