第36話
「……なんだこりゃあ?」
セルジオさんが発した疑問は、この場に居る全員の心中を代弁したものだった。
心なしか、ひどく乾いた声に聞こえる。
「様変わりなんてもんじゃないね~。ボクがここ来たのって、それこそ何十年も前だから一応確認したいんだけど、アネットちゃん達が知ってる様子とも違うんだよね?」
「セルジオの反応を見てもらえば分かると思うけど、私達が知っているマハマダンジョンの第五階層は、これまでの階層と代わり映えしない見た目。少なくとも、こんな悪趣味なところじゃ無かったよ」
「やっぱりかぁ。まぁ、見るからにヤツらの影響だろうね」
騎士団をはじめとする主力部隊を第四階層に残して先行したボク達は、一足先に第五階層へと足を踏み入れていた。
さっきまで人工的な建物の内部を思わせる造りだったダンジョンの壁や床が、アンノウンの身に付けている防具やヤツらの持つ武器と同様に、生物の内臓の様な材質に変わってしまっている。
もしかしなくても、アンノウンが何かした結果こうなったとしか思えない。
「気っ色わりぃな、しかし。何だか自分たちがいつの間にか化け物に喰われちまって、腹ん中に居るみてぇに感じちまう」
「……アタシも想像しちゃったじゃない。やめてよ、セルジオ」
「ランバート師、これは一体?」
「いやぁ、さすがにボクにも分からないなぁ。ジャン君、これどういうことだと思う?」
「ヤツらが何らかの手段で造り変えたのでしょうけど、目的が何なのかまでは。ただ……」
「ただ? 何だい? 間違ってたって構わないから言うだけ言ってみてよ。まぁ、本当のことなんて、直接ヤツらに聞きでもしなきゃ分かんないんだけどさ」
「あくまで推測ですが……ヤツらが暮らしやすい様に造り変えたんじゃないかと」
「暮らす? あ、そうか! それ有り得るよ、ジャン君! ヤツらがこのダンジョンを足掛かりに、こっちの世界に進出しようとしている可能性は決して無いとは言い切れない」
「こっちの世界に進出って……カールさん、そんなことって前にも有ったの?」
「大半は小規模なものだけどね。あれ? これ話さなかったっけ? 町が丸ごとヤツらに喰い尽くされたって話。その時にヤツらが現れたのは町の地下。古い時代の地下墳墓でね。悪いことに、その墳墓への道は町中の至るところと繋がっていたんだ」
「……うぇ。そりゃ、タチが悪いや」
「ホントにね。神出鬼没のモンスター。最初はそう思われていたみたいだけど、日を追うごとに同じ日に被害に遭う人の数は増えていく。つまり最初は小規模な来訪だったものが、徐々に大規模なものになっていったってことだと思う」
「最初は探り程度。初期対応の遅れが原因で、ヤツらに目を付けられたってことでしょうか?」
「うん。ボクもジャン君と同じ感想だね。最初はほんの数体程度だったんじゃないかな? ここならチョロいとヤツらに思われたことが運の尽き。結局、町が全滅に近い被害を受けてようやく動いた国軍によって討伐されるまで、ヤツらは近隣の村々までも、その牙にかけ続けた。つまり、ヤツらはただ単にエサ場を求めてこっちの世界に来ているワケでもないと思う。侵攻の機会を窺っているように感じるんだ」
「……だとしたら、ヤツらはこのダンジョンを橋頭堡として、こちらの世界を侵略する準備をしている最中ってこと?」
「うん、多分だけどね。そう考えるといくらでもモンスターが湧くこのダンジョンって、ヤツらにとっては最高の後方拠点になると思わない? さて、とりあえず話はここまでにしよう。敵の姿はまだ見えないし、騎士団の連中も四階層でボクらからの報せを待ってることだしね」
◆
「……なるほど。それでは、待てば待つほど状況が悪化しかねませんね」
「すぐさま進軍しましょうぞ! 先陣は我輩が請け負いますゆえ!」
カール先生の推論を聞いた二人の騎士隊長も、どうやら事態を重く受け止めてくれたようだ。
太眉の騎士隊長に至っては、今にも駆け出しそうに見える。
「うん、そうなんだけどね。さっき話してた通り、ヤツらに負わされた傷は中々治らない。焦りは禁物だよ? まずは両隊から特に体格や武勇に自信の有る人を十人ずつ選抜してくれるかな? それから……アレック君」
「はい。お呼びでしょうか?」
「キミも今回は前衛に加わってくれ。それと、そこのドワーフの彼もだ」
「ワシですかい? ワシは横幅はともかく縦には短いんですが、よろしいんで?」
さっき発言した神官の女性のパーティに所属しているドワーフの戦士が、カール先生の指名を受けて驚いている。
あの人はさっきの戦闘でも地味に活躍してたし、アレックさんは今さら言うまでも無く確かな実力を持っているから、カール先生が騎士団の精鋭と並んで前衛に指名しても何らおかしくないと思う。
「キミ達二十二人が前衛だ。とにかく壁になってヤツらを通さないように心掛けてくれ。他の騎士や、冒険者のうち普段前衛やアタッカーを担当している諸君は、守りより攻めに回ってもらう」
言うが早いかカール先生は選ばれた騎士達とアレックさん、それからドワーフの戦士に魔法を掛けていく。
太眉の騎士隊長も、この組だ。
口ヒゲの騎士隊長は加わっていないから、同じ隊長でも得意分野がハッキリ違うらしかった。
恐らくは、高度な護りの魔法を掛けたのだろう。
傷を負わされるのがマズいなら、そもそも貫かれないよう防御力を強化してしまえ……たぶんカール先生はそう考えたのだと思う。
さらに他の騎士達やセルジオさん、冒険者のうち武器での戦闘がメインの人達の得物にも魔法を掛けている。
魔法光の色から判断するに、火・水・風・土の四大属性に加えて、光と闇の属性を概ね均等に付与したようだ。
敢えて魔法を掛けていない人達もいるから、そうした人には物理的な攻撃しか効かないタイプのアンノウンを担当してもらうのだろう。
アネットさんのメイスにも、特に魔法は掛けられていない。
しかし……これだけの人数に付与魔法を掛けていくだけの魔力はカール先生とはいえ、かなりの負担だろう。
魔力回復ポーションを欲しがった理由も、今なら分かる。
「魔法がメインの諸君は先ほどの戦いで得た教訓を活かして上手くやってくれ。神官は後方に待機。今回は光属性の攻撃魔法は絶対に無しだからね。回復に専念してもらうよ。さぁ皆、進もう。敵の現在位置はボクが教える」
再び小型の偵察用ガーゴイルが何体も、カール先生の手から放たれた。
それが合図だったかのように、全員が前進を始める。
先に倍するアンノウンの大群との戦端が開かれたのは、そのすぐ後のことだった。
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