第18話

 私塾での授業が終わり、アネットさんと約束していた通り、帰り道の途中に有る冒険者の宿に向かう。

 扉を開けるとアネットさんが、食堂と酒場を兼ねている一階部分で、あまり美味しくなさそうに料理をつついていた。


「アネットさん、お待たせしました」

「お、早かったじゃない。感心、感心。急いで来てくれたんだね~。マスター、邪魔したね」

「……暇な時間帯だからな。構わんよ」


 コワモテのマスターが愛想笑いもせずに見送る中、ボク達は宿を後にした。


「久しぶりに食べたけど、やっぱりマズかったなぁ。量と値段は良心的なんだけどね~」

「そうなんですか?」

「ギルドが請け負わないような安い仕事を、仲介料もロクに取らずに紹介してくれたりさ、宿泊費だって安いなんてもんじゃないんだよ。だけど、料理の味だけはマズいの。あと愛想が無いし顔も怖い。それでもイチから冒険者稼業を始めようと思ったら、ああいう宿は有難い限りなんだよ」

「アネットさんもあそこに?」

「ルーキーの年は入り浸りだったね~。まぁ、私の場合、宿泊場所は神殿の宿舎だったけどさ。今の仲間達と出会ったのもあそこなんだよ」


 スタスタと歩きながら、軽快な喋り口調で会話を続けるアネットさん。

 ボクは付いていくだけでやっとな状況で、あまり気の利いた言葉も返せずにいた。


「あ、ゴメンね。つい、いつものペースで歩いちゃってたよ」

「いえ、行き先は分かってますし……」

「まぁ、それはそうなんだろうけどね。そういや、ジャン君って魔法は使えるの?」

「はい。そんなに使える種類は多くないですけど」

「じゃあ、後で一通り見せてもらおっかな」


 歩くペースを少し落としてくれたアネットさんと雑談しながら町を歩く。

 サラ師範と同じ、ハーフエルフのアネットさん。

 美しい容姿だから、本来なら綺麗な女性と表現すべきなんだろうけれど、コロコロとよく笑うし、ずっと喋りっぱなしなせいか、綺麗と言うより明るい女の人という方が適切な気がする。


「……っていうワケだから、気楽にやろうね~。あ、着いた。着いた」


 冒険者ギルドは大通り沿いに有るから、この町の人間なら大体は場所を知っているハズだ。

 先ほど後にした冒険者の宿からは少し距離が有るんだけど、お喋り上手なアネットさんと一緒だったせいか、あまり時間が掛からなかったように感じた。


「アネット、思ってたより早かったじゃないか。そっちの少年がジャン君だね」

「……お、マジか?」

「何? セルジオの知り合いなの?」


 アネットさんのパーティメンバーの面々らしいのだが……中に一人だけ知り合いが居た。

 例のエルを連れ去ろうとした冒険者だ。

 見るからに好青年といった印象の男性と、何だかとても色気のある獣人女性は、そんな仲間を怪訝そうに見ている。


。ジャンといいます。よろしくお願いします」

「あぁ、よろしく。僕はアレック」

「アタシはミオ。見ての通り猫人族よ。よろしくね」

「……セルジオだ。こないだは悪かったな」


 セルジオ……さんは、少しバツの悪そうな顔では有るものの、ボクと知り合いなこと自体は隠そうとしないようだ。

 仲間内では情報共有しているってことかな?


「ん? じゃあ、この子なの?」

「待て、待て。ここをどこだと思ってやがる。馬車ん中で話せば良いだろ」

「それもそうね。アネット、さっさとその子のパーティ加入登録して来ちゃいなよ」

「ジャン君自身の冒険者登録が先だろ? いや、最近は一緒に出来るんだったかな?」

「やってみればわかるんじゃない? それにしてもジャン君がだったんだね~。さ、行こっか」


 ボクの冒険者登録と、アネットさん達のパーティへの加入手続き自体はすぐに終わった。

 冒険者の等級としては最低の十級だから、窓口で名前と年齢さえ書けばボクの登録は終わりだ。

 パーティ加入手続きも、正式加入ではなく見習い身分ならば難しい手続きは不要らしく、そちらも所要時間は大したこと無かった。

 空いてる時間帯だったことだし。


 やけにアッサリしてるけど……まぁ、実際はこんなもんなのかもしれないな。


 ◆


 ダンジョン。

 それは、この世界のあちこちに点在する謎の構造物。

 神々が与えた試練なのだとも、恩恵なのだとも言われている。


 ボクの生まれ育った町の近くにも、今から二十年ほど前に突如としてダンジョンが発生した。

 ややこしいのは、このダンジョンが発生した場所が、ボクの住んでいる町を治めるヨーク男爵(エルの父親)の領地ギリギリ……と言うよりは、隣接する領地を治めるウィリアムズ子爵の領地とのちょうど境目に位置していることだろう。

 距離的にはヨーク男爵領の領都でもあるウチの町からの方が、ウィリアムズ子爵領内の最寄りの村からよりも圧倒的に近いんだけど、領主同士の爵位の差も有ってか、ダンジョンの利権を独占するわけにもいかないらしい。

 とは言え、近いのは事実。

 ゆっくり歩いても大した時間は掛からないうえ、往復する馬車は常に発着しているから、それに乗りさえすれば午後から出ても、充分に日帰りが可能だ。

 しかも……今日からボクが見習いとしてお世話になるアネットさんのパーティは、自前の馬車を所有していて、軍馬としても通用しそうな立派な馬を二頭贅沢に馬車馬として活用している。

 目的地まで、あっという間に着いてしまった。


 車中では、セルジオさんがボクに一杯食わされた話でアネットさんとミオさんが盛り上がっていて、非常に賑やかだったのは言うまでもない。

 ちなみに御者は好青年ことアレックさんが務めていた。


「さて……ジャン君は一応荷物持ちっていう建前になってるから、コレ持っといてね」

「コレは?」

「まぁ、簡単に言えば見た目より沢山の物が入る袋だね」

「収納の魔道具っていうことですか? 見た目じゃ全然わかりませんね」

「あはは……ボロボロだもんね、それ」


 アネットさんから渡された袋はいわゆる背嚢はいのうというヤツで、見た目は確かにそんなに綺麗なものでもない。

 アネットさんが言うほどボロくも無いけれど。


「空間拡張の魔法だけしか掛かってないからな、それ。坊主、あんまり乱暴に扱わないでくれよ。お前さんなら大丈夫だろうけどな」

「ジャン君はアタシが守るから心配いらないわよ」

「そうだね。ミオ、ジャン君をよろしく」

「アネットこそ気を付けなさいよ。本職の前衛じゃないんだから」

「まぁ、今日は大丈夫でしょ。そんなに深く潜るワケじゃないし」

「そうだな。基本的には僕が敵の大半を引き受ける。アネットは無理をするなよ」


 アレックさんが純粋な戦士で前衛。

 アネットさんは神官戦士で、今日から前衛に加わる。

 セルジオさんは盗賊というか斥候というか、戦闘では遊撃。

 ミオさんは多彩な魔法を使いこなす後衛だが、獣人ならではの身体能力も兼ね備えていて近接戦闘能力も高いらしい。


 以前はアレックさんの奥さんも前衛で戦線を支えていたらしいんだけど、妊娠を機に一時引退。

 新しい前衛が加入するまでの間は、アネットさんが前衛を務めるらしいのだが、神官という貴重な回復役を完全に前衛として扱うのは、あまり得策とは言えないだろう。

 こうした調整期間の過ごし方は、パーティによってかなり異なるみたいだけれど、ボクみたいな後進の育成に取り組むことはギルドの心証が非常に良いらしい。

 問題が有るとすれば収入面だが、ギルドの心証さえ良ければ、危険性低めかつ割りの良い仕事も回してもらいやすいというから、アネットさんがボクを誘ってくれたのも、純粋な好意だけの話では無いみたいだ。

 そんな話を当のボクに包み隠さず喋っちゃうあたり、アネットさんが善人なのは間違いないんだろうけれど。


「了解。そんじゃあ気軽にいきますか」


 ボクにとって初めてのダンジョン探索が始まる。

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