第17話
「結論から申し上げますと……お力になれると思いますよ。細かいことはどうでも良いので、ウチの神殿で修行してもらいましょう。教義なんかを覚えるのは、後から何とでもなりますしね」
……それで良いのか、
◆
サラ師範が連れて来た女性は、これまたちょっと変わったヒトだった。
キッチリとした神官の衣装に身を包んだ人が来るのかと思っていたのに、着ている物は冒険者を生業にしている人とほとんど変わらないぐらいだし、本人から漂ってくる雰囲気も非常にユルい。
口調だけはきちんとしているんだけど、声は弾むように朗らかだし、言ってることもよくよく聞いていると何だか適当だ。
「アネット、もう少し言い方をだな」
「あら、サラがそれを言うの? あなたこそその男口調、少しは何とかならない?」
サラ師範とは仲が良いみたいだし、悪い人では無いんだろうけれど……。
「じゃあ、改めて聞きます。マリアさん、特定の神様の声は聞こえなかったんですよね?」
「はい」
「どういったタイミングで、魔法を使えるようになりましたか?」
「お兄ちゃんが道場から帰って来た時、おでこにケガをしていて……治療はしてもらっていたみたいだったけど、あて布から血がにじんでいて痛そうだなぁって思って……」
「なるほど、それで?」
「私に出来ることなら治してあげたい。そう、強く思いました。もちろん、治癒魔法が使えるなんて思っていませんでしたけど、何故だか手をいつの間にか伸ばしていて……気付いた時には手から暖かい魔力の波が、お兄ちゃんの傷口に向かって放出されていたんです」
「うん、典型的な聖女様誕生のパターンだね。それからは?」
「いえ、幸い誰もケガをしていませんから、治癒魔法を使う機会は無かったです」
「そう……それ閉じちゃうと困るし、ちょっとだけ待っててね」
言うが早いか、腰のベルトから太い釘のような物を取り出して、自分の親指の付け根あたりを浅く傷付けた。
「はい、コレ治して……あ、痛い。痛い。ちょっと予定より深く傷付けちゃったかも~」
えーと……恐ろしく棒読みなんですが?
「大変! でも、どうやれば?」
こんなに下手な演技なのに、マリアはしっかり慌てている。
あたふたしているマリアを不憫に思ったのか、サラ師範が口を開きかけたその時、アネットさんがそれまでのユルい雰囲気が一転、鋭くサラ師範を睨み付けた。
「マリアちゃん、難しいことじゃあないの。この傷を治したいって、心の中で何回も念じながら手をかざしてみて。あなたなら、それだけで出来ちゃうから」
「はい! こう、ですか?」
「そうそう。多分、もうちょいで……」
マリアがアネットさんの傷口を手で包み込むようにしながら、うんうん唸っている。
本当にこんなことで再び治癒魔法が使えるのかな?
ボクも両親もサラ師範も固唾を飲んで見守っている中……フワっと優しい光がマリアの手からこぼれ落ち、アネットさんの傷を癒していく。
「うん、完璧! 凄く良質な魔力だね。マリアちゃん、才能有るよ」
「やった。アネットさん、もう痛くないですか?」
「うん、もう平気よ。すっかり元通り。やっぱり優しいのね、聖女様は」
あ、いつの間にか口調が……。
「……と、まぁ、こんな感じで指導をしていくワケです。今後は実際に神殿の運営する施療院で経験を積むことで、安定して魔法を使えるようになってもらいます。問題なく使えるようになったら、ウチの神殿への奉仕実績をもって、マリアさんの神聖魔法習得を既成事実化していく形ですね。もちろん最初は顔や素性を隠してもらう必要がありますが、ウチの神殿は昔からそういうの得意ですから」
そう言いながら、アネットさんは背負っていた袋から真っ白なローブを取り出した。
「はい。マリアちゃん、ちょっとコレ着て来てくれる?」
「分かりました」
素直にローブを受け取って、居間を後にするマリア。
「……さて、何かご質問が有れば承ります」
「娘は今のところ、サンダース師の私塾に通っているんですが、そちらに通う頻度はどれぐらいに? 欲を言えば娘にも、そのうち剣を習わせたいと思っていますので」
「一般的な私塾なら、四日ないし五日に一回はお休みが有りますよね? その時に気が向いたら来て下されば充分ですよ。あ、でも安定して魔法が使えるようになるまでは、なるべく毎回こちらに通って頂いた方が良いかもしれませんけど。私もサラの道場に通いながら修行していた時期が有りますから問題ありませんよ、お父様。練習すべき魔法だって、際限なく使えるワケではありませんし」
「なるべく、あの子には自由にさせてやりたいんです。唯一神の教団から目を付けられてしまった場合に、そちらの神殿はお力になって頂けるのかしら?」
「あぁ、それが一番心配ですよね。でも大丈夫です、お母様。いざとなったら、ウチの神殿が……って言うより、万神教に属する全ての神殿が力になります。少なくともこの町では連中の好きにはさせませんよ」
両親それぞれにホッとしたような表情で頷いている。
ボクとしては、マリアが唯一神教に無理やり『聖女』として認定されて、籠の中のピクシーのような状態にさえならないのなら、それで良い。
「まぁ、コイツはこんなですが芯はしっかりしていますし、何よりお嬢さんと同じ境遇で太陽神の神殿にお世話になっている身です。誰よりも親身になってくれると思って連れて来ました」
「あ、サラ。それ言わないでって言ったでしょ? まぁ、今さらの話だから良いんだけどさ。ところで……ジャン君だったっけ?」
「はい」
「最近、サラがいつもキミのことを話しているから気になってたの。かなり素質があるみたいだね。もう冒険者登録は済ませたの?」
「いえ、それはまだです。そのうちにとは思っているんですけど……」
「あら、それはもったいない。デメリットなんか特に無いんだし、登録するだけ登録しておいたら良かったのに」
「登録しても結局このトシじゃ、まともに活動出来ませんから」
「それはツテが無ければの話でしょ? 良かったら、ウチのパーティの荷物持ち兼見習いでもする?」
「おいおい、アネット。たしかにジャンは有望だが、アネットのパーティについていけるほどでは無いぞ? もちろん、今のところは……だが」
「それがさぁ、知らなかった? ララとアレックが結婚するってんで、ララが引退しちゃうんだよね。しばらく無茶は出来ないし、新しい前衛の募集が終わるまで、のんびりしようかなって話になってるの」
「む、そうだったのか? ララは何だかんだで結婚しても現役続行すると思っていたが」
「まぁ、ララならそう言いそうだよね。でも、アレなの。お腹にね、その……アレックのね」
「……なるほどな。それなら将来的にはともかく、今は引退しておくしか無いか」
「ジャン君、どう? あんまり危ないとこには行かないつもりだし、お試しでやってみる?」
「そういうことなら、喜んで……って、父さんと母さんも、それで良いかな?」
「ん? 薬草採取や町中での雑用をするぐらいなら稽古や勉強を優先して欲しいが、アネットさんのパーティは有名なんだぞ。そこの見習いなら、父さんは大賛成だ」
「そうね。母さんも、ちゃんとした冒険者のパーティなら賛成よ。アネットさん……マリアのこと。それからジャンのこと。宜しくお願いしますね」
「はい、お任せ下さい。あら……マリアちゃん、似合うじゃない」
いつの間にか、着替えて戻っていたマリア。
……マリアだよな?
ローブがダボダボ過ぎて、もし別人がこれを着ていても気付かないかもしれない。
「これ、ちょっと大きすぎませんか?」
「まぁ、人相その他もろもろを分かりにくくするためだからね~。ちなみに、あんまり強い魔法じゃないけど、印象を薄くする効果が有るんだよ、それ。フードを被らないと発動しないんだけどさ」
一種の魔道具だったのか……道理で。
「それ、預けとくからさ。私塾がお休みの日に、それ着てウチの神殿に来てね。ジャン君は……明日の予定ってどうなってる?」
「明日は、私塾に行ってからサラ師範の道場に向かうつもりでいました」
「そっか、そっか。じゃあ、私塾からの帰り道。途中に冒険者御用達の安宿が有るよね? そこで待ってるから、私塾が終わったら来てちょうだい。とりあえず登録だけしちゃおうよ」
「はい、分かりました」
「よし、決まりだね。ジャン君、マリアちゃん、これからヨロシクね~」
こうして……アネットさんという風変わりな神官の女性と縁が出来てしまった。
ボクもマリアも……。
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