第26話
「私としたことが危うく忘れるところだったよ。君がジャン君だな? 君の父上は我が町の衛士隊で、最も剣の腕が良いと聞いている。その腕前は騎士団の……いや、よしておこう。それよりも、だ。先日、君の師匠になったというランバート師に、どうか口を利いてもらえないだろうか? 使者を出したのだが、隠居を理由にろくに話も聞いてもらえなかったらしくてね」
なるほど……ヨーク男爵はカール先生を今回の事件に対する切り札として使いたいってワケか。
正攻法で口説くのには失敗したから、弟子のボクを通してカール先生を動かそう……そういうことなんだろうな。
しかし、いつの間にボクがカール先生の弟子になったなんて情報を得ていたんだろう?
「おや? 不思議そうな顔をしているね。ランバート師は君が考えているより余程に大物だよ? 周辺諸国と比べて国力や軍事力に劣ると言わざるを得ない規模の我が国が、長らく戦火にさらされていないのは、かの大魔導師の存在があったからこそだ。ランバート師の動向を私が注視しているのは至極当然のことだよ。ランバート師が弟子を迎えたという情報は、今頃きっと王都の上層部にも伝わっていることだろう。それで? 協力はしてくれるのかい?」
実物のカール先生を知っているからこそ、そうした評価が似合わないように思えてしまうのだが、それはあくまでカール先生の外面の部分が与える印象の話だ。
確かに魔法の実力に関しては、ボクが短い時間で垣間見た片鱗だけでも規格外というほか無かった。
ミオさんも凄かったけど、カール先生と比べるのは酷に思える。
瞬間移動の魔法は別格として飛空の魔法に伝心の魔法、さらには遠見の魔法。
直接的な戦闘に用いる魔法は、水弾の魔法をボクに教えてくれた際に手本として見せてくれたものぐらいしか見ていないが、周辺の国々に戦争を躊躇わせるとまで男爵に言わせるのだから、恐ろしい威力の魔法を幾つも知っているのは間違いないだろう。
ならば初めから答えは一つしか無い。
「ボク……いえ、私に師を説き伏せることが出来るかまでは分かりませんが、微力を尽くさせていただきます」
こう言うしか無かった。
「おぉ! そうか、そうか! さすがはかのランバート師に弟子入りを認められるだけのことはある。幼いのに賢明なことだ」
実際問題としてボク達が目にした異形の騎士が、アレ一体だけではなく沢山この町に攻め寄せてくるようなことがあったら、カール先生は恐らく力を貸すつもりだとは思う。
愛国心とまで呼べるものが有るとも思えないけど、カール先生は少なくとも隠居後に帰郷するぐらいには郷土愛とでも呼ぶべきものは有りそうだ。
ヨーク男爵の主導する討伐隊に加わるつもりが有るかは微妙なところだけれど、この場でボクが断るのはあまり賢い選択とは言えないと思う。
断ったことで変にヨーク男爵に目を付けられて、マリアの秘密がバレたり、父さんの出世が遅れたりしても困るし。
それに……ボクが何を言ったところで、カール先生にそのつもりが無かったら、絶対に動いてくれないとも思う。
「恐れ入ります。ただ……」
「あぁ、心配しなくて良いとも。君が弟子入りしてから日が浅いどころか、まだ数回しか顔を合わせていないことも把握している。だから君が言葉を尽くして説得してくれても、ランバート師が動く可能性はそれほど高くないかもしれない。だがね……私がランバート師の存在を知りながら、この危急の折りに何の要請もしなかった。そう後から言われることだけは、私としても絶対に避けなくてはならない。弟子の君がメッセンジャーなら、少なくとも門前払いになることは無いハズだからね」
貴族っていうのも大変なんだろうな。
要は建前というヤツか。
もちろん成功したらその方が有難いと思っているんだろうけど、失敗したら失敗したで構わない。
無能扱いされないためにも、しっかり手を尽くしたことをアピールしておくのが狙いみたいだ。
「畏まりました。先ほども申し上げましたが、全力を尽くすことはお約束させて頂きます」
「うん、うん。素直でよろしい。では頼む」
◆
「坊主……お前、とことん大したタマだな」
「ホントね。ジャン君の方がアタシ達より、よっぽど堂々としてたわよ」
「いえ、そんな……」
帰り道は男爵の用意した立派な箱馬車で、冒険者ギルドまで送ってくれることになった。
歩いても大した時間は掛からないんだけど、男爵の好意を無にするわけにはいかない。
「でも、ジャン君あんな約束して大丈夫だったの? ランバート師って難しい人なんでしょ?」
「師弟関係の解消なんてことにまではならないかもしれないけど、やりにくくなるんじゃないのかい?」
アネットさんもアレックさんも気遣わしげな表情を浮かべている。
まぁ、カール先生を直接知らないと多少は心配になっちゃうかもしれないけど、ボクが知るカール先生は、言動はともかく……とても思慮深い人だと思う。
多分だけど、ちょっとやそっとでは怒らないハズだ。
「きっと大丈夫ですよ。それに……そんなにしつこくは誘いませんから」
「なら良いけど……」
「さ、着きましたよ? 明日はどうすれば?」
真っ先に馬車を降りながら尋ねる。
立派で乗り心地も良かったけど、なんだか肩が凝りそうで早く降りたかった。
アネットさんが続いて降りて来て口を開く。
「私達は明後日に備えて身体を休めるつもり。明日は私塾の後、サラの道場に行く予定だよね。私も顔を出すようにするから、その時に今後について詳しく話し合いましょう。ランバート師のところには、どのタイミングで?」
「これからでも良いんですけど、もう暗くなり始めていますしね。私塾の後、道場に向かう前に訪ねようと思います」
「そっか、そうだね。じゃあ、とりあえず今日のところはこれで。あ、そうそう。ハイ、これ」
「え? これ凄く良いものだったんじゃ?」
ボクがダンジョンで倒したゴブリンから得た小瓶。
たしか敏捷力が向上する魔法薬っていう、例のアレだ。
「ジャン君が倒したゴブリンが落とした物だからね。遠慮することは無いよ。その他のモンスターが落とした魔石の売却益も幾らかは渡すけど、そっちはまだ精算すらしてないから明日ね」
「そんな! 皆さんがお膳立てしてくれたからボクにも少しは戦えたってだけなのに……」
「坊主、良いからとっとけ。もし坊主が一時的にせよ冒険者になろうと思ってんならな……変な遠慮はすんな。自分から報酬を投げ捨てるような真似をするヤツぁ、どんなに優秀でも成功しねぇもんなんだぜ?」
「セルジオもたまには良いこと言うじゃない。アタシもジャン君は遠慮し過ぎだと思うわよ? 良いから遠慮なくそれ飲んで、早く強くなってちょうだい。アタシ達とは成長のピークが合わなくても、ジャン君には立派な冒険者になって欲しいの。それが通過点だったとしても、ね?」
「僕も同感だ。キミはなりたいものが何かしら有るんだろう? 何となくだが、それはとても高い目標なんだと思う。一刻も早く強くなって、不都合は何も無いハズだ。違うかい?」
結局、アネットさん達はボクに貴重な魔法薬を無理やりに渡し、冒険者ギルドの中に消えていった。
うん、確かにボクにはなりたいものがある。
人に言ったら笑われそうなぐらい大それた目標が………。
早く強くなりたい。
その思いは日を追うごとに強くなっていく。
遠慮ばっかりしてたら、きっと間に合わないのも事実だ。
コレは有り難く使わせてもらおう。
それにしても……ボクってそんなに分かりやすいのかな?
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