第27話

「うーん、ヨーク男爵ごときの言うことを聞く形になるのはイヤなんだけどなぁ……まぁ、いっか。その正体不明の敵とやらには興味が有るしさ」


 本当に意外だったのだけれど、カール先生は二つ返事でボクが話したヨーク男爵の依頼を了承してくれた。

 ボクが驚いた顔をしているのがおかしいのか、クスリと笑ったカール先生は間髪入れずに再び口を開く。


「ただし! ジャン君にも一緒に来てもらうよ。実地で学ぶ機会は多い方が良いからね。それが条件。それから……領軍の指揮下には入らない。これも絶対に、だ。キミからじゃ言いにくいだろうから、返書をしたためてボクの方で男爵に届けておこう」


 言うが早いかペンを走らせてさっさと返事を書いて丸めると、いつの間にか横に控えていた執事の男性が捧げ持つ盆に無造作に放り投げる。


「さ、せっかく来たんだ。何か軽く食べにでも行くかい?」


 呆気に取られているボクに向かって、微笑みかけるカール先生に気負いのようなモノは感じられなかった。

 あくまで自然体。

 強者ゆえの余裕。

 たしかにボクはカール先生の実力を見誤っていたのかもしれない。

 ヨーク男爵の言うことは、何も大袈裟では無かったのだろう。

 いくら正体不明の敵とはいえ、一介の冒険者パーティに討伐可能な相手なら、何の脅威にもならないと言わんばかりに見える。


「はい……と言いたいところなんですけど、今日はこの後サラ師範の道場に行く予定でして。しかも、お世話になっている冒険者の方とも道場で会う約束なんです」

「そっか、それは残念だなぁ。いや、モノは考えようだね。ボクも一緒に行くよ。久しぶりにサラちゃんの顔も見たいし、アリシア流道場もボクにとっては懐かしい場所だもの。それに、ジャン君の稽古ぶりも気になるからね。決まり、決まり。さぁ、行こう」


 周辺諸国から恐れられている大魔導師のハズなのに、フットワークが軽すぎやしないだろうか?


 ◆


「カールさん!?」

「やぁ、サラちゃん。美人になったねぇ」


 いきなりのカール先生の訪問。

 いつも凛とした態度で指導にあたっているサラ師範だが、何だかひどく慌てているように見える。


「弟子のジャン君の稽古ぶりを見たくてね。それからサラちゃんの師範ぶりも、かな。いやぁ懐かしいなぁ、ここ」

「カールさん、とりあえずこちらへどうぞ」


 サラ師範とカール先生が並んで道場の奥へと歩いていく。

 武神の祭壇の真下。

 サラ師範用らしい椅子が置かれているのだが、サラ師範が椅子に腰掛けたまま指導するところをボクはまだ見たことが無い。

 壁に架けられている木剣の中から、いつの間にかボク専用みたいになっている木剣を手に取り、稽古に加わる。

 しばらく師範代がサラ師範の代わりに稽古を指揮していたが、サラ師範は結局すぐにこちらへ歩いて来ていつも通りに指導を始めていた。


「ジャン。あのサンダース先生の親戚みたいな人が噂のランバート師なの?」


 既に汗だくになりながら稽古していたトーマスだったが、小休憩になった瞬間ボクの方に寄ってきてカール先生について尋ねてきた。


「うん、そうだよ。ああ見えて凄い魔法使いなんだ」


 カール先生は道場に昔から通っている人達に囲まれて、何やら談笑している。

 サラ師範も一緒だ。

 旧知の仲らしいし。


「そっかぁ。ミニラウの人って見た目が子供みたいだから、こうして見てるとそんな凄い人には見えないよね」

「それはたしかに……でも、剣の腕も師範代レベルらしいよ? 目録とか言ってたし」

「目録! そりゃ本当に凄いや」


 トーマスは魔法があまり得意ではない。

 勉強はかなり出来るし、体格も良いんだけど最近までは弱虫なことだけが取り沙汰されていた。

 剣を習いだしてからは、かなり自信を持てるようになったみたいだけど……。

 そのせいか、剣の腕前で人を判断するようなところがある。

 カール先生の魔法の実力より、目録の方がトーマスには響いたみたいだ。

 ちなみに……最近はブリジットとも仲が良い。


 ◆


 少しして、いつものペースを取り戻したサラ師範だったが、今度はむしろ普段より気合いが入ってしまっていたように感じた。

 稽古の内容も普段より厳しく感じたのは気のせいでは無いだろう。

 特にサラ師範の気迫が凄かったのは、カール先生との模擬戦の時だ。

 カール先生はショートソード……つまり短剣と片手剣の中間ぐらいの長さの剣が得物らしく、リーチの短さを補うように速さと手数でサラ師範に立ち向かう。

 対してサラ師範は堂々と流派の技の限りを尽くす。

 速さではカール先生が僅かに上回り、力ではサラ師範が上回り、それでいて勝負は完全に拮抗していた。

 試合を見ながら熱く語ってくれたトーマスによれば……目録とは、ちょっとやそっとの腕前では貰えないものらしい。

 免許皆伝まであと一歩の剣の腕前に達するか、剣以外の武器で免許なみの腕前に到達した場合にのみ許されるものなのだという。

 カール先生の場合は完全に後者なのだろう。

 結局、勝敗らしい勝敗が決しないまま模擬戦は終了した。

 模擬戦の途中で顔を出したアネットさんも、サラ師範の必死な戦いぶりに驚いていたぐらいだ。

 この試合が見られただけでも、今日ここに来た甲斐が有ると言っていたけれど、それはボクも完全に同意見だった。

 達人同士の模擬戦には、それだけの価値が有る。

 見て学ぶことは、決しておろそかにしてはいけないことなのだと、強く感じさせられてしまった。


「そう言えばジャン君。ランバート師は明日、マハマダンジョンへの同行は頷いてくれたの?」

「はい、思ってたよりアッサリと……」

「へぇ、もしかして最初から行ってくれるつもりだったのかな?」

「何だかそんな感じでしたね。これはボクの思い過ごしかもしれませんけど、もしかしたら先生は何か敵の正体に心当たりが有るのかもしれません」

「……それ、ホント?」

「いや、あくまで勘ですけどね」

「ジャン君の勘は当たるじゃない」

「あの時はたまたまですって。買いかぶり過ぎです。ただ……」

「ただ?」

「例の敵の特徴を話している時に、ほんの一瞬だけ先生が浮かべた表情がなんだかとても怖くって。獲物を狙うグリフォンの眼とでも言うべきでしょうか。いつも表面上はニコニコしている人なんで、あれには驚いてしまいました。なんとか必死で動揺を隠したつもりでしたけど」

「なるほどね。多分それ正解よ? あれから色々と調べたんだけどさ……あ、後にしよっか」


 サラ師範とカール先生が周囲に出来た人垣から抜け出て、こちらへ歩いて来る。

 いち早くそれに気付いたアネットさんが、会話を打ち切った。


「アネット! 今日は急にどうした?」

「ちょっとジャン君に用が有ってね。まさかランバート師とサラの模擬戦まで見られるとは思ってもみなかったけれど」

「やぁ、はじめまして……だよね? アネットっていうと、ジャン君の後見になってくれた例の?」

「はい、そうです。ランバート師。お会い出来て光栄です」

「ああ、堅苦しいのはナシだよ。ボクはこんなんだし、あんまり畏まられるのは得意じゃないんだ。ジャン君の成長をともに見守る者同士なんだし、気安くカールと呼んで欲しいな」

「いえ、さすがにそういうわけには……でも、そうですね。私も実は堅苦しい話し方は得意ではありません。ですからカールさん。そう呼ばせて下さい」

「うーん、まぁいっか。それで手を打とう。でも敬語はナシね。師兄命令。キミもアリシア流なんだろう?」

「……どうしてそれを?」

「ちょっと調べさせてもらっただけさ。まぁ、調べるまでも無かったけどね。ハーフエルフで神官戦士。そんならキミがアイン流や、その他の伝統的な剣術道場の出身で有るハズが無い。そうだろう?」

「それはそうで……じゃなかった。そうだね。師兄の言う通り。私達のような亜人にも分け隔て無く戦う術を教えてくれる道場と言えば……」

「「アリシア流!」」


 カール先生とアネットさんの声が完全に重なる。

 それから二人は長年の友のように笑い合っていて……サラ師範や周りの門弟達も楽しげに笑う。

 ボクやトーマスもいつの間にか一緒になって笑っていた。


 なんだか良いな、こういうのって……。

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