第20話
登場してすぐ一体になってしまったゴブリンだが、怯むことなく接近して来る。
……何でだろう?
ボクらの方が人数も多いし、真横で仲間が頭を丸ごと魔法で吹き飛ばされたばかりなのに向かって来るなんて、ボクの聞いていたゴブリンのイメージからはかけ離れている。
「ジャン君、任せて良いの?」
「あ……はい!」
いけない、いけない。
考え事は後にしなきゃ。
「魔法は見せてもらったからね。今度は剣の腕を見せて」
「分かりました。前に出ます」
「危なくなったらフォローするから、頑張ってね」
「はい!」
まだ距離は有るから今なら魔法で好き放題に出来るんだけど、アネットさんはボクの剣の腕を見たいと言った。
不可解なゴブリンの蛮勇の理由も気になるけれど、もう『ダンジョンだから』ってことで良いや。
ゴブリンは一人で前に出てきたボクを獲物と見定めたらしい。
醜い顔をさらに歪ませて、一心不乱に駆け寄って来る。
……隙だらけだ。
一太刀で綺麗にゴブリンの首を刎ねたアレックさんの真似事はボクには出来ないけど、ゴブリンが振り下ろして来た木の棒を躱しざま横薙ぎの一撃を見舞うぐらいなら、今のボクには余裕だった。
致命的な傷では無いかもしれない。
だけれど、脇腹の柔らかい部分を切り裂かれたゴブリンは無様に床に倒れて悶絶している。
得物にしていた木の棒も取り落としたままだ。
結局、そのままゴブリンは最期を迎えることになった。
ジタバタと暴れるからタイミングは難しかったけど、ノドを狙った剣が無事にその目的を果たしてゴブリンに致命傷を負わせたのだ。
白い光に包まれ始めるまでは多少の時間が掛かったが、無闇に追撃はしないでおいた。
今日あと何回モンスターに向かって剣を振るうか分からない。
使えば切れ味が落ちるのだから、死ぬと分かっている相手に無駄な追い撃ちを掛ける必要は無いと判断した。
ゴブリンが落としたのは、透明な小瓶に入った緑色の液体。
どうやら何かの薬みたいだ。
「ゴブリン風情がこんなの落とすなんて、坊主はツイてやがんな。ほらよ、それに仕舞っとけ」
セルジオさんが軽快な動きで拾い上げてくれた小瓶。
いきなり放り投げるからビックリしたけれど、なんとかキャッチに成功した。
「ちょっと、セルジオ。ジャン君、両手が塞がっちゃったじゃないのよ」
「あ、わりぃ」
「わりぃじゃないわよ。ホント、考え無しなんだから。ジャン君ゴメンね。アタシが持っててあげるから、先に剣を拭いて鞘に仕舞って」
「ミオさん、ありがとうございます」
一度しか使っていないけど、確かに早く手入れした方が良いだろう。
幸い刃先は丸まっていないようだし、手早く拭いて鞘に収めた。
「うーん、ジャン君はサラさんの道場に通っているんだよね?」
アレックさんが複雑そうな表情でボクに問いかけてきた。
「はい。あの……何かダメでしたか?」
「まさか! 無駄の少ない動きだったよ。ただ、利き手が右手っぽいのに逆側に抜けながら胴を切り裂いただろう? アレはどうしてだい?」
「ゴブリンが左利きだったからです。棒を振り上げていたので左脇が空いていましたから」
「そうか、いや……そうだったな。流派が違えばセオリーも違って当然か」
「逆手でも違和感無く剣を扱えるようにしろとサラ師範に何度となく叱られているうち、左右どちらでもあんまり変わらない動きが出来るようになってきました。まぁ、ここ最近ようやくなんですけど……」
「それでも大したものだよ。いや、ビックリした」
アレックさんの剣技は華麗の一言。
ボクのそれとは比べ物にならない。
なのにこうして誉めてくれるものだから、何だか逆に恥ずかしいぐらいだ。
「アレック、ちょっと持ち上げ過ぎだよ。ジャン君のためにならないでしょ?」
「いや、僕は本当に……」
「ララも私も通っていた道場はサラのとこだけどね。ララは大剣。私はメイス。武器は違うけど、散々ジャン君のに似たような動きは見てきたでしょ?」
「いや、まぁそうなんだけどさ。ジャン君の
「……まぁね。まだ荒削りだけど、かなり良いセンいってるのは私も認める。でも、ほどほどにしたげて。ジャン君、ゴメンね。ケチをつけたいワケじゃないの」
「アネットさん、大丈夫です。まだまだ未熟なのはボクも分かってますから」
「姉弟子だからさ、身内に厳しくなるのは許してね。アレックったら、ララ……今の彼の奥さんの剣技に惚れ込んだクチだから、似たような動きを見て嬉しくなっちゃったの、きっと」
「そうなんですね」
「サラの代わりに一言だけアドバイスするとさ……さっき、どうしてゴブリンの攻撃を待っちゃったのかな? 棒を振り上げてる間にノドを一突き。それで決まっちゃったハズじゃない?」
あ……確かに。
何でだろう?
自分でもよく分からないや。
「あら、無意識だったの?」
「はい。言われてみれば、普段ならそう動いた気がします。なのに……」
「うーん……まだ本物の敵意に慣れてないだけかな。それか、突き技に自信が無いとか?」
「いえ、得意不得意はあんまり……」
「じゃあ、たぶん慣れだけだね。ミオ、セルジオ、アレック、ちょっと協力してくれる?」
「アタシはそのつもりよ?」
「おう、オレも構わないぜ」
「僕もだ」
「ジャン君、そういうワケだからポジションを私と変わって。この階層に居る間は少なくともキミを鍛えることに集中する」
「はい。あの、でも……良いんですか? 予定が狂っちゃうんじゃ?」
「いや、構わないよ。もともと今日は久しぶりにダンジョンに潜ること。それ自体が目的だったからね」
「そうそう。アタシ達そんなにお金に困ってないし」
「そりゃあ、稼ぎは有った方が有難いけどな。こないだ坊主には悪いことしちまったし、オレは全面的に協力するぜ」
「ほらほら、変な遠慮はしないに限るってことだよ。早いとこ行きましょ」
◆
その後もゴブリン二体が現れると、アレックさんが一体を切り捨てたり、セルジオさんがスローイングナイフで一体を排除したり、アネットさんがメイスで片方のゴブリンの頭を叩き潰したり、ミオさんが各種の魔法で瞬殺したりして、残りをボクが相手する展開が続いた。
ゴブリンだけでは無く、グリーンスライムも頻繁に現れたが、そちらはいつの間にか何体で現れようとボクの担当とされてしまう。
グリーンスライムは魔法で一発だから、それも仕方ないのかもしれないけど、水弾の魔法だけでは魔力切れも心配しなくてはならない。
敢えて接近して土壇場で回避し、種火の魔法で燃やしたりする必要が有ったぐらいだ。
コボルトという犬頭のモンスターも時折出現したが、そちらは誰かがあらかじめ手か足に傷を負わせてからボクに回されるだけあって、ゴブリンよりは手強かった。
長い木の棒に黒っぽい石をくくりつけた原始的な槍を持っているヤツが多く、初めはかなり苦労してしまう。
間合いが違う武器を持った相手と戦う稽古はまだしていなかったからだけど、こうして実戦の場でそれを体験することが出来たのは非常に有り難かった。
初撃をどう躱して自分の間合いに入り込めるかどうか。
または、いかに動きで翻弄して初撃を出させないかがポイントなのだと思う。
そろそろ第一層も終点といったタイミングで、ゴブリン二体と戦わせられたり、無傷のコボルトの相手を任されたりするようになったのは、ボクがこの短時間で成長したのを認められた気がして、何だか嬉しかった。
そして初めて目にした階層ボスの間へと続く扉。
中にはいったい、どんなモンスターが待ち構えているのだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます