第12話

「やぁ、よく来たね!」


 執事らしい壮年の男性に案内されて訪れたランバート師の私室。

 ランバート師は、朝早く訪れたボクに嫌な顔一つ見せず、むしろ満面に笑みを浮かべて僕を出迎えてくれた。


「おはようございます。ランバート師。朝早くから申し訳ありません。ご迷惑かとも思ったのですが、初日からお待たせするよりはと……」

「ううん、良いタイミングだったよ。年寄りは朝が早くてね。今ちょうど、君を迎えに行こうかどうしようか悩んでたとこなんだ。さぁ、そんなところに突っ立ってないで、まずは座って座って!」

「失礼します」

「しっかし、やっぱりちょっと固いよね。とりあえずそのランバート師……っていうのは、師匠権限として禁止しとこっかな」

「……では、どうお呼びすれば?」

「そんなの適当で良いんだけどね。うーん、じゃあカール先生ってのはどう? なんなら呼び捨てでも構わないよ?」

「いや、さすがにそれは無理です。では、カール先生。今日は何を?」

「ボクの研究テーマは一応、画期的な魔導師育成の方法論ってことにしたからね。ひたすら君を鍛えるだけさ。うん、身体は鍛えているようだね。ジャン君は武器は何を?」

「剣を習っています」

「へぇ! じゃあ、アイン流とかかい?」


 剣聖アインが起こしたとされている流派……アイン流。

 世界中で支持され、最も多くの門弟を抱えている一大流派だ。

 ボクの友達のサムソンも、この流派の道場に通っている。


「いえ、ボクはアリシア流の道場に通っています」


 アリシア流はサラ師範の母が起こした流派……らしい。

 道場は、サラ師範の道場一つきり。

 限りなく無名に近いと思う。


「へぇ! そりゃあ良い選択をしたね! ボクも若い頃は通っていたものだよ。いわゆる目録ってヤツをアリシア師範から頂いたなぁ。アリシア師範は元気かい?」

「いや、ボクは残念ながらお会いしたことが無いんです。今はサラ師範……アリシア師範の娘さんが道場を運営しておられます」

「ふーん、そうなんだ。あのサラちゃんがねぇ。何やら急に自分が年寄りになった気がするよ」


 アリシア師範は、既に引退されている。

 道場の古株の人が言うには、旦那さんが亡くなったことがきっかけらしいのだが、詳しい事情までは分からないらしい。

 年に数回程度は、道場にも顔を出すと聞いた。

 アリシア師範がエルフで、サラ師範がハーフエルフということは……旦那さんが先に亡くなられるのも無理はない。


「それにしても……まさかカール先生が同門の大先輩だったとは思いませんでした」

「魔導師が後ろでふんぞり返って呪文を詠唱していた時代なんて、遥か昔の話だよ? 当然、自分で自分の身を守る手段ぐらいは習得していて然るべきさ。それにボクはこの町の出身だ。昔はミニラウが剣を習うなら、アリシア流しか無かったしね」

「なるほど……っていうことは、もしやサンダース先生も?」

「いや、サンダース師匠の時代は、それこそ魔導師は背後に控えていた頃だからね。そのスタイルが捨てられなくて、小さな私塾を構えているっていうワケなんだ。もったいないにも程があるよ、まったく……って、何でこんな話をしてるんだっけ?」

「えーと……カール先生の研究テーマの話から、ボクの流派の話になって、です」

「あ、そかそか。アリシア流で鍛えてるんなら、まぁ何の心配もいらないか。今日は君を素敵なところに連れて行ってあげるよ」

「え、それはどういう……?」

「ふふっ、ちょっとだけ待ってね。もうするからさ」


 ●


 次の瞬間、ボク達は大草原に居た。


 座ったままの姿勢だったから、しりもちをつきそうになって……なんとかギリギリのところで体勢を立て直すことに成功する。

 ──瞬間移動の魔法。

 いきなり何の前触れもなくカール先生が使った魔法は、そんな規格外の魔法で……それは、カール先生の実力の高さを否応なしに示すものだ。

 それにしても、ここはどこだろう?


「お、ジャン君やるねぇ。今のイタズラで転ばなかったのは大したものだよ。今日はここで、君の心底を見極めようと思う。あっちに行くと川が有るから、そこまで自力で辿り着いてね。あ、そうそう。コレを君にあげよう」


 カール先生が何も無いように見える空間から無造作に取り出してみせたのは、一本の剣。

 鞘も何も無い抜き身の真剣だ。

 先生に渡されるままに手に取ったけれど、思っていたよりは軽かった。

 ちょうどボクが道場で振るっている木剣と同じか、僅かに重いぐらい。


「ここいらは、あんまり魔物が出ないので有名だけどね。それでも全く出ないワケじゃないから、今の君にはちょうど良いと思うよ。ボクは上から見守ってるから、基本的には君独りで歩いてもらう。ゴールしたら……そうだな。サンダース師匠が私塾じゃ絶対に教えていないだろう魔法を一つ伝授しよう。じゃ、ボクはこれで……」

「あ、ちょっと!」


 言うが早いか、あっという間にカール先生は上空へと飛び上がって行ってしまった。

 飛空の魔法……か。

 瞬間移動の魔法の後だから驚かないで済んでいるだけの話で、やっぱりカール先生の魔法の実力は、とんでもない水準にあることは間違いない。


 何もかもがいきなり過ぎて戸惑うことばかりだけど、これはまたとないチャンスだ。

 基本的にボクらぐらいの年齢だと、町の外には出してもらえない。

 ボクの目標を実現するには早い段階から、こうして町の外に出てモンスターと戦う必要が有るけれど、それをするには色々と越えなくてはいけない障害が有った。


 まずは年齢。

 これは来年、私塾を出たぐらいの年齢でもクリア出来る問題だが、まだ半年近く待たなくてはいけないハズだった。


 次に資格というか所属というか、外に出してもらえるようになるためには、少なくとも冒険者のパーティに頼み込んで荷物持ちぐらいには認められる必要がある。

 それ以外なら、騎士団の従僕とか、衛士見習いだとか、早い段階から外に出てモンスターと戦う訓練を受けられる身分を得なくてはならない。

 そうでないなら、成人を待たなくてはいけないから、その場合は更に三年も待つ必要があった。


 最後に……これが最も重要なのだが、ボクが実戦に耐えられるだけの精神力を持っているかどうか。

 剣術道場や魔法学院で優秀でも、実際にモンスターと戦う段階になって躓く人は、かなり多いらしい。

 一生そうした荒事が出来なくなるぐらい、メンタルが弱い人というのも少ないとは聞くけれど、ボクがそうでない保証はどこにも無い。

 これを今のうちに確かめられそうなのは、非常に大きいと思う。


 カール先生から与えられた最初の試練。

 ……ボクは絶対に乗り越えてみせる!

 無力な自分にガッカリするのは、もう二度と御免なんだ。

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