第30話
『至急、至急。救援を請う。先導は担う。後に続かれたし』
先行している魔術師の寄越した使い魔のフクロウが、予想した通りに救援を要請。
すぐに駆け出そうとしたアネットさん達を制して、カール先生が即座に瞬間移動の魔法を発動させた。
あっという間に、激戦の舞台となっている第一階層のボス部屋前に到着。
……酷い有り様だ。
吐き気がこみ上げて来たけれど、どうにか堪える。
アネットさんがダンジョン突入前に掛けてくれた魔法の効果で耐えられただけなのだけれど、今はそれが有り難かった。
ボクだけが嘔吐していたら、ヤツらの矛先がボクに集中しかねない。
ボス部屋の扉のすぐ脇に、あちこち食い散らかされた冒険者らしき人の死体が積み重ねられている。
言うまでも無く、偵察を買って出てくれた他の冒険者の人達の成れの果てだった。
騎士団に今のところ犠牲者は出ていないようだが、腕を失って同行していた神官から治癒魔法を掛けられている人はいるし、頭から血を流しながら踞っている人も居る。
冒険者の生き残りも、それぞれのパーティの神官の世話になっていたり、壁にもたれかかりながらポーションを飲んでいたりしていて、パッと見た限りでは無傷の人の方が少ない。
ヤツらの死体も多いが、他の個体より明らかに大きなのが三体も居て、どうやらそれに苦戦しているらしかった。
「ランバート師! もういらして頂けたのですか?」
「うん、まぁね。そんなことより今の状況は?」
今回、派遣された部隊を指揮している騎士隊長格の男性はボクらがすぐに現れたことにひどく驚いていたが、カール先生はそれを遮って状況の説明を求める。
たしかに苦戦しているのは間違いないけれど、ボクらが呼び出されるほどの状況にも見えない。
騎士達は負傷者を出しながらも、立派に戦えているように思える。
「それが……さっきから、あらゆる手段を試しているのですが、一向に倒れる気配の無い個体が含まれていまして、師のお知恵を借りたくお呼びした次第です」
「どれ?」
「今、我が前衛部隊と激しく戦っている巨大なアンノウン。三体全てがです。他のアンノウンを先に倒そうとしても、問題の個体に邪魔されてばかりで埒が明かないのです」
「なるほどね……もしかしたら上位個体なのかもしれないね。試したのは四大属性の全てと光ぐらい? あ、あとは武器もか」
「ランバート師の仰る通りです。斬擊、刺突、打撃。全て無効でしたし、一通りの魔法も試しましたが有効打にならないようなのです」
「じゃあ単純に弱点は闇属性かな? キミらの中には精霊魔法の使い手は居ないの?」
「一人だけ居たのですが……」
「なるほど。あの中に居るんだね」
カール先生が言う『あの中』とは、死体の山のことだろう。
今となってはどの死体がそうかまでは分からないけど、ボクらが見送った冒険者の中に一人だけハーフエルフの男性が含まれていた。
あの人の得物は弓だったみたいだけど、ハーフエルフなら精霊魔法も使えたハズだ。
それにしても……通称『アンノウン』とはよくいったものだと思う。
ヤツらを表すのに、これほど適した呼び名もなかなか無いだろう。
「うーん……闇魔法はあんまり得意じゃないんだけど仕方ないね。今回はボクがやろう」
闇属性の魔法は性質的に、その使い手が極端に少ない。
精霊魔法でなら手軽に使える闇属性の魔法も多いらしいんだけど……。
「カールさん、私にもやらせて。一応は私もハーフエルフだし、少しは精霊魔法も使えるんだよ?」
「そっか、じゃあ一緒にやろうよ。アネットちゃんは向かって右のデカブツね。ボクは………あ、まずはジャン君の護衛を喚ばなきゃなんだった。アネットちゃん、左のにも続けて攻撃ヨロシク~」
「了解!」
次の瞬間、カール先生が喚び出してくれた護衛は……鋭い爪と
普通のワシと違うのは、胴体と後ろ足が肉食の猛獣のそれだったことだろう。
サイズはかなり小さいけれど、この特徴は……グリフォンのものだ。
「な、マジかよ! グリフォンの幼体だと?」
「幼体じゃないよ。小さくなってもらってるだけさ。見た目より、ずっと強いんだ」
「……それじゃ使い魔ってこと? アタシ、グリフォンを使い魔にしてるヒト、初めて見たわ」
「そんなことより……どうやら正解だったようだね。闇属性は効いているよ。残念ながらアネットちゃんの精霊魔法じゃ、少し威力不足みたいだけれど」
「カールさん、喋ってないで早く手伝って!」
アネットさんが喚び出した闇の精霊は、確実にダメージを与えているけど、カール先生の言うように決定打にもなっていないようだ。
それでも僅かに敵の動きが鈍ったおかげで、前線を支えている騎士団の負担は間違いなく減っているように見える。
アネットさんの本職は神官戦士なのだから、精霊魔法の威力まで期待するのは少し酷だと思う。
「闇属性の魔法なんて使うの久しぶり過ぎてさ。ちょっとだけ待っててね……っと、良かった。いけた」
言うが早いか、たちまち真っ黒い手が地面に写る敵の影の中から伸びて来て、哀れなアンノウンをそのまま影の中へと引き摺りこんだ。
そしてあまり時を置かず、バリボリと何やら固いモノを噛み砕くような音がしてくる。
音はすぐに止んだが、影の中に消えたアンノウンが再び姿を現すことは二度と無かった。
それが立て続けに三回。
主力の上位個体が居なくなったアンノウンの群れは、ミオさんの多彩な魔法に倒れ、アネットさんの神聖魔法に討たれ、騎士達の振るう様々な武器に貫かれて、徐々にその数を減らしていく。
「おい坊主、ボサっとしてんな! 攻撃だよ、攻撃。そのご大層なグリフォンは何のために居ると思ってやがる?」
セルジオさんの声に我に返ったボクは、習った唯一の攻撃魔……水弾の魔法をアンノウン達に撃ち込んでいく。
そのほとんどは無効化されてしまったが、不自然なほどダメージを与えられた個体もたしかに居て、ボクも何とか自分の役割を果たせた。
「ジャン君、ストップ! アレもう死んでるから。モンスターと違って消えないから仕方ないけど、まだあんまり無駄な魔力を使わない方が良いよ?」
カール先生に制止されて、ようやく敵が死んでいることに気付く。
最後の一体は、土の魔力を宿した剣でアレックさんが正面から一刀両断に斬り捨てていた。
◆
激戦が終わったとはいえ、すぐにまた問題が見付かってしまう。
騎士団よりも前に出て偵察にあたっていた冒険者パーティの約半数が、既に欠員を出してしまっているのだ。
初見の際、アレックさんがやられかけたのと同じ原理だと思う。
アンノウンはどうやら種族的な特性として気配が薄いらしい。
しかも狩りの手法は、待ち伏せ主体だ。
かなり気配察知に優れた人でも、発見するのは難しい。
先行して偵察するハズだった冒険者の人達が既に戦意を失っていた。
犠牲者の出たパーティはもちろん、そうでないパーティも同業者の惨状を目の当たりにして、腰が引けてしまったのだ。
一度撤退するべきか、それとも進むべきか……先ほどの戦闘に間に合わなかった部隊の指揮官は強気に先へ進むことを主張している一方、戦闘に参加していた部隊を率いていた騎士隊長らは撤退を視野に入れた発言をしている。
……たった一戦でこれか。
ダンジョンに入る時には分厚い陣容に見えた討伐隊が、何だか今は少し頼りなく見える。
同格らしい騎士隊長が二人。
それぞれの部下を率いて参戦している格好なのも良くないみたいだ。
どちらの意見も間違っていないため、意志決定がスムーズにいかない。
そんな中……じっと成り行きを見ていたカール先生が、ついに口を開く。
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