第22話

 第二階層。

 特に何が第一階層と違うのか分からない、よく似た雰囲気の通路を進んでいく。


 フォーメーションは、オークソルジャーと戦った時のまま。

 アレックさんを先頭に、アネットさん、セルジオさん、ミオさんとボクの順に歩いている。

 ……わりと長い時間。


「おい、なんかおかしくねぇか?」

「そうね。これだけ歩いて遭遇ゼロ。モンスターも、先行している冒険者も見当たらない。こんなこと、今までは無かったわよね?」

「……う~ん。どうしようか? 引き返す? それなりに賑わっているハズのマハマダンジョンで、しかもたかだか第二階層ではおかしいよ」

「アネットがそう言うんなら、僕は引き返すのに異論は無いけどさ。単なる偶然っていう可能性もまだ捨てきれない頃合いだよね」

「オレも似たような意見だけどよ……まだ、ろくな戦いもしてねぇから何つーか、少し物足りなくはあるな」

「アタシも二人と同じ気分よ。戦い足りないし、どこかで偶然なんじゃないかとも思ってもいるわ。でもね……今日はジャン君も居るのよ? もし何かしらの異変が起きていて、それが理由で先行している冒険者のパーティが全て壊滅しているとしたら、そんな危ないところにノコノコ突っ込んで行くのは、大人として無責任だと思う」

「……じゃあ次の分岐点まで進んで、モンスターなり他のパーティなりの姿を見掛けなかった場合は引き返すことにしよっか。ジャン君も、それで良いかな?」

「はい、ボクは皆さんの判断に従います」

「よし、じゃあオレが先行するわ。アレックは、坊主とミオの護衛を頼む」

「あぁ、任せてくれ。最後尾はアネットかな?」

「そうだね。私が最後尾を歩くよ。ミオも、ジャン君の安全を最優先でよろしくね」

「もちろんよ。セルジオ、何か支援魔法の注文は有る?」

「いらねぇ……って言いたいところだけどな。念のため、抵抗強化を頼む」

「了解。気をつけてね?」

「おう」


 セルジオさんが先行するのは、索敵と警戒を兼ねてのものだろう。

 アネットさんが最後尾に付くのも、恐らく同じような理由なのだと思う。

 戦闘を前提にしたフォーメーションでは無さそうだ。

 ボクの前にアレックさん。

 そしてボクの後ろにミオさんが続く。

 もしかしなくても、ボクを守ることを優先してくれている。

 何だか申し訳ない気持ちになってしまうが、ここでボクが変に意地を張っても、ろくなことにならなそうだ。


 セルジオさんは、普段の隊列でアレックさんが居た位置よりも、かなり前方に居る。

 アネットさんともけっこう距離が離れているから、ボクの気のせいということは無さそうだ。

 アネットさんが指定した次の分岐は、まだかなり先。

 それなのに鋭敏な聴覚を持つ猫人族のミオさんの耳は、ボクらに聞こえない音をキャッチしたらしい。


「セルジオ、ストップ! 分岐を右に行ったところで誰かが戦っているわ」

「お、そんなら取り越し苦労ってヤツか?」

「……そう決めつけるのは早いかもしれないわよ。とても不快な音が聞こえるわ。断末魔の声さえ上げさせないなんて相当でしょう?」

「あ? 結局、勝ったのはどっちなんだ?」

「少なくとも人間じゃないわ。もちろん、エルフやドワーフとかって意味でも無い。だって、冒険者は敗者……つまりモンスターをわざわざ喰らわないでしょ? 消えて無くなっちゃうしね」

「ちっ! マジかよ。おい、アレック。ここの第二階層のモンスターって何だった?」

「普通のオークと、ゴブリンファイター。それからコボルトアーチャーだね。あとはお馴染みのグリーンスライム」

「音を立てて人を喰らうようなモンスターは、そん中じゃオークぐらいか。オークにコロっと負けるようなヤツは……この階層にはまず来てねぇだろうしな。一体、何だってんだこりゃ」


 セルジオさんが歩みを止めたことで、後ろからアネットさんが追い付いて来た。

 ミオさんから事情を聞いて、その美しい顔を嫌悪感からか歪ませている。


「ミオ、咀嚼音は? まだ聞こえる?」

「えぇ……いや、ちょっと待って。止まったわ」

「引き返す。これは決定。良いよね?」

「おう」

「そうだね。僕もそれが良いと思う。帰りの隊列は?」

「アレック、私、ジャン君、ミオ、セルジオの順にしましょう」

「「「了解」」」


 ……何かが居る。

 第二階層や、それ以降の階層をメインに普段は活動しているハズの冒険者を、いとも容易く殺せるだけの強さを持った何かが。

 引き返すと決まってからの動きは早かった。

 まるで最初からその予定だったのではないかと勘ぐりたくなるほどに。


「向かって来ない、か。ジャン君、急ぐわよ」

「はい」


 ミオさんがそう言いながら、ボクに何か魔法を掛けてくれる。

 その途端、それまで先を歩くアレックさん達に遅れまいと必死だったボクに、幾らかだけれど余裕が生まれた。

 足を引っ張ってしまっていた自覚のあるボクには、何よりの援護だ。


 ◆


 帰り道にもモンスターや他の冒険者の姿は無かった。

 あと少し……あと少しで第一階層に戻れる。

 そう。あの曲がり角さえ無事に曲がれば。


 その時だった。


 強烈な予感がした。

 しかも嫌な予感だ。

 気付いた時にはボクはもう叫んでいた。


「待って! 待って下さい、アレックさん!」


 何でそんな予感がしたかは分からない。

 分からないけれど、結果的にそれは正しかった。

 アレックさんが立ち止まり、怪訝そうに振り向いた直後に、アレックさんが曲がるだったその角から、異様に太い物体が突き出されて来たのだから。

 最初はボクもソレが何なのか分からなかったけど、どうやらソレは槍の先端らしかった。

 いや、槍というよりはランスと言った方が正確だろうか。


 攻撃が外れたことに気付いたソイツは、ボク達の前に姿を現した。

 そしてソイツは牛のような狼のような、それでいてカエルのようにも見える異形に跨がって、ランスを持たない手でその異形の騎獣の手綱を握っている。

 騎士と言うにはあまりにもおぞましい姿のソイツは、そう狭いワケでもないダンジョンの通路をギリギリのところで通れるほどの巨体を器用に操り、驚き戸惑うアレックさんに向かって次々と苛烈な刺突を繰り返し放つ。


 そして…………

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