第14話
草を掻き分けて現れたのは、ボクよりは少し背の低い……それでいて妙に大きな頭を持った緑色の亜人だった。
ワシ鼻、エルフ並みに尖った耳、まばらな頭髪、それに何より濃緑の肌。
それはボクの知る限り、ゴブリンと呼ばれているモンスターの特徴だ。
ボクが居ることに気付いていなかったのか、目を丸くしながらグゲグギャと意味の分からない声を上げている。
……もしかして喜んでいるのかな?
ゴブリンからしたら、ボクみたいな人間の子供は格好の獲物に見えているのかもしれない。
簡単に負けてやるつもりは無いけれど、明確な敵意を持ったヒト型のモンスターと戦うのは、これが初めてだ。
上手くやれるかは正直ちょっと不安だけど、話に聞いている限り、ゴブリンは単体なら恐ろしいモンスターでも無いらしい。
負けてたまるか。
……あ、待てよ。
ファングラビットとは違って、ゴブリンは決して素早いモンスターでは無いようだ。
それならボクには、アレがあるじゃないか。
幸いカール先生から頂いた剣を警戒しているのか、ゴブリンはジワジワと接近して来ている。
ファングラビットのように、とにかく突進されていたらボクも剣で立ち向かうしか無かったかもしれないけれど、慎重に間合いを詰めて来るゴブリンが相手なら、サンダース先生から習った魔法を試す大チャンスだ。
眠りの霧の魔法。
無事に発動した魔法の霧がゴブリンを包む。
バタリと倒れたゴブリンは、倒れた拍子に起き出すようなこともなく、深く眠っているように見える。
悪知恵だけは働くモンスターだという話だから寝たフリをしているだけかもしれないけど、あまり慎重になりすぎても今度はせっかく眠らせたゴブリンが起きてしまいかねない。
警戒は怠らず……それでもなるべく素早く近寄り、一気に剣を仰向けに寝ているゴブリンの首に突き立てる。
刺した途端、ビクンとゴブリンの身体が跳ねた。
ジタバタと暴れるゴブリンを足で押さえつけながら、グイグイと剣を押し込んでいく。
首の骨にでも当たったのか、上手く貫通してくれない。
ゴブリンは剣を両手で掴んで抜こうとしている。
刃物を握って出血するのも構わず必死の形相で……。
思わず戻しそうになるのを無理やりに我慢して、剣を揺すりながら押し込み続ける。
暫くして……唐突にゴブリンの抵抗する力が抜けた。
さっきまでギョロギョロと忙しく動いていた目玉は、瞳孔が開いたまま全く動かなくなっている。
剣を握りしめていたハズのゴブリンの両手は、力無く降ろされていた。
いつの間にか、剣はゴブリンの首を貫通して地面にまで到達していたようだ。
自分のやったことでは有るけど、力尽きたゴブリンの死体は無惨な有り様だった。
……と、ゴブリンの身体が白い光に包まれ始めた。
魔素の昇華。
今日この現象を目にしたのは、これで何回目だっただろうか。
ゴブリンの死体が消え去った後には、ひどく小振りな……それでもファングラビットのそれよりは少し大きな魔石が残っていた。
ボクはそれを拾い上げて、ため息を一つ吐く。
うん、思っていたよりはツラくない。
これからこういうことは何度でも経験していくことになる。
モンスターとの戦闘を繰り返すうち、徐々に精神面も強化されていくらしいのだけれど、なるべくなら余計な感傷を抱かないでいられた方が、精神を蝕まれずに済むだろう。
放っておいたら際限なく増えて悪さをするのがゴブリンというモンスターだ。
ゴブリンを倒すたんびに気持ちがへこんでいるようでは、恐らくボクは何者にもなれない。
『ジャン君、お疲れ様~。まさかゴブリンがこの辺りに出るなんてね。どうやら、いわゆるハグレだったみたいだけどさ。これは大サービスだけど、近くに他のゴブリンは居ないみたいだよ。群れで行動していたりはしなかったようだ』
ハグレ……そっか、それで一匹で行動していたのか。
剣を突き刺してからの押し合いの最中、何回も周囲を確認していたけれど、仲間のゴブリンの姿はついに現れなかった。
サンダース先生から習った限りでは、ゴブリンが単体で行動することは極めて稀だと聞いていたから、ちょっと不思議に思っていたんだ。
『あ、それから……よく冷静に相手の動きを見れていたと思うよ。あの場で魔法を使わないようなら正直ボクに弟子入りするより、サラちゃんのところで修行に励む方が良いと思う。そういう意味でも合格だね、これは。さぁ、ゴールまであと少し……気を抜かずに頑張ってね~』
カール先生からの一方的な通信は、それを最後に聞こえなくなった。
チラっと上空を見てみても、カール先生の姿はやっぱり見えない。
かなり高いところから見ているようだ。
さぁて、ゴールはどうやら近いらしい。
変に油断してファングラビットあたりにガブってやられないようにしないといけないけれど、お腹もすいてきたことだし、さっさとゴールしてしまおう。
◆
「ジャン君、お疲れ様~。初めてのモンスターとの戦闘はどうだった?」
「正直かなり緊張しました。カール先生が見守ってくれているっていうのは心強かったんですけど、時々それを忘れてもいましたね。とにかく必死だったんだと思います」
「そっか、そっか。上から見ている限りでは危なげ無かった様にしか見えなかったけど、ジャン君もやっぱりヒトの子っていうことだね。ゴブリンは想定外だったんだけど、魔法を使ったタイミングも、切れ味が落ちてきていただろう剣を刺すことに使ったことも、ボクから見ればかなり高く評価出来るポイントだったよ。やるねぇ、ジャン君」
「ありがとうございます」
「それはそうと……お腹、すいてないかな? いきなりの試練で頑張ったご褒美に、今日は美味しいものをご馳走するよ。ジャン君は何が好きなんだい?」
「お腹は減っていますね。あまり好き嫌いは無い方なんですが、強いて言うなら魚料理が好みです」
「お、良いね~。じゃあ、あそこかな。また飛ぶけれど、驚かないでね」
言うが早いか、カール先生の発動した瞬間移動の魔法によって、ボク達はまた一瞬で別の場所へと転移していた。
……何だか変な匂いがする町へ。
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