第32話

「うーん……これは総出でお出迎えっていう感じなのかなぁ?」


 カール先生が腕組みしながら呟く。

 成人前のボクを含めても、ここに居る人の中で最も背の低いカール先生だが、そんなポーズが何だか妙に似合う。


「ランバート師。お待たせ致しました。敵が居るというのはこの先ですか?」


 到着した騎士団を代表して、口ヒゲの騎士隊長がカール先生に尋ねる。

 眉毛の騎士隊長の部隊も、戦意を失っていない冒険者の人達も一緒に来ていた。

 負傷した騎士や、犠牲者を出した冒険者のパーティは撤退しているとは言え、こうして討伐に参加した一同が揃うと、まだかなりの人数が居る。


「うん、この先を右に曲がったとこにウジャウジャ居るよ。ざっとさっきの倍は居るかな。

 先制攻撃したいところだけど……厄介なのは、お互いの位置関係だね。敵を目視しないと使えないタイプの魔法は使えないと思った方が良いよ」

「我輩の部隊はクロスボウなども持ってきておりますが……アレは曲射は出来ませんからな」

「放った矢を直角に曲げられないのは普通の弓でも同じでしょ? 魔術師ギルドから来ている人の代表者は誰?」

「私です」

「範囲魔法を使える人はどのぐらい居るかな?」

「敵を目視出来ない状況下となりますと……八名中三名ですね。それぞれ風魔法師、土魔法師、水魔法師の称号を得ている精鋭です」

「……風魔法師に土魔法師、ねぇ。まぁ良いや。とりあえずお願いするよ。上手く誘き寄せられたら、他の人も得意な魔法で頑張って」

「承りました」


 うわ……カール先生、納得してないのが態度に出ちゃってるなぁ。

 この国の魔術師ギルドは、何だか間違った方向に進みつつあるみたいだ。

 長所だけを伸ばしていくのは悪いことでも無いように思えるけど、実際とっさの対応力という意味ではかなり劣ると思う。

 ミオさんは得意属性も不得意属性も選り好みしないで使っているけど、おかげでどんな敵が出てきても対応しきれないことは無さそうだ。

 カール先生は……凄すぎて比較対象にすらならない。


「武装という意味では騎士団が最も優れているのは間違い無いんだから、前衛はお願いするよ。冒険者の前衛はそれぞれのパーティの後衛を守ることを優先して。あんまり前に出過ぎないようにね?」

「委細承知!」

「……畏まりました」


 ドンと胸を叩いて短く引き受けた眉毛の騎士隊長と、無表情のまま渋々了承した口ヒゲの騎士隊長。

 各パーティの代表者さん達は、納得したような表情を浮かべている。


「さて……神官の皆さんの代表は?」

「何ですかな?」


 カール先生の声に応えて前に進み出たのは、恰幅の良い中年男性。

 先日、ボク達のところに来た人よりはマシだが、やっぱり清貧を謳い文句にしているハズの教団の神官にしては太っているし、身に付けている物もお金が掛かっているように見える。


「光の攻撃魔法を使える人数は何人います?」

「神より授かりし奇跡を攻撃魔法だなどと……ま、それは今は良いでしょう。光撃の奇跡の使い手は五名中二名ですな。我々の本分は癒し手。あまり敵を討つことは期待せんで貰いたい」

「……光属性しか効かない相手も居ますので、ある程度お願いすることになります。癒しの魔法はそれ以外の方で」

「うむ、それは先ほどの戦闘で理解しておりますとも。ご用はそれだけか?」

「はい」


 さすがのカール先生も、やりにくそうだ。

 敵に回すと厄介この上なく、味方にしても面倒なタイプの人だと思う。

 全員が全員そうではないみたいだけど、唯一神の教団の神官には、この手のタイプが多い傾向が有るらしいことは有名だ。


「アネットちゃん、ちょっと良い?」

「私? カールさん、どうしたの?」

「……見ての通りだ。彼らの自尊心を傷付けると面倒だから、最初はヤツらに任す。冒険者パーティに居る万神教の神官にも、それとなく伝えといてくれるかい?」

「……了解。カールさんも大変だね」


 小声で打ち合わせる二人。

 カール先生の弟子だからということで、先生のすぐ側に控えているように指示されたワケなんだけど……そうじゃなかったら聞き取れなかったと思う。


「じゃあ、もう少し前進しながらそれぞれ配置について! ボクが合図したら魔法で先制攻撃。敵が前進して来たら騎士団を中心に抑えてもらう。メインの討伐手段は、後方からの魔法攻撃で」


 思い思いに了承し、前進して行く。

 騎士団が前衛。

 その後方に魔術師、神官。

 ボク達や冒険者の人達は、パーティ単位でその周囲に陣取る。


 陣形は整った。


「じゃあ……ボクからいくよ! まずは火だ!」


 遠目にも曲がり角の向こうが、にわかに明るくなった。

 熱気すら伝わって来る気がする。

 アンノウンは……前進して来ない。


「ん? 来ないかな? じゃ、水魔法よろしく!」


 先ほどカール先生に呼ばれて進み出た代表者の魔術師が、手にした杖を大袈裟に振るった。

 どうやら彼が『水魔法師』とかいう称号持ちらしい。


「風と土も撃っちゃって良いよ! 出て来ないなら、むしろチャンスだ」


 続いて『風魔法師』と『土魔法師』らしい男女が進み出て同じように杖を激しく振るう。

 どっちがどっちなのかは分からないけど、ああいう派手な動き流行ってるのかなぁ?

 ボクの周りに居る魔法の使い手は、誰もああいう動きをしない。

 サンダース先生にしても、カール先生にしても、ミオさんにしても……。

 ボクももしかしたら、将来ああいうのを習っていたのかもしれない。

 そう考えると、ボクはたまたまカール先生に弟子入り出来て良かったのかもしれないなぁ。

 あれが本来なら必要無い動きだってことぐらいは、今のボクにも分かる。


 たぶん土魔法の方だと思うけど、曲がり角の向こうから何か硬いモノ同士が、激しくぶつかっているような音が聞こえて来た。

 それと同時に、ついにアンノウンが姿を現し始める。

 もう待ち伏せは通用しない。

 待っていると次々に魔法が飛んで来る。

 そう思い知らされたのだろう。

 あの時にボク達が目にした、何だかよく分からない騎獣に跨がった騎士のような連中も居る。

 第一階層には居なかったから、もしかしたらアレはアレでアンノウンの中では上位の存在なのかもしれない。


「火が弱点のヤツはもう居ないと思う。ミオちゃん、それ以外の魔法で攻撃して。ジャン君も今回は、水弾の魔法を一体ずつ慎重に試しなよ? アレック君とセルジオ君は、何が有ってもミオちゃんを守って。アネットちゃんはしばらく待機」


 先ほど第一階層で目にしたよりも、よほど激しい戦闘がついに始まった。

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