第13話
カール先生が見守ってくれているとはいえ、助けてくれるのは本当に危なくなった時だけだと思っておこう。
最初から甘えた気持ちでいるのは、決してボクのためにならないと思う。
見渡す限りの大草原……と言っても草の長さは一定ではないから、モンスターが潜んでいるとしたら、とりわけ背の高い草むらの陰が怪しい。
それと同時に疑うべきなのは、例えばボクの膝ぐらいの高さしかないような茂みでも隠れられるような、そもそものサイズが小さな魔物。
地中や空から急に襲って来ることも考えられるけれど、さすがにそこまで厄介なモンスターが現れるような危険地帯に、いきなり連れて来られることは無いと信じたい。
まぁ、姿の見えないモンスターに怯えているばかりでは、カール先生の指定した川とやらに辿り着くまでに日が暮れてしまいかねないから、今は進んでいくしかないだろう。
◆
「……出ないなぁ」
正直、拍子抜けだ。
ずっと剣をいつでも振るえるように構えているワケにもいかないし、魔法を発動待機状態にしておくのもツラい。
結局途中からは、怪し気なところには近寄り過ぎないようにだけしながら、なるべく先を急ぐようになっていた。
おっかなびっくり剣を構えながら歩いていた様子を、上空からカール先生が眺めていたかと思うと、ちょっとだけ恥ずかしい。
しかし、歩けど歩けど川の姿どころか、水の流れる音すら聞こえて来ないんだけど……方向を間違えていたりしないよな。
少し不安になった僕は、思わず上空を見上げてしまったがカール先生の姿はよく見えない。
遠見の魔法を使えたら見えるかもしれないけど、まだ教わっていないから使いようも無かった。
カール先生は恐らく使っているんだろうけれど。
──ガサッ。
ん?
今の物音は何だろう?
右手前方の茂みから音がしたように思えた。
念のため、剣を構えながら歩いていく。
カール先生から聞いた限りでは、ここいらはモンスターがそれほど出ない地域ということだから、単なる野生動物という可能性も有るけど気を抜いて良い理由にはならない。
結果的に多少茂みから遠ざかるように進んでいたのは正解だった。
最近の生活スタイルの変化でボクの背丈が伸びていなければ見えなかったかもしれないが、何やらモコモコした毛並みを持った生き物が、隠れている。
……ウサギ?
ボクの視線を感じたせいか、ピョンっと茂みから跳び出して来たその生き物の特徴は、サンダース先生の授業で習ったウサギという生き物そのものだった。
口のはしから覗く左右に一本ずつ見えている鋭く長い牙を除けば……だけど。
一見すると可愛らしいのに、牙で全てが台無しだ。
赤い眼もこうして見ると恐ろしく感じる。
そのまま、お互いに様子を見ているような時間が続く。
凄く長い時間だったのかもしれないし、あるいは大して時間が経っていなかったのかもしれない。
牙ウサギが一気に跳び掛かって来たのは唐突だった。
じっと相手を見ていたからこそ避けられたけれど、これがいきなり茂みから襲い掛かって来ていたら、危ないところだっただろう。
たまたま空を見上げたから、タイミングがズレて物音に気付けた。
もしかしたらボクは、自分で思っているより運が良いのかもしれない。
牙ウサギが先に敵意を見せつけてくれたのも良かった。
鋭い牙と素早い動きに命の危険を感じたせいか、何のためらいも無く剣をスレ違いざまに振りきることが出来たのだし。
さんざん『相手の攻撃をただ躱すな』とサラ師範から教わっていたおかげで、スムーズに出来たカウンター。
その一撃で牙ウサギは左前脚を失い、脇腹をザックリと切り裂かれた状態で地面をジタバタと転がっている。
……ゴメン。
ボクは生き物を殺すことを好むワケでは無いけれど、苦しんでいるウサギを楽にしたい気持ちも相まって、案外ためらわずにトドメを刺すことが出来た。
ここで躊躇しているようではボクの目指すところには到達出来ないだろうし、それを事前に思っていたよりはスマートに済ませることが出来て、正直なところホッとしている。
『やるね、ジャン君!』
いきなり聞こえて来たカール先生の声は、ボクの耳に届いたのではなく、頭に直接響いて来たように思えた。
『あはは。伝心の魔法は初めてかい? そっちからの声をボクに届かせることも、そのうち教えてあげるから期待しといてね。さて……まずはお見事! ファングラビットは決して強い魔物ではないけれど、ある意味では厄介な魔物なんだよ。なんせ、パッと見だけは可愛らしい見掛けをしているからね。最初に相手をする魔物としては嫌な魔物かもしれない』
それはまぁ確かに。
あのウサギ……ファングラビットって言うのか。
『キミの心底を試すという意味では、正直これでもう合格だけどね。せっかくだから、ちゃんとゴールまで辿り着いてもらうことにしよう。なに、ジャン君なら大丈夫だろうさ。じゃ、引き続き頑張ってね~』
カール先生の声はそれきり聞こえて来なくなった。
声に気を取られているうちにファングラビットの姿は無くなっている。
代わりに、ウサギの脚を模した飾り物が転がっていた。
サイズ的には耳飾り……とかかな?
男のボクがモフモフしたアクセサリーを耳にぶら下げて歩くのは、少々気恥ずかしいからズボンのポケットにしまっておくことにしよう。
こうしてモンスターが落とす品物は、物によっては高値で取り引きされることも有るらしいし、大した値段がつかない物でも本当に無価値な物は落とさないらしいから。
単なる魔石じゃなかったのは運が良いのだと思う。
◆
しばらく歩く間、何度かファングラビットの襲撃を受けた。
しかし、それは別に奇襲を受けたということじゃあ無い。
ファングラビットとしては、奇襲をしたいところなんだろうけれど、姿を隠しきれていなかったり、襲って来る前に物音を立ててしまっていたりで、残念ながら奇襲として成立していなかった。
最初は驚かされた跳躍の速さも、もうすっかり慣れっこだ。
戦利品は魔石ばかりで代わりばえしないけど、本来はこれが普通だということぐらいボクだって知っている。
ガッカリする理由にはならない。
それにしても……まだほんの数回ファングラビットと戦っただけなのに、剣の切れ味は明らかに悪くなっている。
比較的大きめな葉を見つけては、剣の切れ味を落としてしまっているウサギの脂を拭ってはいるけれど、さすがにそれですっかり元通りとまではいかない。
先ほど倒したファングラビットには、かなり強引にトドメを刺す形になってしまった。
こうなってくると無闇やたらにこちらから敵を探して倒しにいくことなんかは、絶対に避けなくてはいけない。
どうか襲われませんように……。
神殿に行ったことすら無い幸運の神様にそんな祈りを捧げてみたけれど、さすがにそんなムシの良いお願いごとを叶えてくれるほど、幸運の神様も暇では無いようだ。
ひときわ背の高い草むらをガサガサと掻き分けて、何かが近寄りつつある。
大きい……かな?
恐らくファングラビットでは無いだろう。
進行ルートを変えすぎると方向を見失ってしまう可能性も有るから、避けて通ることはかなり難しい。
結局、ボクはそれを油断無く待ち構えることにした。
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