第21話
扉を開けたボク達が目にしたのは、豚顔で筋骨隆々の巨漢。
恐らくこれが、オークというモンスターなのだろう。
裸同然の姿だったゴブリンやコボルトとは違い、粗末な造りだけど皮製らしい鎧を身に付け巨体に似合いの大きな斧を持っている。
ボク達が目に入っていないハズはないのに、動く気配は無い。
どうやら、ある程度まで接近しない限りは向かって来なさそうだ。
「ジャン君、これがオークだよ……って言いたいところだけれど、コイツはちょっとだけ上等なモンスターなの。どのあたりが普通のオークと違うか、推測で構わないから言ってみて」
「えっと、もしかして装備品とかですか?」
「うん、正解。身体つきとか雰囲気とか発する威圧感、魔力……色々と違う部分は有るんだけど、一番パッと見で分かりやすいのは格好だね。こういう傾向は亜人系のモンスターには共通しているから、覚えといて損はないと思うよ。コイツは便宜上オークソルジャーと呼ばれている上位のオーク。まだジャン君には荷が重い相手だから、今回は見学しといてくれる?」
「はい、分かりました。ポジション代わりますね」
頷いたアネットさんと交代して、ミオさんの横まで下がる。
それを確認したアレックさんが、ゆっくりと歩き始めた。
アネットさん、セルジオさんが続く。
「本来ならアレック一人でも勝てる相手だけどね。アタシ達のやり方ってヤツを見せてあげるわ」
ミオさんはそう言いながら、セルジオさんに何らかの魔法を掛けた。
喋りながらの魔法行使。
ミオさんは簡単そうにやっているが、実はかなりの高等技術だ。
「戦術目標、対象の両腕を切断したのちの討伐。ラストアタックはセルジオ。戦闘開始!」
「「「了解!」」」
アネットさんが高らかに宣言。
了承する声が頼もしかった。
そうなんじゃないかな、と何となく思っていたが、やはりこのパーティのリーダーはアネットさんらしい。
明らかな格下相手だからこその目標設定なのだろう。
ララさんというらしい、アレックさんの奥さんが抜けた穴を埋めるべく、実戦の中で自分たちの連携を高めるために、敢えてこんな戦闘プランを設定しているのだと思う。
まず先手を取ったのはアレックさん。
ボク達が近付いたことで動き始めたオークソルジャーが、猛然とダッシュしながら斧を両手で振りかぶるのに構わず、アレックさんが無造作に突きを放った。
その動作は恐ろしく速くて、最初ボクには何が起きたかよく見えなかったほどだ。
それが突きだと分かったのは、アレックさんが突きを放った後の姿勢を見たからに過ぎない。
左肘のあたりにアレックさんの突きを受けたオークソルジャーは、構えた斧を振り下ろすことさえ出来ずに、自らの得物を取り落としてしまっている。
そこに近寄っていったのがアネットさんだ。
オークソルジャーが武器を落としたのを見てすかさず、倍以上は体重が有りそうな豚顔の巨漢に向かって鋭く前蹴り。
巨体を誇るオークソルジャーの突進は、いとも容易く華奢な女性神官のキックで止められてしまった。
武器を失い、体当たりさえ出来ずにプギィと情けなく鳴いたオークソルジャーを襲ったのは、セルジオさんのショートソードの一閃。
アレックさんが突きで傷付けたのとは反対側の腕が、決して力強そうには見えない軽装のセルジオさんの一撃で斬り飛ばされる光景は、自分の目で見たハズなのにどこか現実感を欠いていた。
さっきのミオさんの補助魔法が関係しているのかもしれない。
そのままトドメを刺すのかと固唾を飲んで見守っていたけれど、よく考えたらアネットさんの指示は『対象の両腕の切断』だったハズだ。
誰がオークソルジャーのもう一本の腕を切断するのかと思って見ていたら、アレックさんもアネットさんもセルジオさんもバックステップで一斉に離れていく。
代わりにオークに向かって飛んでいったのは、ミオさんがいつの間にか放っていたらしい魔法だった。
ボクの知らない魔法。
魔法光は緑だ。
緑の透き通った刃。
多分だけど、風の属性の攻撃魔法なのだろう。
オークソルジャーの野太い腕が、何の抵抗も無しにスパッと切れて地面に落ちる。
堪らず苦痛の咆哮をあげるオークソルジャーの声は長く続かなかった。
それもそのハズ。
ボクがオークソルジャーの腕が地面に落ちたことに気を取られている間に、再度接近していたセルジオさんが、横薙ぎにスパンと哀れな階層ボスの首を刎ねてしまったのだから……。
「警戒態勢維持……白光確認。戦闘の終了を宣言。みんな、お疲れ様~」
「おう」
「お疲れ様」
「僕は、ほとんど何もしてないけどね」
「真っ先に武器を持てなくしたでしょ。万が一を無くすためには、あれで良かったんじゃない?」
「そうだな。おかげでオレは楽だったぜ」
「アネットの蹴りは、少しタイミング微妙だったかな? 飛びのくのが遅れそうになってたわよ」
「あはは。だってアイツ、思ってたより重かったんだもん。あれぐらいの遅れだったら、ミオが当て損なうことは無いでしょ」
「普通にメイスで殴りゃ良かったんじゃねぇか?」
「それだと、ほら。体勢が…………」
あんなに楽勝そうに見えたのに、アネットさん達は反省点をお互いに遠慮なく言い合っている。
今の一連の動きは、事前に打ち合わせしていたワケじゃなかったみたいだ。
お互いに、お互いが何をしようとしているか分かる。いや、分かってしまう。
そんな風になるためには、こうした話し合いは欠かせないのかもしれない。
実際の戦闘に掛かった時間は、ほんの一瞬と言っても良いぐらいの短時間だったのに、話し合いの時間はその何十倍にも達している。
「…………そんな感じよね」
「だな。とりあえず及第点ってヤツだろ?」
「オッケー。把握した。次は大丈夫」
「よし、じゃあ次の階層に進もう。ジャン君、お待たせ。僕らはいつもこんななんだ。ビックリしたかい?」
「いえ、何と言いますか……皆さんが一流って言われている理由を、今のやり取りを聞いていて納得しました」
「そうなの? 自分達ではまだまだだと思ってるのにね。ま、いっか。次いきましょ」
「はい!」
アネットさん達が話し合っている間に回収しておいたドロップアイテムは、ボクがこのダンジョンで最初に倒したゴブリンの落とした小瓶と同じ物だった。
アネットさんに渡そうと思って持っておいたのだが、よく考えたらボクの役割は荷物持ちだ。
背中から魔道具だという背嚢を降ろして仕舞っていると……
「あら……また当たりね。アタシ達、あんまり運が良い方じゃないのに」
見ていたミオさんが、そんなことを言う。
「コレ、当たりなんですか?」
「そっか、ジャン君が知らないのも無理はないわよね。それはね……敏捷強化のポーションなの。効果は永続。上昇幅はそんなに大袈裟なものじゃないけれど、どの段階にいる冒険者にとっても有効な代物なのよ?」
「へぇ、そんなに良い物だったんですか」
「だから、さっき言ったろ? 坊主はツイてるって」
「……セルジオ、もしかすると
本当にそうかもしれないぞ?」
「あ? どういう意味だ、アレック?」
「ジャン君だよ。ジャン君もララみたいに……」
「それ、マジで言ってんのか? ララみたいな強運の持ち主が、そうそう居てたまるかよ」
「二人ともストップ! まだ、そんなの分かんないでしょ? ジャン君、ゴメンね。さ、次の階層に行くよ」
アネットさんが二人の会話を打ち切らせて、先を促す。
ボクが強運?
そんなこと、生まれて初めて言われたよ。
まさかそんな……ね。
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