第29話

「まぁ、あんまり想像して気分の良い話じゃないよね? ゴメン、ゴメン」


 舌を出して謝るカール先生の姿は、一見すると無邪気な子供のように見えなくもない。

 話している内容は、とても子供の話すような話では無いけれど……。


「ランバート師。その口ぶりだと以前にも連中と戦ったことが有るんですよね? 一体どちらで?」

「……うん、まぁね。ボクが相手したのはほんの数体だけだけど。アレは『恵まれた島』の噂に魅せられて西に向かった若かりし日のボクが、ちょうど獣王国を旅している時のことだったかな。稀少な植物を栽培している魔導師が居ると聞いて立ち寄った集落にヤツらは居たんだ」

「アンダ獣王国……それに『恵まれた島』って、西の果てじゃないですか。そんなところでも」

「うん、たまたま居たみたいなんだよね。お目当ての魔導師は既に亡くなっていたらしく姿は無かった。まぁ……食べられちゃったんだろうね。ボクがヤツらを退治してから、辺りを調べていると魔導師の身内らしき女の子が見つかった。ボクも旅の身の上だ。仕方なく村長に引き取ってもらったんだけど、可哀想なことにかなり長い間、口がきけなかったらしい。それでもね……彼女、後に師匠の遺志を立派に継いで、その時ボクの探していた植物の栽培を成功させたんだ」

「……もしかして?」

「たぶんアレック君の想像したモノで合ってるよ。アンダ獣王国特産のカカオ。それが、その植物の名前さ。チョコレートなんかの材料だね。アレック君、もしかしてキミも甘党かい?」

「いえ、僕はあんまり……。甘党なのは妻の方です。さすがにチョコレートともなると高くてそうそう手に入りませんけど」

「あぁ……まぁ、そうかもしれないね~。ボクはその時のツテも有るから安く手に入れることも出来るんだ。今度、少し分けてあげようか?」

「是非!」


 カール先生の手を取らんばかりに勢い良く頷いたアレックさん。

 よっぽど奥さんのことが大事なんだなぁ。

 何だか、ちょっと憧れる。


「おいおい、アレック。それからカール先生様も。話が逸れてってますぜ?」

「あはは……だね」

「済まない。それで……ランバート師、ヤツらの弱点は? 僕達が対峙したのは風属性の魔法が有効でしたが、それはヤツらに共通した特徴なのでしょうか?」

「それなんだけどね。正直な話、全く読めない。ヤツらはちょっと異質な存在みたいなんだ。弱点以外は効いてるように見えないし、弱点は個体ごとに違うんだよ。火属性しか受け付けないヤツ。反対に火属性の攻撃を受ければ受けるほど活性化するヤツ。魔法が全く効かないヤツ。最初は戸惑ったけど、六体しか居なかったからね。手当たり次第に試して何とか……って感じかな」

「なるほど。僕達も結果的には同じように色々と試しながら倒しました。火属性、水属性と順番も試していき、三番目に弱点の風属性で……」

「この世界のモンスターでも、ちょっとそういうところは有るけどさ。さすがにヤツらほど極端じゃないよね。そして……その後、ボクが調べたところによると、ヤツらの来訪と見られる出来事は世界中あちこちで起きている。それこそ、町が丸ごと喰い尽くされた事件も有ったほどだ」

「カールさん、でもそれっておかしくない? 私、今までそんな存在のこと知らずに生きてきたよ? そんなにちょくちょく訪れていたんなら、もっと有名でも良いんじゃないの?」

「アネットちゃんがそう思うのも無理はないよ。でもね、大半は大した被害が出ていないんだ。ちょっと変わり種のモンスターの仕業だと思われていたフシが有るんだよね。ちなみにボクらが暮らしているあの町にも、ヤツらがやって来たことは有るらしいんだけど……知ってた?」

「知らない。聞いたことも無い。それってホントなの? あ、ミオやセルジオの方が詳しいかな?」

「アタシも聞いたこと無いわね。セルジオは?」

「オレも知らねぇ……って言いたいところだけどよ。それってアレですかい? 例のお屋敷。あそこが廃墟になっちまった本当の理由……」

「お、ご名答。そういうことだね。この国が成立する以前の話だけどさ。間違いなくヤツらの仕業さ。なんせ、倒した当人が今でも生きているんだから間違いない。さて……ジャン君、それが誰だか分かるかい?」


 オウガミ王国成立以前……つまりは今から百年以上も前の話。

 それでいて倒した当人が生きている……現場は例の館。

 カール先生が僕に尋ねるということは、どうやら僕の知っている人らしい。

 となると候補は二人だ。


 まずはアリシア師範。

 つまりサラ師範の母。

 これは有りそうだけど、たぶん違う。

 個体ごとに弱点が異なる相手。

 精霊魔法の使い手で有りながら練達の剣士であるアリシア師範なら、かなり分が良いように見えなくもない。

 しかしエルフは伝統的に火の魔法を使わない。

 火の魔法は、自分達の住み処である森を焼きかねないからだ。

 聞いている限りでは、火属性の魔法を使わないで、対処しきれる相手では無さそうだし、討伐したのがアリシア師範である可能性は低い。

 ……ということは。


「まさか……サンダース先生ですか?」

「サンダース師匠かい? 何で?」

「まずは時期です。百年以上前から生きているとなれば人族と獣人族は無いですよね? となると、サンダース先生の可能性は高いです」

「なるほど。あとは?」

「サンダース先生の秘めたる魔法の実力。ボク達の暮らす町が独立した小国だった時に、宮廷魔導師を務めていらしたということですから、かなりの魔法の腕前を持っていても不思議ではありません。カール先生も高く評価しておられますし、何より当のカール先生の師なのですから」

「うんうん。まだ有る?」

「……あとは私塾の所在地ですね。サンダース先生の私塾は例の館のすぐ近くです。もし同じように異界の尖兵が攻めて来た際に真っ先に立ち向かうおつもりなのでは無いかと」

「へぇ、そこまで分かっちゃうのか。ジャン君、さすがだね~。サンダース先生がヤツらを倒したのは間違いない。でもねキミ、サンダース先生の弱点を忘れてないかな?」

「弱点……あ!」

「気付いたかい? ヤツらの中には魔法が全く効かないのも居るんだ。魔法の腕前は超一流のサンダース師匠だけど、魔法が効かない相手には、そこらの子供と変わらない。サンダース師匠の窮地を救ったのは……」

「アリシア師範……そうですよね?」

「うん、それで満点だ。主君とその一族を一晩にして喰らい尽くされたサンダース師匠は、怒り狂ってヤツらを抹殺していった。だけど、どうやっても倒せない連中が何体か含まれていたみたいだね。サンダース師匠はそこで我に返ったんだけど時既に遅し。すっかり囲まれていて、魔力もすっからかん。そこを間一髪で救ったのが、たまたま町に滞在していたアリシア師範とその仲間達ってワケさ。アリシア師範の仲間の一人は、残念ながらその時に犠牲になってしまったらしいんだけどね」


 そんなことがあの館で……。


「サンダース師匠にしても、アリシア師範にしても、本当ならその後どこにでも行けたハズだ。二人ともそれぞれの道で超が付く一流の存在だからね。なのに未だに、あんな田舎町に住み着いている。心のどっかで、またヤツらが来るのを待っているんじゃないかな? おかげでボクも二人に師事出来たんだから、そのこと自体は有り難く思っているけどね」


 そこまで話した時だった。

 前線の危急を告げる使い魔のフクロウが、翼を必死で動かしながらボクらのところまでやって来たのは……。

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