第33話

 アンノウンと一口に言っても、その姿は色々だ。


 ある者は……右の手のひらに眼が有って、左手にはギザギザとした歯が並ぶ口が有り、頭らしい頭が無く足が十本以上。

 またある者は……頭が二つ。腕は身体の中心から一本きり。足は二本だが右足だけが異常に太く、左足と腕に斧らしき武器をいる。

 いちいち挙げていたらキリが無いけれど、およそバランスというものが取れていないのが、共通点といえば共通点だろうか。

 それから材質は不明ながら、必ず武器や防具を装備している点。

 鎧や武器に金属らしい光沢は無いのに、かといって石や樹木のようにも見えない。

 敢えて似た物を挙げるなら、生き物の身体の一部。

 しかも外部に露出している部分のようではなくて、身体の内部に有りそうな見た目。

 つまりは内臓だとか粘膜だとか、どこかそういうものを連想させる色合いだ。

 とにかく見ていて気持ちが悪い。

 アンノウンそのものもそうだし、その装備品の数々もそうだ。


 前衛を務める騎士団は、やっぱりさすがだと思う。

 正体不明で見ているだけでも精神力がガリガリ削られそうな敵を相手にしても、怯むこと無く戦っている。


「このような得体の知れぬ異形の者どもに負けてなるものか! かかれ、かかれ! 押し返せ!」


 太眉の騎士隊長は勇猛果敢。

 自らもハルバードを縦横に振るいながら、部下を鼓舞し続けている。


「とにかく下がるな! 防御に徹しろ! 見た目に惑わされず落ち着いて戦えば、どうということは無い!」


 対して口ヒゲの騎士隊長は冷静沈着。

 戦線を支えることを第一に考えているのが分かる。


 それぞれの部下の騎士達も、隊長に似た性質の人が揃っているみたいだ。

 さすがにダンジョン内では馬に跨がっていたりはしないが、太眉の騎士隊長の部隊は先陣を切って突っ込んで行くタイプに見えるし、口ヒゲの騎士隊長の部隊は本陣近くを守って一歩も退かない……そんな戦い方をしそうに見える。

 この国は長年敵国から攻められていないけれど、時々同盟国の救援に出向いたりはしていて、彼らも実戦の経験は有るらしい。

 戦場にはコレを上回る悲惨な現実も、時には有ったりするのかもしれない。


 魔術師ギルドから派遣されて来た人達は、普段は魔法の研究に没頭している人が多いようで、先ほど第一階層で行われた戦闘に引き続き、どこか精彩を欠いている。

 動かない的に当てるのは上手なのかもしれないけど、刻一刻と変化していく戦況に充分に対応出来ているとは言いにくい。

 騎士達に当てないようにするだけでも精一杯な有り様で、個体ごとの有効属性を割り出すのに酷く時間が掛かっている。


 唯一神の教団から派遣されて来た神官達は、負傷し後送された騎士の治療で大わらわだ。

 今のところ、そんなに怪我人は居ないのに既にいっぱいいっぱい。

 光属性の攻撃魔法どころでは無さそうだ。

 この分だと思っていたより早く、冒険者パーティに居る神官達の出番が来るかもしれない。


「アレック君、さっきから壁面スレスレを抜けようとしているヤツが居るからね。ミオちゃんの側を離れないでよ? セルジオ君は、実際に抜けて来たヤツが居たら駆け付けて時間を稼いで。もし来たらボクが最優先で排除するから無理しちゃ駄目だよ?」

「了解です」

「了解。もしそうなったら、ホントに最優先で頼みますぜ?」


 カール先生とミオさんは、的確に魔法を飛ばしている。

 特にカール先生は、騎士達と戦っているアンノウンにも平気でバンバンと魔法を当てるし、有効属性の割り出しもあっという間に終わらせてしまう。

 その秘訣は魔法の同時発動数の圧倒的な多さ。

 魔術師ギルドの人達が単発の魔法を放つ間に、カール先生は余裕で水、風、土の三属性を連続して放ち、弱点と睨んだ属性の魔法を改めて放ち直してしまう。

 それで倒れないアンノウンは、これまでのところ一体も居なかった。

 ミオさんはさすがにそこまで規格外では無いが、それでもカール先生以外の魔術師と比べたら圧倒的なスピードで敵を倒している。


 ボクは……全然ダメだ。

 乱戦途中の場所に魔法を放つのは無理だし、後方の敵を狙おうにも、遠すぎると中々命中しない。

 たまに当たっても水属性が通用しない敵が多くて、ため息が出そうになる。

 やっぱり試すしか無さそうだ。


「…………大いなるマナ、四元の素。其は万物に宿り、万物の核なり。此度マナの信奉者にして、オドの使役者たるジャンの名の下に、万の砂礫の具現を請う。我、求めしは砂弾……砂礫よ、集い集いて我が敵を射つ力となれ。サンドブリット!」


 ぶっつけ本番。

 土弾の魔法だ。

 呪文自体はここに来る前にカール先生から教わっていた。

 もっとも馬車の中での雑談程度に習ったに過ぎないから、試す機会も何も無い。

 その後すぐにカール先生はアネットさんを相手に、サラ師範の幼い頃の話題で盛り上がっていたぐらいだし……。


 そんな不安な状態で唱えたにも拘わらず、土弾の魔法は無事に発動し、さっき水弾の魔法がまるで効かなかったアンノウンに痛撃を与えた。

 膝から崩れ落ちたアンノウンに再度土弾の魔法を放つ。

 今度は無詠唱でも成功した。

 呪文構成が水弾の魔法と非常によく似ているからこそのチャレンジだったけど、無事に成功して何よりだ。

 追撃の土弾は先ほどの魔法で倒れてもがくアンノウンの頭部に見事命中した。

 よっぽど当たりどころが良かった(悪かったと言うべき?)のか、それがどうやらトドメになったみたいだ。

 うつ伏せに倒れたアンノウンは、今度こそピクリとも動かない。


「やるじゃないか、ジャン君! キミは本当にに度胸が有るね~!」

「ニャ!? いきなり実戦で魔法を発動させるなんて、アタシでも無理よ?」

「しかも二発目で無詠唱……ジャン君、キミとんでもない子だね。帰ったらサラに教えてあげなきゃ」

「マジかよ坊主。オレにもちっとその魔法の才能を分けてくれよ」

「おいおい、まだ戦闘中だぞ? 集中しよう。ジャン君が凄い子なのは前からだろう?」


 バンバン背中を叩いてくるセルジオさん。

 手加減はしてくれてるみたいだけど、ちょっと痛い。

 カール先生の使い魔のグリフォンがセルジオさんを睨むと、それでようやく止めてくれた。

 油断無く前方を見据えているアレックさん。

 アネットさんは既にこっそり神聖魔法の光弾を、四大属性で倒せなかったアンノウンに向かって放ち始めている。

 カール先生もミオさんも魔法を放つ速度は落とさずに、ボクを褒めてくれた。


 ◆


 結局、今回は新たな犠牲者を出すことなく敵を殲滅することに成功。


 不意の遭遇戦にならなければ、やっぱり装備の整った騎士達は強かった。

 カール先生はもちろん、ミオさんの魔法も多くの敵を倒していたし、それは残って戦うことを選んだ冒険者パーティに所属する魔術師や神官達も戦果にバラつきは有ったけど同じだ。

 ちょっと情けなかったのは魔術師ギルドの人達で、魔力切れを起こして座り込んだ『土魔法師』の男性をはじめ、あまり効率的に敵を倒せてはいなかった。

 結局、途中からカール先生の指示で騎士達の武器に属性を付与して回る役目に落ち着いた程だ。

 むしろそうなってからの方が、敵軍が減っていくスピードが早かった。

 カール先生はそんな魔術師達に軽く失望したようだ。

 小声で『酷い、酷いとは思っていたけど、思っていた以上の堕落ぶりだ。コレじゃ、この国の未来は暗いなぁ』などとボヤいていた。


 まぁ、何はともあれ犠牲者ゼロで戦闘を終えられたのは大きい。

 全五階層のマハマダンジョン。

 アンノウン達がどこから来たのかは、まだ分からない。

 犠牲も消耗も少ない方が良いに決まっているんだから……。

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