第35話

 駆け足で第四階層を突破したボク達は、そのままボス部屋内の様子を確認したうえで、後続の合流を待っていた。


「ちょっと……だらしないよね。さすがにボク達だけで先行するワケにもいかないけど、ここでの時間の浪費は良くない」


 珍しくカール先生が苛立っている。

 後続の進軍速度の遅さが理由だ。

 騎士や冒険者はともかく、戦闘やダンジョン探索に不慣れな魔術師や神官が、体力的な問題からか徐々に遅れ始めたのかもしれない。

 確かにボク達は、この第四階層をかなりのハイペースで突破したけれど……。


「ちょっとオレが戻って見て来ようか? 後ろのヤツらが、オレ達の見落としていた敵に襲われていないとも限らないしよ」


 そのカール先生よりも苛立っているように見えたのがセルジオさんだけれど、言っていることはあながちおかしくもない。

 カール先生が前方偵察用に動かしたガーゴイルは一体きりなのだし、ボク達が進んで来た道は第五階層への最短ルートだった。

 潜んでいた敵が絶対に居なかったとまでは言い切れないとは思う。


「仮にそうだとしたら、セルジオも死地に飛び込んで行くことになるでしょ? もし戻るんならアタシ達全員で戻るべきよ」

「そうだな。僕もそう思う。ランバート師、どうなさいますか?」

「伝心の魔法を使える魔術師が後続に居たら話は早かったんだけど……残念ながら居ないんだよね。あと少し待っても連中が来なかったら、ボクがガーゴイルを飛ばすことにしよう」


 待つこと暫し……ようやく後続部隊が姿を現した。


「お待たせして申し訳ありません」


 開口一番、口ヒゲの騎士隊長が頭を下げる。

 太眉の騎士隊長もそれに倣う。

 彼らが遅れた理由はボクにもすぐ分かった。

 ……減っている。


「なるほどね。事情は分かった。キミ達の立場からすれば引き止めざるを得なかったんだろうし、それを責めるつもりは無いよ」


 カール先生は呆れ顔だが、言葉通りその呆れは彼らに向けられたものでは無さそうだ。

 まさか唯一神の神官達が帰るだなんて、ボクにも予想は出来なかった。

 二人の騎士隊長はともかく、彼らの部下や魔術師ギルドの人達、それから冒険者パーティの面々は、どこか怒りさえ感じさせる表情を浮かべている人も多いから、よっぽど身勝手な理由で離脱したのだろう。


「……申し訳ありません」

「理由は聞かなくても分かるから、別に言わなくて良いよ。ミニラウ……亜人のボクが仕切ってるような感じになっちゃったのが、彼らには耐えられなかったんだろうしね」


 唯一神の教団では、人族が他の種族より一段高い存在として扱われているらしいのは、前から聞いていた。

 それにしても、明らかにこの場の誰よりも実力の有るカール先生さえ軽んじるほどだとは……。


「さて……癒し手が減ったのはかなり痛いけど、今さら引き返すワケにもいかないよね。ポーション類は、どれぐらい残ってるの?」

「各人が携行しているものが少しと……おい、共有品の残量は?」


 口ヒゲの騎士隊長に尋ねられた副官らしい騎士が、一歩だけ前に進んで口を開く。


「八等級が十六本。六等級が三本です」


 太眉の騎士隊長の背後からも同じように、一人の騎士が進み出て発言する。


「当方は八等級が二十一本! 六等級が四本であります!」


 どうやらポーションにも等級が有るらしい。

 冒険者の等級と同じように考えて良いなら、最高級品が一等級なのだろう。

 残り本数が多いか少ないかは、ちょっと分からない。


「うーん……何とも微妙なところだね。キミ達にしても神官の同行を前提にしてたんだろうけどさ」

「仰る通りです」

「まさか、このような事態に陥るとは思いもよらず……」


 三者三様に渋い表情だ。

 先ほどの戦闘以上に激しい戦いになるとすれば、恐らく不足しそうな残量なのだろう。


「……あの。発言しても?」


 冒険者パーティに所属している神官の女性が遠慮がちに手を挙げる。


「もちろん構わないよ。何か妙案でも?」

「いえ……妙案というほどでも無いのですが、少し気付いたことが有りまして」

「何かな?」

「実は……正体不明の敵からの攻撃で受けた傷に関してなんですが、治癒魔法の効きが普通の傷よりも悪いような気がするんです。ポーションの方はどうでしょう?」

「……どうなんだ?」

「は。実はポーションについても通常より効き目が悪いように見えます。神官の魔法についても小官の見立てでは、彼女の言う通りに思えました」


 ……どういうことだろう?

 アンノウンから受けた傷は、通常の傷より治りが良くない?

 そんな奇妙なことが有るのだろうか?


「なるほどね。原理はボクにも全く分からない。分からないけれど……ここは発想自体を変えた方が良いのかもしれないね~」

「……と、言われますと?」

「なるべく傷を負わないように戦うってことさ。まぁ、言うのは簡単だけど実際やるのは大変だよね」

「それは無論です。師には何か策がお有りで?」

「うん、まぁ……ね。ただ、ちょっと問題が有ってさ。キミ達、魔力回復ポーション持ってたりしない?」

「いや、それはさすがに持っておりません」

「我輩の部隊も同様ですな」


 魔力回復ポーション。

 需要に反して供給が全くと言って良いほど足りていない物の代名詞だ。

 もし出回ったとしても即座に買い手がつくため、常に不足していると言って良い。

 騎士団とは言っても、男爵領の騎士団ぐらいでは備蓄が無くて当然だ。

 もしやと思ってアネットさんの方を見たボクだったが、黙ったまま首を横に振られてしまった。

 アネットさん達ほどの冒険者でも持っていないとすれば、この場の誰も持っていないだろう。

 可能性が有るとすれば、尋ねた当人。

 つまりはカール先生なのだが、持っていたらそもそも聞かないだろうし……。


 前線を支えるべき騎士団が充分な支援を受けらない。

 それはつまり、戦線が崩壊するまでの時間が極めて短くなってしまうことを示している。

 退くしかないのか……そう思われたその時

 だった。

 これまで沈黙を保っていた魔術師ギルドの代表が口を開いたのは。


「七等級が一本。我々が持って来ているのは、それだけです。提供させて頂いても良いのですが、それでこの危機的状況が変わるのですか?」

「もちろん! 三割も魔力が戻るなら絶対に成功するとも!」

「ならば是非も無い。喜んで提供させて頂きます」

「ありがとう。でも、どうして?」

「今まで水魔法師だなんだとおだてられて、調子に乗っていた自分を殴り付けてやりたい。そう思ってしまったからでしょうか。私の実力はランバート師はもちろん、そちらの猫人族の女性にも間違い無く劣ります。あるいはそこの少年にさえ……」

「さすがにキミがジャン君にまで劣るとは思えないけど……そうだね。何年かしたらジャン君はキミを超えるだろう」

「やはりそうですか……。不躾ながらお願いが御座います。私どもを弟子にして下さいとまでは申しません。申しませんが、たまに教えを授けて頂くワケにはいきませんでしょうか?」

「それが、魔力回復ポーションをボクに譲る条件?」

「いえ、決してそのようなつもりはありません。もし叶うことなら、ランバート師に教えを乞いたい。ただそれだけの話なのです」


 先ほど、どこか軽薄な印象を受けた同じ人とはとても思えなかった。

 見れば彼の後ろの七人も懇願するような表情を浮かべて、カール先生と『水魔法師』の男性とのやり取りを見守っている。


「良いよ? 今のボクはわりとヒマなんだ。今この場で魔力回復ポーションさえ譲ってくれると言うなら、キミ達を叩き直すことぐらいお安い御用さ」


 感激した面持ちの『水魔法師』男性は、その場ですぐにカール先生の手に一本の水薬を渡した。

 そして……それが、その後のボク達の運命を大きく変えることになる。

 何故だか、そう予感させられた。

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