第19話
「ダンジョンは初めてよね?」
「はい。中はこんな感じなんですね。ちょっと意外でした」
アレックさんを先頭にダンジョン内部へ侵入すると、中には思いがけない光景が広がっていた。
入り口は洞窟のようにしか見えなかったのに、入るとまるで印象が違う。
明らかに人工的な建物の内部のようにしか見えない壁や天井、さらには原理不明の照明。
薄暗くはあるけれど、行動に支障が出るほどではないぐらいの明かりが、天井から降り注いでくる。
「まぁ、最初はビックリするわよね。じゃあ、モンスターを見るのも初めてなんだ?」
前方ではアレックさんが、ゴブリン二体をあっという間に倒したところだ。
ボクの昨日の戦いぶりとは比較の対象にすらならない。
ゴブリン程度にアレックさんが苦戦するなんて、誰も思っていなかったのがハッキリと分かる。
ボクと雑談しているミオさんはもちろん、ボクらのすぐ前を歩くセルジオさんも、アレックさんの少し後ろに続くアネットさんも、援護しようとすらしていなかった。
「いえ、実は魔法の師匠の方針で昨日、初めてモンスターと戦いました」
「魔法の師匠? キミ、まだ私塾通いだったわよね? どこの私塾の先生が、生徒をモンスターと戦わせるっていうのよ?」
「いや、その私塾の先生のお弟子さんが高名な魔導師の方でして……」
「もしかして、キミの通ってる私塾って……?」
「サンダース先生の私塾です。ご存知なんですか?」
「ご存知も何も……それならアタシとセルジオはキミの先輩ってことになるわよ。うわぁ、じゃあその師匠のヒトってまさかランバート師?」
「はい、そうです。さすがは先輩ですね。サンダース先生とランバート師の師弟関係もご存知だったんですか」
「それを知ったのは冒険者になってからだけどね。ランバート師から魔法を教われるなんて羨ましいことだわ」
コロコロと表情の変わるミオさん。
アネットさんとは、根っこの部分で性格が似ているのかもしれない。
「おい、それマジか? 坊主、とんでもねぇ師匠についてやがんな」
先ほどのゴブリンに続いて発見したモンスターの群れは、他の冒険者のパーティが戦闘中だったためルート自体を変えて回避するようだ。
セルジオさんも暇なのか、ボク達の会話に入ってきた。
「えぇ、本当ですよ。弟子入りしたのは昨日からですけど」
「サンダースの爺様が、あの変わり者の大魔導師の師匠だったってのもマジだったんだなぁ。どっか信じらんねぇ部分が有ったんだけどよ」
「それはアタシも同じ気持ちよ。年寄りくさい喋り方こそしてるけど、見た目は子供にしか見えないしさ」
あ、またモンスター。
見たこと無い種類だけど、アレはボクでも知っている。
スライムっていうヤツだ。
天井に貼り付いて奇襲を狙っているようだが、気付いていない人は誰もいないようだった。
今度もアレックさんが倒すのかと思ったけど、アレックさんはスライムの少し手前で立ち止まり、アネットさんを手招きしている。
どうしたんだろう?
「ジャン君、ちょっとこっち来てくれる?」
アネットさんから、お呼びが掛かった。
何となくは理由は分かるけど、とにかくアネットさんのそばまで行く。
「ジャン君、魔法を使えるって言ったよね? あそこにグリーンスライムが居るのは分かる?」
「はい」
「アレを的にして何か魔法を見せてくれる? グリーンスライムは種火の魔法でも倒せてしまうぐらい魔法には弱いの。もちろん、攻撃を食らわないように射程の短い魔法を当てるのは大変だから、慣れないと危ないけどね」
「なるほど……ちょっといくつか試してみます」
「危なそうなら僕が守るから、気楽にね」
「はい、ありがとうございます」
アレックさんの好意は素直に有難い。
スライムに殺される初級冒険者は実際かなり多いらしいし、油断せずにやろう。
まずは……眠りの霧の魔法から。
無事に発動した魔力の霧が天井のグリーンスライムを包むと、ボトッと地面に落ちてきた。
……ダメか。
ウゾウゾと動きながら、こちらに近寄って来る。
そもそも、眠る必要の無いタイプのモンスターなんだろうな。
まだ距離は有る。
慌てる必要は無い。
もっと色々と試したいところだけど、グリーンスライムの移動速度は遅いと言えば遅いが、それでもボクが思っていたよりは早かった。
仕方ないから、水弾の魔法を使うとしよう。
「アクアブリット……やるわね、思ってたより」
ミオさんは正式な魔法名を知っているようだ。
そりゃそうか。
ミオさんは本職の魔術師だ。
水弾の魔法ぐらいは使えても当然だ。
本来の呪文を知らない限り、正式な魔法名は知らないのが一般的だけれど。
魔法が外れるようなことはなく、無事にグリーンスライムは白い光に包まれた後、小さな魔石に変わっていく。
「ジャン君、お疲れ様~。グリーンスライムはね、そもそも寝ないの。最初に試したのは眠りの霧の魔法だよね?」
「あぁ、やっぱり寝ないんですね。そうです。一応、眠らせてから種火の魔法で倒すことが可能かどうかを試してみようかと」
「うん、うん。なかなか良い発想だね。この後もチャンスが有ったら、こうして戦ってみてもらうから楽しみにしといてね。あ、そうだ。ジャン君、剣も持って来てたよね?」
「はい……あ!」
「どうしたの?」
「昨夜、サラ師範がウチに来た時に手入れの方法を聞こうと思ってたのに忘れてました」
「あはは、ジャン君でもそんなこと有るんだね~。ちょっとホッとするよ。アレック、教えてあげて」
「はい、はい。ジャン君、剣はね……手入れを欠かしたらすぐにダメになるんだ。僕に貸してごらん」
「……すいません。お願いします」
「バゼラードか。今のキミには良いチョイスだと思うよ。しかも、コレはそれなりの物だね。セルジオ、周辺警戒よろしく」
「おう」
「……うん? 一応は拭いてあるのかな?」
「はい、鞘に収める前に師匠から頂いた布で」
「なるほど。まぁ、普通ならこのぐらいきちんと拭いてあれば切れ味を取り戻すんだけど……ほら、ここ。少しだけ刃先が丸くなってしまっているよね。こういう時は軽く研いであげると良いんだ」
アレックさんは腰の袋から小さな砥石を取り出し水袋の水を掛けてから、器用な手つきでボクの剣を研ぎつつレクチャーをしてくれた。
「あくまで応急処置だけど、今はこんなもんかな。本来なら研いだ後に少しオリーブオイルでも掛けて拭き直した方が良いんだけどね。あ、それから砥石も本当は事前に水に浸けておいた方が良いよ」
「ありがとうございます。参考になりました」
「うん、さすがアレック。ジャン君、そういうわけで単体のゴブリンでも見つけたら相手してもらうから、そのつもりでね」
「はい、分かりました。あ、そういえば……」
「なぁに?」
「ゴブリンって、もっと群れで行動するイメージなんですけど、さっき見掛けたパーティが戦ってたゴブリンは二体だけでしたよね? アレックさんが倒した時も二体でしたし」
「あぁ、それはダンジョンだからかな。ダンジョンってのは不条理の塊でね。ダンジョンの中でしか起こらないことが山ほど起きるの。浅い階層ではゴブリンも少数しか居ないし、そんなに強いモンスターも出ない。何でかは私も知らないけどね」
「だな。例えば……ダンジョンの中のゴブリンはそんなに臭くねぇけど、外のゴブリンはそりゃあもうひでぇ臭いなんだぜ」
「そうでしたね。ボクも昨日、ゴブリンを倒したんですけど、確かに臭かったです」
「へぇ、もうゴブリンを倒したことが有るんだ。え、ちょっと待って。外のゴブリンだよね。さっき、ちらっと聞こえたけど……キミの師匠はゴブリンの群れの中に弟子を放り込むの?」
「いえ、たまたまハグレが居ただけでした」
「なるほど、ハグレね。ビックリしたぁ」
「おい、噂をしたせいじゃ無いとは思うけどよ……来たぜ?」
ゴブリン二体。
ボクの出番は無しか。
そう思った矢先……ミオさんが水弾の魔法を放つと、魔法を食らって頭部を失ったゴブリンは倒れ、あっという間に残り一体になってしまった。
「そんな話を聞いちゃうと、お手並み拝見したくなるわよね。頑張ってね、ジャン君」
可愛らしく舌をペロッと出してミオさんがウィンクしている。
いやいやいやいや……どうしてこうなっちゃうの?
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