第39話

 カール先生はその後も主だった人達を呼んでは、一人一人に策を伝えていく。

 そんな後方の状況に注意を払う余裕さえ無く激闘を繰り広げているのがアレックさん達前衛組と、それをサポートする形で参戦したアネットさん達後衛組だ。

 総勢七名の勇者達が異界の猛者と戦っている姿は、どこか英雄譚の一幕を垣間見ているかのような錯覚を、戦況を見守っているボクにもたらす。


「さぁ、ジャン君。見とれている場合じゃないよ。慌てず確実に、ね?」


 カール先生の特命を受けたボクも黙って頷き返し、ゆっくりと動き始めた。

 この役目を果たすには慎重かつ静かに行動しなくてはならない。

 それでいて、アレックさん達の闘いからも目を離すワケにはいかないのだから、中々に大変な役割を引き受けてしまった。


 しかし……まるで暴風のようだ。


 アンノウンの親玉の振るう五本のグレイブは、恐ろしい速度と威力を兼ね備えていて、遠目に見ているだけでも身の毛がよだつ思いがする。

 アレを間近で防ぎ続け、あるいは避け続けながら、反撃すらしているアレックさんや太眉の騎士隊長、それからドワーフの重戦士の力量が常人では到達し得ない領域にまで達していることは間違いない。

 そしてそれは彼らを効率的に援護しているアネットさん、セルジオさん、ミオさんも同様だ。

 口ヒゲの騎士隊長に関してはミオさんの護衛に徹しているため、個人の武勇がどれ程なのかまでは分からない。

 それでも、先ほどから猛勇を発揮し続けている太眉の騎士隊長と同格なのだから、そもそも弱いハズが無いだろう。


 戦況は一進一退。


 時折アンノウンの親玉が放つ魔法は、それがヤツと戦っている面々を狙ったものならば、ミオさんの魔法が相殺しているし、後方で待機している人々を狙ったものならば、カール先生が完全にシャットアウトしている。

 反対にミオさんやアネットさんの放つ魔法や、セルジオさんの飛び道具も、今のところヤツの防御を抜けないでいた。


 そんな戦況が動いたのは、にわかに開いた『ゲート』から新手のアンノウンが三体出現したことがきっかけだ。

 カール先生は当然それも予測していたし、対処の手順も完璧だった。

 護りの魔法を掛け終わってなお魔力に余裕の有った魔術師達がアンノウン出現と同時に、騎士団や冒険者達が持って来ていた矢筒に付与魔法を掛けていく。

 矢筒に属性を付与してしまえば、しばらくは属性を宿した矢やボルトが使える。

 それらをつがえた弓やクロスボウで一斉に攻撃された新手の三体のアンノウンは、こちらの世界に来て何も出来ないまま声もなく倒れた。

 四大属性以外が弱点だったら少し厄介だったかもしれないけど、幸いそんなことも無く排除は完了する。


 しかし、それが思わぬ事態を引き起こした。

 カール先生の策を知らぬままに戦っていた太眉の騎士隊長が、一瞬アンノウンの新手に気を取られた瞬間に親玉のグレイブを受け損ね、右の肩口に決して浅くない傷を負ってしまった。

 即座にセルジオさんが両者の間に割って入って、太眉の騎士隊長が落命する事態は避けられたけれど、一時後退を余儀なくされてしまう。


「ここは大丈夫だ! 下がれ、セルジオ!」

「……あぁ。死ぬなよ、アレック!」


 割って入ったセルジオさんが、そのまま前で戦い続けるのは少しツラい。

 セルジオさんの本領はそのスピードを活かした戦い方にある。

 足を止めて打ち合うのはセルジオさんの良さを消してしまう。

 アレックさんが声を掛けたことで、それを思い出したかのようにセルジオさんが後退していく。


「アレック! 無理しちゃダメよ!」

「有難い! これなら!」


 ミオさんが何かアレックさんに補助魔法を掛けた。

 それで目に見えてアレックさんの動きが良くなる。

 見れば、ドワーフの重戦士も同じく先ほどまでより素早くなっていた。

 ミオさんの魔力も既にカツカツだろうに、よほど高度な身体強化系魔法を掛けたらしい。

 太眉の騎士隊長の離脱がきっかけで崩れていたかもしれない前衛が、ミオさんの献身で息を吹き返した。

 それどころか、むしろ優勢になり始めている程だ。


 アネットさんは少し後退して、負傷した太眉の騎士隊長に治癒魔法を掛け続けている。

 しかし傷は中々癒えないようだ。

 アネットさんほど高位の神官の魔法で即座に癒えないとなると、かなりの重傷なのだろう。

 それに傷が癒えたとしても失った血液まではすぐに戻らないし、太眉の騎士隊長の得物は柄がひん曲がってしまっている。

 折れなかったということは、木製では無く金属製の柄を持つハルバードだったらしい。

 アレを軽々と振るっていた太眉の騎士隊長は、やはりとんでもない実力の持ち主だ。

 それだけに彼の離脱は、いかにも惜しかった。


 このピンチをもたらした『ゲート』は再び閉まっている。


「よし、今だ! 一斉攻撃開始!」


 反撃のタイミングを見計らっていたカール先生の号令の声が響く。


 騎士団や冒険者達は先ほど付与魔法を受けた弓矢やクロスボウ。

 魔術師ギルドの面々や魔法の得意な冒険者達は思い思いの攻撃魔法。

 そして……神官達も光撃の魔法を放つ。

 後方に控えていた全員が全員、一斉にゲートモンスターに向かって遠距離攻撃を開始した。


 これに慌てたのがアンノウンの親玉だ。

 遮二無二、それを妨害するべく動いた。

 手にしていた五本のグレイブのうち三本を放り投げてまで、アレックさん達の追撃を振り切り、その身を盾にせんと立ち塞がる。


 ヤツの弱点属性は水。

 これはミオさんの機転でセルジオさんのスローイングナイフに付与した属性により割り出されたもので、それ以降は前で戦うアレックさん達の得物にも青色の魔法光が煌めいていた。

 なかなか深傷を負わせることは出来ていなかったが……ヤツ自らゲートを庇うべく身をさらけ出したなら当然の結果、次々に魔法や矢、クロスボウから放たれたボルトがアンノウンの親玉の巨体を傷付けていく。

 そしてそれらは、ゲートモンスターを狙ったものにしては、不自然なほど色の魔法光を宿したものが多かった。


 言うまでも無く、カール先生の策だ。

 アンノウンは『ゲート』を通らない限り、彼らの住む世界と、こちらの世界とを行き来することができない。

 ならば初めからゲートモンスターを狙えば良さそうなものだが、ただ単にゲートを狙うだけでは例の魔法で相殺されたり、それに止まらずこちらに多くの犠牲者が出る恐れも否定しきれなかった。

 ならば大規模な魔法を行使するヒマさえ無いぐらいまで、あらかじめアンノウンの親玉を追い込んでおけば良い。

 太眉の騎士隊長が重傷を負ってしまったのは確かに不運だったかもしれないが、結果的にはそれでミオさんが使用を躊躇っていた強力な付与魔法が飛び出して、ヤツに決定的な隙が生まれた。


 ただ、それでも死ななかったアンノウンの親玉は、カール先生の予想を初めて上回ったことになるだろう。

 瀕死の状態にしか見えないが、あろうことかそんな身体で例の大魔法を放ち……しかし敢えなくカール先生の魔法に完全に封殺されてしまった。


 その間にボクは、ここでやっとゲートモンスターの足元にまで到達する。

 カール先生が掛けてくれた姿隠しの魔法。

 少しでも慌てて素早く動いてしまったり、何らかの攻撃動作をした瞬間に解けてしまうとカール先生が脅すもんだから、冷や汗をかきながらもゆっくりと急いだ。

 そして今、ようやくカール先生から託されたマジックアイテムをゲートモンスターに貼り付けることに成功した。

 その瞬間にボクの姿は誰の目にも見える元の状態に戻ってしまったが、そんなことはもうどうでも良い。

 ピッタリとボクの頭上を飛行しながらついて来てくれていたカール先生の使い魔のグリフォンの脚にしがみつくと、今までずっと小型化したままだったグリフォンが途端に元の巨体に戻って、その優美な翼をはためかせる。

 風の申し子たるグリフォンの翼は、あっという間にカール先生のいる場所まで、ボクを運んでくれた。


 そして……次の瞬間、液状化して崩れ落ちるゲートモンスター。

 あの液体に触れるとヤバいらしい。

 どうヤバいかは、カール先生が教えてくれることは無かった。

 

 背後で突如ドロドロに溶けたゲートモンスターに激しく動揺し、振り向いた格好のまま立ち尽くすアンノウンの親玉。

 そこに駆け付けたアレックさんの長剣と、アネットさんのメイスが襲い掛かる。

 結果として、それがトドメになった。

 仰向けに倒れ伏したアンノウンの親玉。

 念のためなのだろう。

 アネットさんがヤツの頭を潰し、アレックさんの剣が何度も身体を刺し貫く。

 結局、その巨体が再び動き出すことは無かった。

 ゲートが消えたせいなのか、毒々しい色合いだったダンジョンの床や壁面は、いつの間にか元の姿を取り戻している。


 決着。


 それを理解した人々が歓声を上げる。

 中には失った同胞を想ってか、涙を流している人達もいた。

 アネットさん達も、満足気に互いに手を打ち付け合っている。

 カール先生の小さな手が、ボクの肩を優しく叩く。


 ……終わったんだな。

 凄く濃密な時間だったし、最後は本当に生きた心地がしなかったけど、こうして勝てたのは素直に嬉しい。

 自然と笑みがこぼれてしまう。

 アネットさん達が笑いながら、こちらに向かって歩いて来るのが見える。

 大殊勲を挙げたボクの偉大な先輩達に、どんな声を掛けようか?


 さっきから何だか胸がいっぱいで、大して気の利いたことは言えそうに無いけれど……。

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