第38話

「アレック君、ちょっといいかい? あの角を曲がったところにヤツらが五体、待ち伏せしている。さっきキミに掛け直した護りの魔法は、ボクが使えるものの中でも最上位の魔法だ。急所にさえ直撃をもらわなければ大丈夫だから、囮役をお願い出来るかな?」


 気配が稀薄で奇襲を得意としているアンノウンにしてみれば、待ち伏せする場所に事欠く心配の無いダンジョン内は本来なら絶好の狩り場のハズなのに、それが全く通用しない。

 もしカール先生が居なければ、非常に厄介だっただろうし、犠牲者の数も倍ではきかなかったと思うけれど……。


 アレックさんが単身先行し、敢えて奇襲を受けて後退して来る。

 それを追って姿を現したアンノウン。

 カール先生のことだから、ヤツらが追って来ない場合も考えているだろうけど、今回は見事に食い付いて来た。


 相手が少ない場合に限るが、こうした時にカール先生が好んで使うのが拘束の魔法だ。

 この拘束の魔法はクセが強く、相手を視認しながらでないと使えないうえ、拘束している間はずっと魔力を消費し続ける代わりに、相手にまばたき一つ許さないほど完全に身動きを封じることが可能らしい。

 身動きさえ封じてしまえば、後は単純作業だ。

 各種属性を付与された武器を持つ人達が、次々にアンノウンを攻撃していき、個体ごとの弱点属性を割り出す。

 それでも弱点が見つからなければ、付与魔法を受けていない人達が斬撃、刺突、殴打それぞれの特性を持つ武器で攻撃していく。

 弱点以外は全く効かないのがアンノウンの恐ろしいところだけど、全く身動きの取れないまま弱点を見つけられて倒されていくアンノウンの姿は、ちょっとだけ哀れにも見える。


 一事が万事この調子だ。

 アンノウンの主力部隊は既に打ち破った。

 ダンジョン最奥を目指して進むボク達を少しでも足止めしようと、残ったアンノウンが行く先々で待ち伏せしていたが、大して脅威にもならない。

 ボク達の快進撃は止まらず、アンノウンの必死の抵抗は結果としてあまり意味が無いものに終わる。


 ◆


 最後の難関は第五階層のボス部屋直前の通路だった。

 このダンジョンを良く知るアネットさんによれば単なる一本道だったハズの通路なのだが、作成手段不明のバリケードのようなモノが張り巡らされた堅固な防衛陣が出来上がっていたのだ。

 障害物は全て例の内臓じみた色合いの謎物質で構成されていて、とてもグロテスクな見た目だったけど、問題はそれだけではない。

 魔法らしきものを放つアンノウンや、弓矢のようなものを撃ってきたり、気色悪い投げ槍のようなものを投擲してくるアンノウンが多かった。

 弓矢や投げ槍はともかく、魔法らしきものを放つアンノウンは今までの戦いでは確認出来ていない。

 不意を衝かれた後衛の冒険者が何人か重傷を負ってしまったが、幸い命を落とした人は居なかった。


 この最初の混乱を乗り切った後は一方的だったとさえ言える。

 障害物をものともせずに進むアレックさん達前衛陣に勇気づけられた、アネットさんやセルジオさんを含む第二陣がここで大活躍した。

 いつの間にか、彼らの連携が非常に上手くなっていたように思う。

 魔法らしきものを使う個体をカール先生やミオさんが優先的に排除したのも大きい。

 個体ごとの強さは、これまでのアンノウンとは比べ物にならなかったように見えたんだけど、数はそれほど居なかった。

 最後の一際大きなアンノウンは、アレックさんに完全に抑え込まれている間に、いつの間にか背後に回り込んだセルジオさんによってトドメを刺されてしまう。

 最後に死んだと思っていたアンノウンが起き上がってミオさんを襲った時に、身を挺してミオさんを救ったのもセルジオさんだった。

 ソイツは結局、アネットさんのメイスに頭を砕かれて今度こそ死んだ。

 重傷を負って本日中の戦線復帰が難しい人も中には居たが、今回も犠牲者は居ない。

 完勝と言ってしまっても良いだろう。


 ◆


 本来ならこのダンジョンのボスが待ち構えているハズの部屋に『それ』は有った。

 いわゆるゲート。

 アンノウンが住む世界と、こちらの世界を繋ぐ扉だ。

 しかし、その姿はボクがイメージしていたモノとは全くの別物だった。


「……カール先生様よぅ。アレがだって言うのかい?」

「まぁ、そうだね。さすがにこんなのはボクも想定外だったし見るのも初めてだけどさ。それより問題はアイツだね。見るからに今までのヤツらとは格が違いそうだよ。皆、気を引き締めて掛かろう!」


 あちらの世界の生き物なのか、カメと羊を足したような姿の巨大な生物の背に『それ』はすっかり一体化してしまっている。

 完全なる黒一色の扉。

 今は閉まっているようだが、ひとたび開けばかなりの数のアンノウンが同時に通れそうだ。


 そして、その謎の生き物を守るように今までに無く重厚な鎧に身を包んだアンノウンが一体。

 巨大なグレイブを五本の腕にそれぞれ持ったソイツは、あろうことか強力な魔法らしきものまで先制して放ってきた。

 しかも多数。

 味方の魔法もそれを迎え撃つべく一瞬遅れて放たれ、大半はぶつかり合って互いに無効化されたけれど、全てを打ち消すことまでは出来なかった。

 毒々しい赤色の魔法光を輝かせながら、一本の魔法の槍が伸びていく。

 その直撃を受けた一人の騎士が堪らず倒れる。

 すぐに駆け寄ったアネットさんが首を横に振った。

 どうやら、その一撃で彼の命の灯火は消えてしまっていたらしい。


 前方では既にアレックさんや太眉の騎士隊長に加え、例のドワーフの戦士が必死の形相で戦っている。

 隙を衝いて攻撃しようとしているセルジオさんも、グレイブの間合いの内側に中々入れないようだ。

 残りの前衛を務めていた騎士達は、このハイレベルな戦いに入って行けずにいる。


「前衛の騎士達は下がって後衛を守ることに専念して! ヤツの魔法は今度こそボクが絶対に相殺してみせるから!」


 カール先生がその整った顔を僅かに歪めている。

 先ほどの魔法に唯一遅れず反応出来ていたのがカール先生だ。

 それでも完全には対応しきれず、犠牲者を出してしまっていた。

 カール先生をもってしても全ては防ぎ切れなかった恐ろしい魔法。

 幸いと言うべきか、それに怯まず前進したアレックさん達のおかげと言うべきか、再びの魔法は放たれていない。

 しかしそれも絶対では無い。

 こちらの世界の魔法なら戦いながら使えるものはどうしても、よほど使いなれた魔法に限られてしまうし、先ほどアイツが使ったような大魔法はそもそも使えないものだが、あちらの世界の魔法をそれと同様に考えて良いのかは不明瞭だ。

 こちらの世界の常識がとことん通用しない相手と戦っていることは、ボクなんかに言われずとも参戦している皆が分かっているだろう。

 カール先生はヤツの魔法が再び放たれる前提で備えるつもりなのだと思う。


「ランバート師。残念ながら我々の技量では、あの速度で行われている戦闘に魔法で介入するのは恐らく無理です。いかがしましょう?」


 確かに先ほどの迎撃の際も、当たっていたのは九割以上がカール先生とミオさんの魔法で、魔術師ギルドの人達の中には全く反応出来ていなかった人も多い。

 冒険者パーティ所属の魔法使いも、同じことが言える。

 ボクも辛うじて目で追うのが精一杯だった。


「うーん……そうだね。護りの魔法は使える?」

「はい。ただし、ランバート師のものとは比較にすらならないレベルの頼りない魔法ですが……」

「今はそれでも有難いよ。それを最前線で戦っている彼ら以外に、分担して掛けていって欲しい。あ、さっきまで前衛に居た二十人には不要だからね?」

「承りました」


 人は変われば変わるものだ。

 魔術師ギルドの人達は今や、すっかりカール先生の弟子のように振る舞っている。


「ミオちゃん、頼みたいことが有るんだけど良いかな?」

「ニャんですか?」

「ボクはさっきの魔法を迎え撃つことに専念する必要が有る。アレック君達の武器に属性付与を次々に試してくれ。それと、それで割り出すことが出来た弱点属性の魔法で彼らの援護を頼むよ。これはミオちゃんにしか頼めない」

「分かりました!」


 ミオさんが気合いの入った顔つきで前に出ていく。

 どうやら口ヒゲの騎士隊長が護衛につくみたいだ。

 アネットさんも彼らに続く。

 カール先生は満足気に頷いているから、アネットさんには言わなくてもカール先生の意図が通じているのだろう。

 二人の騎士隊長とドワーフの戦士こそ加わっているが、普段のアネットさん達の連携が最も活きる形で戦ってもらおうということだと思う。


「ジャン君、キミにも頼みたいことが有るんだ。ちょっと耳を貸してくれるかい?」


 カール先生が耳元で囁く。


 ……そんな大それた真似、果たしてボクに可能なんだろうか?

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