第31話

「仕方ないなぁ。じゃあ、ちょっとだけヒントをあげよう」

「おぉ、それは有難い。一刻も早く進軍せねばなりませんからな」

「……何か妙案がお有りで?」


 進撃を主張しているのは、まだ戦闘らしい戦闘をしていない部隊を率いている眉毛の太い角張った顔の騎士隊長。

 先ほど救援要請を寄越した騎士隊長は、撤退を主張している。

 口ヒゲが立派で、ダンディな人だ。

 どちらの騎士隊長もカール先生の意見には興味を持っているように見える。


「キミ達さぁ。何で、いまだに冒険者達を前に出そうとしているんだい? こんなにボロボロの状態なのに」

「それはですな…………彼ら有志の冒険者の中には斥候を得意とする者が多いからですぞ」

「そうですね。向き不向きという観点からの判断です」


 向き不向き、か。

 たしかに冒険者パーティには斥候や盗賊の技術を持った人が含まれていることが多い。

 でも、アンノウンの気配の薄さは異常なレベルだ。

 セルジオさんクラスでも気付けなかった奇襲を、彼らに感知しろというのは難しい注文だと思う。

 アンノウンの特性のせいで冒険者パーティを先頭に進むという当初の作戦は、残念ながらあまり有効な作戦とも言えなくなっている。


「ふーん、それならそれで良いんだけどさ。案外、ヨーク男爵の指示だったりするんじゃない?」

「ど、どういう意味ですかな?」

「…………」


 あの眉毛の騎士隊長は分かりやすいなぁ。

 口ヒゲの騎士隊長は、スッと表情が抜け落ちた。

 二人とも、カール先生相手に隠し事を出来るようには思えない。


「意味? 言わないと分からない? ヨーク男爵はアンノウン討伐の実績は欲しい。けれどあまり自前の騎士団に損害も出したくない。魔術師ギルドも、唯一神の教団も、そういう意味では一緒みたいだね」

「な、断じてそのような」

「……たしかにそうした指示は出ております。ただ決して冒険者なら使い捨てにして良いなどと思っているわけではありませんよ。しかし我が部隊にも既に、治癒しきらないだけの傷を負った者は居ります。撤退しないのであれば、そうした部下を矢面に出すよりは冒険者に頑張ってもらいたいと考えるのは、人情というものでしょう」

「分からなくもないよ。気に入る、気に入らないで言えば、気に入んないけどさ。まぁ良いや。じゃあ冒険者達が前に行きたがらない気持ちも分かるでしょ? だからね、ここは陣形を思い切って変えようよ」

「一体どのようにですかな? 我輩の部隊も単独で被害を受けるのは遠慮させて頂きたい」

「我々もそうですね」

「だろうね。だからさ…………」

「な、それはそれで問題が有りますぞ?」

「いや、しかしそれなら確かに」


 カール先生が声を急に小さくしたせいで、ボクの居る所からではよく聞こえない。

 イタズラを思い付いたような顔をしているから、きっと良い作戦ではあるのだろうけれど。


 ◆


「……で、何でこうなるんですかい?」


 セルジオさんがぼやく。

 気持ちは分かる。

 ボクも半ばこうなるんじゃないかとは思っていたけど、実際こうなると少しだけ不安だ。


「だって誰も前に行きたがらないなら、ボク達が前に出るしかないじゃない」

「そりゃあそうですけどね。オレだってヤツらの気配は、ろくに分かりませんぜ? まさか坊主の勘頼りなんじゃ?」

「まさか。ジャン君の勘は確かに興味深いけど、それに全てを委ねるのはギャンブル過ぎるでしょ」

「んじゃあ、一体どうなさるんで?」

「結局、魔術師ギルドの連中だんまりだったけどね。彼らが使い魔を犠牲にする覚悟さえしてくれたら、ボクらが前に出る必要は無かったんだよ。ボクだって、せっかく契約したグリフォンが死んだら大損さ。そういうワケで彼らを責めるつもりは無いけどね。だから……」

「だから?」

「要は使い魔の代わりに先行させるモノさえ創り出せたら、それに越したことは無いのさ。まぁ、ギルドの連中はどうやら使えないみたいだから、ここはボクがやるしかない」


 そう言いながらカール先生が懐から取り出したのは、いくつかの黒光りする石。

 カール先生がそれを放り上げると、黒石はたちまち小さな人形になって飛んでいく。

 その背には、コウモリのような翼が生えていた。


「カールさん、あれは?」

「ガーゴイルの一種さ。アネットちゃん達も戦ったことぐらい有るんじゃない? まぁ、アレは偵察に特化させてあるからダンジョンに出てくるようなガーゴイルとは、またちょっと違うけどね」

「……あんな小型のガーゴイルも居るんだ」

「まぁね。創成魔法ってヤツなんだけど、今はあんまり使い手も居ないらしいね。今の魔術師ギルドの四大魔術傾倒はどうかと思うよ。たしかに習う系統を増やせば増やすほど、それぞれの分野で一流になるのは難しくなるけどさ。皆が皆、同じタイプの魔法しか使えないんじゃ戦い方に幅が出なくなると思わない?」

「アタシ……耳が痛いわ」


 耳と言いながら頭痛を堪えるような仕草をしているミオさん。

 ミオさんの来歴は詳しく聞いていないけど、どうやらカール先生の言うことは魔術師ギルドに縁の有る人にとって、痛いところを突く言葉ではあるみたいだ。


 アンノウンの気配がいくら薄かろうが、ガーゴイルの視点を介して発見してしまえば、あまり関係無くなるだろう。

 問題はこのダンジョンにどれだけの数のアンノウンが潜んでいるのかと、どこから発生しているのかだ。

 それにしても……


「カール先生様。それ、初めから使うわけにはいかなかったんですかい?」

「さすがにずっとは使えないね。さっきの闇魔法も大概だったけど、不得意な系統の魔法は魔力消費も大きいんだ。そして……得意、不得意は先天的なもので、ボクはあんまり創成魔法が得意じゃない。この規模のダンジョンなら、あと三階層分ぐらいしかボクが偵察を担当することは出来ないよ」

「なるほど……たしかにアタシも土属性の魔法は凄く苦手。反対に風属性の魔法はとても得意なんです。魔力消費も、言われてみれば不得意属性ほど多いような気がしますね」

「あれ? 最近そういうの教えてくれないの?」

「少なくとも、この国の魔法学院では習いませんでしたね」

「うわぁ、それはヒドいなぁ。今の学長に変わってから、どんどん駄目になってる気がするよ。あ……居た。ウジャウジャ居る。この先の三叉路を直進した後、突き当たりを右に曲がったとこ。デカブツも多いね」

「カール先生、どうしますか?」

「ジャン君、忘れちゃったの? もうから大丈夫だよ。後続の騎士団を待って仕掛けることにしよう。ボクらはここで待機ね」


 あ、伝心の魔法か。


「発生源が見つかったら良かったんだけどね。どうやらこの階層には無いらしいし、思ってたより敵の数も多い。魔力足りるかなぁ、これ」

「ちょっとカールさん、不安になるからやめてよ」

「あはは……ゴメン、ゴメン」

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