第23話

「アレック! しゃがんで!」


 不意を突かれたことで後手に回ってしまったアレックさんだったが、何とか体勢を立て直し一進一退の攻防を繰り広げている。

 そんなアレックさんに向かってミオさんが叫び、アレックさんも即座に反応した。

 その直後、アレックさんの頭が有ったところをミオさんの放った攻撃魔法が通過していき、異形の騎獣の首を見事に切り落とす。

 例の強烈な風魔法だ。


「ミオ、ナイス! セルジオ、フォローよろしく!」


 アネットさんも思い切りよく前に出て、騎獣を失った醜悪な騎士(?)に向かってメイスを繰り出していく。

 アレックさんはアレックさんで、アネットさんと並んで激しく攻め立てているのだが、巨体のわりには素早い動きの敵は簡単には倒れてくれない。


 それでも状況不利と判断したのか、倒れたままの騎獣を盾にするかのように後退し、自らが振るっていた歪なランスをアネットさんに向かって投げ付けて来た。

 まさか得物を放り投げるとはアネットさんも思っていなかったのだろう。

 明らかに反応が遅れている。

 アレックさんも同様だ。

 結果的にアネットさんのピンチを救ったのはセルジオさんだった。

 舌打ちしながらだったけれど、ものすごいスピードでアネットさんのもとへ走り寄り、横合いから足元に向かってタックル。

 見事、ランスがアネットさんの胴体に巨大な風穴を空ける寸前で地面に押し倒した。


「セルジオ、ありがと! でも、重い」

「うっせぇ、すぐどくよ!」


 パッと離れたセルジオさん。

 アネットさんも起き上がる。

 しかし、つくづく凄い戦いだ。

 ボクなんかが介入する隙は全く無い。

 それにしても……こんな強いモンスターが世の中には居るのか。


 見た目は醜悪そのものだ。

 薄い紫色の皮膚。

 身を包む見たことも無い奇妙な材質の鎧は恐らく皮鎧なんだと思うけれど、なめし革というよりは生皮のように見える毒々しい赤色。

 投げてしまったランスの代わりに、今は大きく湾曲した剣を両手に戦っている。

 首らしいものは見る限り存在せず、胴体と繋がっているようにしか見えない巨大な頭部は造形がおかしい。

 分厚く大きすぎる唇のすぐ上に、こちらも大きな一つ眼がギョロリと光る。

 白目の部分が黄色く、黒目の部分は何故か深紅。

 頭頂に鳥のとさかのように配された、これまた大きすぎる鼻。

 耳は存在せず、視覚と嗅覚で全てを判断している可能性が高い。

 腕は二本だが、足は三本。

 しかも右側の足に対して、左側の二本の足は不自然に細い。

 体毛のようなものは一切なく、しかしどこにも光沢が無いのだ。

 見るからに歪。

 明らかに奇怪。

 ボクの限られた知識では、こんな特徴を持つモンスターに心当たりは無い。


「なんて言うモンスターなんですか、コイツ?」

「……アタシも知らないわ。かなりの種類のモンスターと戦ってきたつもりだったのだけれどね」


 ミオさんが知らないとなると、今は知りようがない。

 アレックさんもアネットさんもセルジオさんも、飛び回るようにして戦っている。

 攻撃魔法を放つタイミングが難しいのだろう。

 それでも時々はミオさんも魔法を放つのだが、騎獣をミオさんの魔法にやられた敵は最優先でミオさんの魔法を回避したり、交差させた剣を盾代わりにして防いでいる。

 それだけミオさんの魔法を警戒しているのだろう。

 真剣な眼差しで戦いの推移を見つめながらも、あれ以来まともに魔法を当てられていないミオさんの表情は晴れない。

 今はミオさんの得物らしい曲刀を手に、忙しく耳を動かしている。

 ミオさんには、また何か聞こえているのかもしれない。

 どことなくだが焦っているようにも見える。


 戦況は決して悪くはない。

 アレックさんもアネットさんも、それからセルジオさんも、正体不明の巨大なモンスターを相手に臆することなく果敢に戦っている。

 見るからにクセの強い長大な武器を使っているせいか、敵の剣がアネットさん達を捉えることは無かったし、反対にアネットさん達の攻撃は何回も当たっているのだ。

 だが倒れない。

 怯まない。

 動きが鈍らない。

 まるで痛みを感じていないかのようだ。


「このままだとマズイわね。アレックとセルジオはある意味いつも通りだけど、アネットは違うわ。慣れない前衛で徐々に消耗しているみたい」


 安定した戦いぶりのアレックさん。

 トリッキーな動きだけど、どこか余裕すら感じるセルジオさん。

 二人と比べれば、アネットさんは少しやりにくそうにしている気がする。


「魔法で援護って難しいんですか? 攻撃魔法じゃなくて、さっきみたいな補助魔法とか」

「はたから見たら分かりにくいんだけどね。もう既に皆にそうした魔法は掛けているの。試すとしたら武器への付与魔法だけれど、相手が何だか分からない場合は下手に属性を付与するのも良くないの」


 たしかに……身体能力を高める魔法は無色透明で分かりにくい。

 ボクの気付かない間にミオさんは既に魔法での援護を終えていたのか。


「でも……そうね。魔法の方が有効な可能性も有るかもしれないわよね。アネット!」


 ミオさんの声は、少しだけ明るさを取り戻した。

 何か思い付いたのかもしれない。


「なぁに!?」

「隙を見てここまで下がって! アレック! ちょっとの間お願い!」

「先に! 僕に声を掛けてくれよ!」


 メイスの一撃で相手の剣を弾いたアネットさんは即座に大きくバックステップし、そのまま敵を視線に捉えつつ下がってきた。

 アレックさんの動きの質は、それと同時に少し変わる。

 攻撃よりも戦線の維持を重視しているかのような動きに。

 セルジオさんは、黙々とそれを助けるべく躍動している。


「ミオ、いったい何なの? アレが何かは分からないけど三人掛かりでわりとギリギリだったんだよ?」

「見てたら分かる。でもね、おかしいと思わない?」

「……何が? そもそもおかしいことだらけで、心当たりが有りすぎるもの」

「アレックの剣も、アネットのメイスも、セルジオのスローイングナイフやショートソードも、何回もアレに当たっているでしょ? なのに最初とまるで変わらない動きなのよ?」

「そういうことか。いや、でも……」

「うん、傷付いてはいる。傷付いてはいるからこそ気付くのが遅れてしまったの。傷は付くけど、効いていない。そんな可能性に」

「あり得ない……とは言い切れないか。ううん、むしろそうじゃないとおかしい」

「今からあなたのメイスに魔法を付与するわ」

「え、でも?」

「そう。アイツが何なのか分からない限りセオリーからは外れる。でもね、どんなモンスターも最初は正体不明だったハズよ?」

「……そうだね。そうしよう。私にも何でか分からないけど、それでイケる気がする」

「奇遇ね。私もよ」

「ミオ、よく気付いたね」

「ううん、ジャン君のおかげ。ジャン君がアタシに気付かせてくれたの」

「ジャン君が? それ、どういうこと?」

「詳しい話は後よ。まずは火属性ね……よし、アネット頼むわよ」

「余計に気になるじゃない。まぁ、いっか。後で詳しく話しなさいよ?」


 笑顔で頷きあう二人。

 その笑顔は、ボクには何だかとても美しいものに見えた。

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