第37話
カール先生が飛ばしたガーゴイルが発見したのは、第五階層に到達してすぐの通路を真っすぐに進み、その突き当たりから左右に伸びる道の両側に待ち構えていたアンノウンの大部隊だった。
片側だけでもボク達全員の数倍だという話で、カール先生は別のルートから右側の部隊の背後に出る道を選択。
ボク達は挟み撃ちに遭うことを無事に回避することが出来た。
こうした偵察をノーリスクで出来るのが、偵察用に特化されたガーゴイルの最大の強みだろう。
さすがに逆奇襲……とまではいかない。
騎士団やアレックさん達は金属製の鎧を着ているし、そうした防具を身に付けていない人達にしても気配を隠して行動することに慣れた人はそれほど居なかった。
それでもヤツらの目論んだ挟撃は失敗し、こちらはそのことで大いに士気が上がっている。
事前の打ち合わせでは壁に徹するハズだった最前衛の二十二人も勢いに任せて突撃し、物理攻撃が弱点だったらしいアンノウンを少なくない数、撃破していく。
「あぁ、もう! アレック君達、突っ込み過ぎだよ……仕方ない。このまま倒せるだけ倒しちゃおうか」
ついでにカール先生の目論見も外れたのは、ご愛敬っていうヤツだろう。
◆
時間が経過していくごとに落ち着きを取り戻してきたアレックさん達。
太眉の騎士隊長だけは相変わらずの勢いでアンノウンをハルバードで吹っ飛ばし続けているけど、敵も徐々に落ち着きはじめていた。
今のところ傷を負わされた人は少ない。
たまに下がってくる騎士も、さほど重傷を負ってはいなかった。
前衛に居たままでは治療がままならない傷を治しに来ているだけに見える。
カール先生の掛けた護りの魔法は、よほどに強力なものだったのかもしれない。
「ここがダンジョンの中で良かったよね。数の差を相手が全く活かしきれていないもん。ジャン君、魔力切れ?」
「はい、残念ですけど……」
「じゃあ、今のうちに休んどいて。自然に回復する分も、こうなると馬鹿にならないからね。あ、それとも前に出るかい? アネットちゃんか、セルジオ君のそばなら学ぶことも多いだろうし」
「いえ、今はカール先生のそばに居ることにします。学ぶことの多さという意味では、ここに居た方が良い気がしますし……」
「そっか、そっか。さてはジャン君。ボクが思ってたより野心家だね?」
野心。
言われてみれば、そうなのかもしれない。
前衛の少し後ろに位置し、上手くタイミングを合わせてアンノウンに攻撃し続けているアネットさんやセルジオさんは、さすがだと思う。
口ヒゲの騎士隊長も、的確な指示を部下に出しながら戦い続けている。
彼らの間近で学ぶことはボクの将来に必ず役立つだろう。
でも今はなるべく、カール先生から目を離したくない。
卓越した魔法行使はボクと会話していても全く乱れないし、その時々でカール先生が選択している魔法はどれも的確だ。
見ているだけでも勉強になる。
それ以上に、こうして実戦の場で一軍の指揮を学ぶ機会は貴重だと思う。
ほんの少し前まで宮廷魔導師筆頭だったカール先生。
宮廷魔導師筆頭とはつまり、その智謀で王を支える能力を認められた魔導師に与えられる役職で、決してただの強力な魔法使いでは無い。
中でも戦場をコントロールする能力においては、他国のそれとは比べ物にならないとまで言われていた人だ。
今回の戦いを通して誰から何を学ぶべきか。
それはカール先生その人の在り方そのものに他ならない。
そう思わされてしまうだけのモノを、この人はずっとボクに惜し気もなく見せ続けてくれている。
ボクが目指しているところはどこなのか。
自分の中ではハッキリと定まっているけど、今はまだとても口に出せない。
カール先生がそれを聞いても、頭から否定するようなことは恐らく無いと思うけれど……。
◆
一方的な展開を打破すべく、敵も動いていた。
ボク達の迂回攻撃によって挟撃が失敗し、さらにはダンジョンの通路の狭さが邪魔をして、数的有利を全く活かせていない。
狭いと言っても数十人規模の部隊が互いに展開出来るほどなのだから、本当ならむしろ広いと言うべきなのだが、それはあくまでもダンジョンにしては……というだけの話だ。
アンノウン側からしてみれば、戦いに全く参加出来ていない連中をどうにか活用したい。
ならばどうするべきかは、ボクにさえ分かる。
すなわち後方で遊んでいる部隊の分派だ。
ヤツらもボク達が進んだのと同じ通路をつかって、後方から迂回攻撃を仕掛けてきた。
「残念でした~」
ヤツらの後方部隊が姿を消すと同時に、カール先生は素早く指示を飛ばして、それまで以上に前方のアンノウンの部隊への攻勢を強めた。
例の『水魔法師』だった男性以下の魔術師ギルド組や、ミオさん達冒険者の魔法使いは、それを受けてここぞとばかりに範囲魔法を連発。
後方部隊が欠けたことで数を減らしたアンノウンの大群を、一気に壊滅状態まで追い込んでいく。
中でもカール先生が同時に放った光と闇の大魔法の威力は抜群で、それぞれの属性を弱点にしていたらしいアンノウンは一瞬で全滅してしまった。
数少ない生き残りも、アネットさんやセルジオさん達の振るう得物の前に、次々と屍に変わっていく。
結果としてアンノウン側の採った苦し紛れの作戦は、完全に裏目に出たワケだ。
挟撃を改めてやり直すハズが、ただ単に各個撃破を容易にするだけの結果に終わる。
待ち構えていたアレックさん達が進撃を阻み、カール先生が大盤振る舞いした全属性の大魔法で大半が死滅し、魔法が効かなかった一部のアンノウンも、騎士や冒険者達の手にした武器に葬られていく。
ボクも、グリフォンやアネットさん達に守られながらではあるけれど、精一杯に剣を振るった。
カール先生に『残敵掃討ぐらいはジャン君も行ってきなよ』と言われてしまったのだ。
蓋を開けてみれば圧勝。
両者の明暗を分けたのは何だったのか?
それは言うまでもなくカール先生の存在の有無だろう。
本人は『策と言うほどの策は使ってないよ』なんて言って余裕の笑みを浮かべていたけれど、それはあくまで結果論だ。
アンノウン側がどんな作戦で対抗しようと、恐らく何回やっても似たような結果にしかならないだろう。
お互いの奮闘を讃え合う騎士と冒険者、それから魔術師ギルドの人達の笑顔。
この光景は、間違いなくカール先生によって生み出されたものだ。
最初このダンジョンに踏み入った時には確かに存在した、目に見えない壁のようなものは既に跡形もない。
「さて……そろそろ行こうか? 喜んでるとこ水を差すみたいでアレなんだけどさ。まだ終わりじゃないんだよね。コイツらが出てきた異界へと繋がる扉を木っ端微塵にしてやらなきゃだしさ。守ってるヤツらが手強そうなんだよ、また」
カール先生の申し訳無さそうな声に、それまで以上に力強く頷く精鋭達。
さっきまでの浮き立った雰囲気はもう無い。
見事に切り換えが終わっている。
ボクも危うく忘れるところだったけど、まだ終わりじゃないんだった。
禍根はしっかりと断たないといけない。
再び前に進み出した彼らの顔に浮かぶ表情は、どんな敵が出て来ても打ち克つことを、ボクに期待させるには充分過ぎるものだった。
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