第28話
マハマダンジョンへの討伐行。
相手は正体不明の存在。
しかし、ボクの乗る馬車の中の雰囲気は非常に明るかった。
「サラちゃんがまだ小さい頃にね、ボクが道場を訪れると必ず遊び相手をさせられていたんだ。ほら、ボクって見た目は人族の子供と大して変わらないだろ? 幼かったサラちゃんからすれば、ちょっと年上のお兄ちゃんぐらいに見えてたんじゃないかな?」
「あぁ、それは確かに有りそうな話だね。カールさん、サラに本当のこと教えてあげなかったの?」
「言ったんだけど信じてくれなくてさ。アリシア師範も面白がって放っとくもんだから、どんどんなつかれちゃって……」
カール先生とアネットさんがサラ師範の昔話で盛り上がっていたり……
「アレックは案外ニブいからよ。オレはララから言い寄ったんじゃねぇかって睨んでんだよ。実際のところどうなんだ?」
「セルジオ、そんなのどっちだって良いじゃない。セルジオこそ、こないだ言ってた酒場の女の子どうなったのよ?」
「お、セルジオ。また新しい相手を見つけたのかい?」
「だぁ! ミオ、てめぇそれまだ言うなって言っといただろが!」
「あれ、そうだったっけ? なぁに? またフラれちゃったの?」
「フラれてねぇ! なかなか都合が合わねぇだけだ!」
……セルジオさんを、ミオさんがからかっていたりするからだ。
基本的にボクは聞き役に徹している。
サラ師範にせよ、セルジオさんにせよ、ボクがイジるには少し都合が悪い相手なことだし。
移動中こうやってふざけていても、ダンジョン内に入ったアネットさん達がそうした雰囲気を引きずったりしないということは、既に分かっている。
こないだも行きの馬車の中では、こんな感じだった。
カール先生にしても、アネットさん達にしても、そうした切り換えが非常に上手いと思う。
ボクが話を聞いているようで、さっきから緊張して話が頭に入って来ていないのとは大違いだ。
「ジャン君。そろそろ着く頃だから言っておくね。基本的にはボクがキミ専属の護衛を喚ぶから、万が一にもキミが怪我したりする心配は無いと思ってくれて良いよ。それより今日は出来る範囲で良いから戦闘に参加してごらん? 防御は全く考えなくて良いよ。ちゃんと、そういうのを喚ぶからさ」
声を掛けるタイミングを見計らっていたのだろう。
ボクが緊張しているのも、カール先生にはお見通しだったみたいだ。
「良かったな、坊主。明らかな格上の敵に挑み掛かれる機会なんてそうそう無ぇ。しかもノーリスクときたもんだ。オレからすりゃあ、羨ましい限りだね」
ニヤリと笑ってボクをからかうセルジオさん。
サバサバした良い人なのは間違いないけど、小さな子供が見たら泣き出しそうな笑顔だ。
……本人には言わないけど。
「セルジオ。もっと言い方ってものが有るでしょ? ジャン君、今回はアタシ達も良いとこ見せてあげるからね。それと……キミが思っているより、段違いに格上の敵を攻撃することの意義は大きいの。何でかは分からないらしいんだけど、一気に成長出来るチャンスになるわよ?」
いつも優しいミオさん。
……セルジオさんに対しては少し厳しいけれど、それも親愛の情の裏返しなのかもしれない。
「徐々に段階を踏んで強くなるのも良いもんだけどね。僕も経験有るよ。まだゴブリンの相手すら覚束ない見習いの時期に、オーガの討伐に連れて行ってもらったんだ。スネに一太刀。入れられたのはたったそれだけだったけど、コツコツとゴブリンをダンジョンで倒させてもらうより、よほど自分の成長を実感出来たものだよ」
アレックさんはこう言ってはなんだけど、ボクが小さい頃に思い描いていた騎士のような、心根の真っ直ぐな人だと思う。
控えめなところも有るけれど、さりげなく皆を気遣ってくれているのは、付き合いの浅いボクにも分かる。
「一説によると……倒したモンスターの魔素を取り込むことで、私達冒険者は強くなっているらしいの。つまりアレックの話で言えばゴブリン一体分の魔素より、オーガに一太刀浴びせる方が、得られるモノが多いってことなんじゃないかな? 今回の敵に関しては同じ法則が当てはまるかどうか、ちょっと怪しいけどね」
アネットさんの声には、どこか人を明るくさせる魔力のようなものさえ感じる時が有る。
本当にそうした魔法を絶えず使っていたとしても、きっとボクは驚かないだろう。
皆にこうして声を掛けてもらえたからなのか、ヨーク男爵が用意した立派な馬車を降りて、マハマダンジョンの入り口に立ったボクの肩からは、もうすっかり余計な力は抜けていた。
信頼出来る人々に囲まれ、ボクは人生で二度目のダンジョン内部への侵入を果たすことになる。
実態も規模も不明瞭な強敵の待ち受ける迷宮へ……。
◆
先行する騎士団と、男爵からの依頼を受けたらしい数組の冒険者パーティ。
彼らを見送って暫くしてからボク達も進む。
カール先生が領軍の指揮下に入ることを拒んだため、ボク達はカール先生の護衛という建前で動くことになった。
騎士団には魔術師ギルドから派遣された魔術師や、唯一神の教団から派遣された神官が同行している。
偵察を担うのは冒険者のパーティで、その少し後方から騎士団が続き、彼らが掃討を担当するらしい。
騎士団の手に余るような敵が現れた場合のみ、騎士団に同行している魔術師の使い魔が、ボク達の居るところまで救援要請を届ける手筈になっているのだという。
「さて、と……今のうちに敵の正体について、ボクが知っていることを話しておこうと思う。今回の敵が同じモノかは分からないんだけどね」
カール先生がおもむろに口を開いた。
セルジオさんとミオさん、それからアレックさんはとても驚いた表情を浮かべているが、アネットさんはそこまで驚いていない。
多分ボクもアネットさんに似たようなものだろう。
昨日、道場でアネットさんに話していた推論。アレが恐らくは正しかったのだ。
「おや? ジャン君、キミはやっぱり何か気付いていたんだね? アネットちゃんは……ジャン君から聞いたのかな? そう。ボクは連中の正体に心当たりが有る。ヤツらは、たまにボクらの世界に来ているんだ」
「カール先生。やっぱり……この世界の存在では無いんですね?」
「うん、そうだよ。ジャン君ってホント勘が良いみたいだね~」
モンスターにしては、死んだ後に肉体が残るの時点でおかしい。
人族、エルフ、ドワーフ、獣人族、ミニラウの五族どれにも当てはまらない。
伝え聞く魔族の特徴とも違う。
もちろん野生の動物では有り得ない。
ならばどこから来たのか?
ここではない、どこか違う世界からやって来たと考える方が、むしろ自然だ。
「アネットちゃん達が苦労して倒したっていうアレね。アレがウジャウジャと居る世界が、どっかに有るみたいなんだ。連中は貪欲だよ? 目についた獲物を喰らい尽くすまでは決して止まらない。止まってはくれないんだ。今回はたまたまダンジョンの内部だったから、まだ良かったのさ。今はダンジョンの奥までモンスターを喰らい尽くしに行っている段階のハズだね」
「うぇ、マジかよ……。カール先生様よぅ。だが、そりゃ少しばかりおかしく無いかい? モンスターなんて倒したらすぐに消えっちまうだろう?」
「最初はね。だけどすぐに気付くよ。この獲物は殺したら消え失せてしまって喰らえない。ならば殺さずに生きたまま喰らえば良い……ってね。案外アレで頭の方も悪くないんだよ。つくづくイヤな連中だよね~」
「うげ…………」
さすがのセルジオさんも、二の句が継げなくなってしまっている。
ちょっと想像するだけでも相当おぞましい光景だ。
生きたまま喰われるなんて、それがたとえモンスターでも同情したくなってしまう。
……ボクなら絶対に御免だ。
カール先生による情報提供は続く。
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