第24話

「結局、何だったんだ……コイツ?」


 ミオさんの機転で武器に魔法で属性を付与していった結果、謎のモンスターは風属性に弱いらしいことが判明。

 前衛の三人が武器に風属性を宿して弱らせていき、トドメはミオさんの大規模な風魔法。

 結局は誰も欠けること無く戦闘を終えた。

 セルジオさんが敵の無残な死体を見下ろしつつ、荒くなった息を整えながら疑問を述べる。


「僕にも全く心当たりが無いな。何とか倒せたけど、最初の奇襲は本当に危なかった」

「あぁ、アレな。坊主、何で気付けた? 気配感知に関しちゃオレも中々のもんだと思ってたってのに、アレには全く気付けなかったんだぜ?」

「分かりません。何でか、危ない気がしたんです」

「ジャン君、じゃあアレは勘だったの?」

「……はい。後は状況からの推理も少し」

「なるほどね。危地を脱する直前が最も油断しやすい。私達も、やっぱりまだまだだなぁ」

「まぁ、結果的には無事に済んで何よりだったじゃない。アタシの耳にも接近してくるモノの音は聞こえてこないし、あとは……って、あれ?」

「あ? どうした、ミオ?」

「そういえば消えてないよね。馬らしきモノもコイツも……」

「そういや、そうだな。さすがに細切れになってまで生きてるたぁ思えねぇけどよ」


 セルジオさんの指摘はもっともだ。

 しかしミオさんの言う通り、モンスターが死んだ時特有の白い光に包まれて消える現象が起きていないのも事実。

 ミオさんがトドメに放った真空域の魔法は異形のモンスターもろとも、とっくに死んでいた騎獣の死体も散々に切り裂き、無数の肉片に変えていた。


「うん、やっぱり死んでいるよ。ただし、この現象はモンスターのそれじゃない。ほら、ダンジョンにいっている」


 アレックさんが指差した破片は、少しずつ溶解しながらダンジョンの床に染み込んでいく。

 ボク達もダンジョン内で死んだら、ああなるのか……。

 聞いたことは有ったが、実際に目にするのは初めてだ。


「あんまり気が進まないけど……仕方ないか。セルジオ、それサンプルとして採取してくれる?」

「うぇ、マジかよ……」

「うん、これはさすがにおかし過ぎるもの。証拠は必要でしょ?」

「まぁな。坊主、わりぃ。ちょっとそれ寄越してくれ」


 セルジオさんが言っているのは、ボクが背負っている魔法の背嚢のことだろう。

 素直に差し出すと、頷いて受け取ってくれたから間違いじゃなかったみたいだ。

 セルジオさんは中から何やら金属製らしきヘラと透明な容器とを取り出し、手際よく採取を始めている。


「これも持っていくかい?」


 その間にアレックさんが回収していたのは、謎のモンスターが使っていた武器。

 長大かつ湾曲した曲刀は半ばから折れてしまったものが一本、損傷らしい損傷の無いものが一本。

 ランスのような武器もほぼ無傷だけれど、本当はこれもおかしい。

 ゴブリンの持っていた棒や、コボルトの使っていた槍なんかは本体が白い光に包まれるのと同時に消えていた。

 オークソルジャーの斧や鎧も同じく。

 つまり、モンスターの持ち物はこんな風に残らない。

 冒険者が死んだ場合の持ち物はダンジョンにそのまま落ちているか、見つけたモンスターが有効活用したりするらしいから、どちらかと言えばそちらと同じ扱いだ。


「そうだね。お願い」

「了解」


 アレックさんは頷き、セルジオさんが床に置いたままの背嚢にしまっている。

 剣はともかく、太すぎるほどに太いランスは見るからに入らなそうだったのに、あっさり呑み込まれていく。

 魔道具っていうヤツは本当に凄いなぁ。

 会ったことは無いけど、母さんのお父さん……つまりボクの祖父にあたる人が魔道具の収集にハマっている理由も、今なら何となく分かる気がする。


「ジャン君、ゴメンね。まさかキミのダンジョンデビューが、こんな形になっちゃうなんて、私達にも想定外だった」

「いえ、そんな……なにも、アネットさんが悪いワケじゃありませんから」

「そう言ってもらえると正直助かるかな。私達も十年以上は冒険者をやっているけど、こんなヤツに出くわしたのは初めてなの。モンスターじゃない。かと言って、探索者でもあり得ない。ねぇ。ジャン君はコイツ、何だと思う?」

「あ、それアタシも聞きたいかも」


 コイツの正体?

 そんなのボクにも、もちろん分からない。

 分からないけど……何となくで答えて良いのなら、最初の直感で思ったことを答えよう。


「騎士。何故だか、最初コイツのことをそう思ったんです」

「騎士? 何で?」

「馬に乗ってランスを構えてたからでしょうか? もちろん、この世界の生き物にも思えませんけどね」

「ジャン君、今キミ何て言った!?」

「え? 馬に乗ってランスを……」

「ううん、その後」

「この世界の生き物とは思えない……え、まさか?」

「案外そうなのかもしれない。ダンジョンが生み出したモンスターでは無い」

「もちろん、アタシ達みたいな冒険者でもない」

「なるほど! だとしたら来訪者。僕らがいるこの世界とは、違う世界からの……」

「おいおいアレック。アネットもミオも。お前ら、その坊主の言うこと真に受けてんのか?」

「そうですよ。ボクだって、そんなつもりで言ったんじゃ……」

「でも、あり得るよ? 現にジャン君の直感はアレックを救った」

「アタシはジャン君の一言で、アイツには魔法の方が効くかもしれないって気付けたわ」

「僕にとってジャン君は命の恩人ってことになる。ジャン君が若いからって侮るつもりは僕には無いよ」

「だからってよぉ……まぁ、良いか。オレも何となくそんな気がしてきちまったしな。それより早くずらかろうぜ? 新手がさっきのヤツより弱い確証はどこにもねぇんだしよ」


 ◆


 第一階層には異変は起きていなかった。


 とは言うものの、またいつ同じような現象が第一階層に起きないとも限らない。

 立ち塞がるコボルトやゴブリン、グリーンスライムは、本気を出したアネットさん達によって次々に排除されていく。

 ボクに戦闘の経験を積ませている場合では無いことは、さすがに否定できない。


 マハマダンジョンの入り口で、ダンジョンに入る資格の無い人が立ち入らないように目を光らせている衛士隊の人達にも異変を伝える。

 ダンジョン内で会った他の冒険者の人達にも、アネットさん達はそうした情報を話していたけど皆すぐにそれを信じて撤退していたから、こうした事態についての情報は真偽を疑うよりもまずは信じて行動するのが、冒険者や彼らに関わる人々の間では常識なのかもしれない。

 すぐさまダンジョンへの立ち入りは禁止されるみたいだ。


 アネットさん達が馬車を預けた冒険者目当ての宿屋兼雑貨屋の店主も、さっそく逃げる支度を始めている。

 ダンジョンからモンスターが出てくることは滅多に無いらしいんだけど、こうしたイレギュラーな事態が起きる可能性は常につきまとう。

 ダンジョンを囲う格好で成立した迷宮都市なんてものも他の国には有るらしいけど、あくまでそれはレアなケースみたいだ。

 少なくとも、領主がちゃんといる土地の場合はわざわざそんな危険なところに町を作ったりしないだろう。

 ダンジョンの近くに店を構える人は、そうした危険を承知で商売している人ばかりなのだという。


 馬車を急がせ町に帰ってきた。

 行ったばかりですぐに帰ってきたような恰好ではあるけれど、なんだかとっても長い時間をダンジョンの中で過ごした気がする。

 アネットさん達は、冒険者ギルドに報告しに向かう義務が有るらしい。

 ボクにはそうした義務はまだ無いらしいけれど、今回の事件がギルドでどう扱われるのかは、非常に興味が有るのも事実だ。

 疲れてはいるけど、同行しないで後悔するのも何だかイヤだった。


 ボクの冒険者(見習い)初日は、もう少しだけ続きそうだ。

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