第15話

「カール先生、ここは?」

「とある海辺の港町……ってとこかな。魚料理なら、ここのが抜群に美味しいんだよ」


 海辺っていうことは、ボクは生まれて初めて外国に来たことになる。

 何しろボクが生まれ育った国には海が無い。

 ペアー湖という大きな湖が、国の中心部に有ることは広く知られているけれど。


「海の魚はね。川や湖でとれる魚とは、そもそも風味からして違うんだ。ジャン君も気に入ってくれると思うよ。海も見せたいところだけど、まずは食事からだね」

「そうですね。ところでカール先生」

「ん~?」

「さっきから、ずっと気になっていたんですけど、この匂いは何の匂いなんですか?」

「匂い? あぁ、これは色々だね。これがいわゆる潮の匂い……って言いたいところだけれど、港の方で干している魚の匂いだったり、そこらのお店から香って来るのはある珍しい調味料を使って煮炊きしている時の匂いだったり、まぁ本当に色々だよ」


 なるほど……。

 多分、一番強い匂いは潮の匂いで間違いないんだろうとは思う。

 少し生臭いようなのは、干物にする途中の魚の匂いだろうか。

 説明のしようも無い、本当に初めて嗅ぐ匂いはカール先生の言う調味料の匂いなんだろうな。

 ちょっと、どんな料理が出て来るか不安になってきた。


「まぁ、そんなに心配はいらないさ。お、ココ良さそうだね。新しいお店かな? ボクも初めてだけれど、このあたりに店を構えられるなら間違いは無さそうだし……」


 え……これ、お店なの?


 何やら立派な造りの門は木製。

 少し風合いの違う素材で作られた、横にスライドさせるタイプの扉。

 看板も重たそうな木材で作られていて、ボクには読めない文字が書かれている。


「ようこそいらっしゃいました。お二人様ですか?」

「うん、見ての通りさ」

「では、こちらのお部屋へどうぞ」


 飛び飛びに配された石畳を歩き、入り口らしき扉を開けると、見たことの無いような服装の女の人が案内してくれた。

 店内は隙間なく綺麗に敷き詰められた石畳で、内装もまた独特。

 所変われば……っていうところなんだろうけど、先導してくれている女の人の髪のまとめ方なんかもちょっと風変わりで、ボクに『よその国に来たんだ』っていうことを強く意識させるものだった。


「お品書きはそちらになります。お決まりになりましたら、お声掛け下さい」

「ありがと」

「ありがとうございます」


 案内された個室には、テーブルと椅子、それから異国情緒たっぷりの絵が掛けられていた。

 ドラゴン……にしては、少し雰囲気が違う気がする。

 ひょろ長いというか何というか。


「靴を履いたままで食べられるお店みたいで良かったね。久しぶりだから、ちょっと忘れてたよ。さて、注文するメニューはボクに任せてもらっても良いかい?」

「あ、はい。お願いします」


 メニュー表を見せてもらったけれど、やっぱり読めなかった。

 ここはもしかしたら、違う大陸なのかもしれない。

 文字が違うということは、その可能性が極めて高いと思う。


「決まったよ~!」

「はぁい、ただいま~」


 先ほどの女の人とは違う店員さんがやって来た。

 たれ目で少しふっくらした顔立ち。

 見慣れない獣の耳と、しましま模様のシッポ。

 獣人さんなのは間違い無さそうだけれど、どんな獣の力をその身に秘めているかまでは、ボクには分からなかった。


「えーと、コレとコレとコレを二人分。ボクにはコレもちょうだい」

「かしこまりました。少々お待ち下さいませぇ」


 カール先生が頼んだ料理がどんなものか分からないのは不安だけれど、おっとりとした店員さんの笑顔で少しだけその不安が取り除かれた気がする。

 さっきの女の人もそうだったけど、物凄く丁寧な接客だと思う。

 父さんに連れられて外食した時のことを思い出すと……色々な意味で、このお店の店員さん達の方が優秀に思えるようになってきた。

 そう変なモノは出てこない気がする。


「なんか緊張してる? 大丈夫だよ、多分。基本的には食べやすそうなのを頼んでおいたし」

「なんだか見慣れないモノばかりで……それにさっきの店員さん。あまり見掛けない種族のようでしたね」

「あぁ、たしかにタヌキ獣人は、この国以外だと珍しいかな。たくさん居るのは獣王国とここぐらいかもね。あとは帝国に少しだけ。のんびりしてそうに見えるけど、あれで先天的な魔力には恵まれた種族なんだよ」

「そうなんですか。そういえば、ここって中央大陸じゃないですよね?」

「お、さすがに気付いちゃった? ここは西の果て……恵まれた島と呼ばれる島にある、とある港町さ。あんまり広い島じゃないんだけど、いっぱい王様がいて常に戦乱状態だったりもする。それさえ無ければ永住したいぐらい良いところなんだけどさ」

「恵まれた島……え、ここがそうなんですか?」


 恵まれた島といえば、遠いなんてもんじゃない。

 歩いて来たら百日やそこらじゃ到達出来ないぐらいのところだし、途中に危険な難所も多い。

 鉱物資源、水産資源、気候風土……全てが理想的とされ、独自の文化を持った島としても有名だ。

 サンダース先生の授業ではそこまで詳しいことは教わらなかったけれど、ちょっと思い付くだけでも、大陸からの侵略を一切寄せ付けずにいるということや、独特な魔法体系、変わった風習、カタナという名前の物凄い剣など、何かと逸話の多いところだったりする。


「うん、ここがそう。この町は島の東端に位置した町だから大陸との交流も盛んで、ボク達みたいなよそ者にも寛容だけどね。内陸の方に行ったら問答無用で襲われたりもするから、将来この島に来ることが有ったら気を付けてね」

「あはははは……来れたら気を付けます」


 雑談して待つうち、注文した料理が次々に運ばれてくる。

 串に刺さったまま焼かれたらしい、見たことも無い魚の塩焼きは、臭みも全く無くて味も今まで味わったことが無いぐらい美味しかった。

 次に運ばれて来たのは見慣れない貝の入ったスープ。

 味付けは塩だと思うんだけど、それにしては味わい深い。

 カール先生が言うには『ダシ』というものが、この旨味の正体らしい。

 焼かれた魚の切り身が乗ったライスは、茶色くて甘辛いタレが掛けられていて、初めて口にしたのに美味しくてたまらなかった。

 そして……カール先生が一人で食べている魚の切り身。

 どう見ても生のまんまなんだけど、お腹を壊したりしないんだろうか?


「カール先生、それ大丈夫なんですか? ボクには生に見えるんですけど……」

「うん、生だよ? 良かったら食べてみなよ、美味しいから」

「え? 本当に生なんですか?」

「うん。サシミっていう料理だよ。生で食べても大丈夫なぐらい新鮮な魚だけを、こうやって食べやすいサイズに切り分けて……まぁ、良いや。とにかく食べなよ。師匠命令ね」


 恐る恐るフォークを伸ばして、なるべく色味の良さそうな切り身を頂く。

 先生が先ほどから『サシミ』を浸している黒っぽいソースにつけて、おっかなびっくり口へと運んだ。

 ……美味しい!

 え、生の魚ってこんなに美味しいの!?


「どうだい? あ、その顔は気に入ったね。もっと食べる?」


 ◆


 結局、その後もお腹いっぱいになるまで、先生に勧められるまま色々な料理をご馳走になってしまった。

 恵まれた島……最高すぎだよ。

 いつか絶対にまた来たい。


 カール先生は帰ってから、約束通りボクに新しい魔法を教えてくれた。

 直接的に敵を傷付ける魔法。

 これは使いどころを間違っては、絶対にいけない魔法だと思う。


「じゃあ、今日のところはここまでだね。良い弟子に恵まれてボクは幸せだよ。次は四日後だね。それまで、しっかり復習しておくこと。それから、剣の手入れの仕方をサラちゃんから教わっておきなね? ボクの手入れの仕方は独特だからさ。専門家から習った方が良いよ」

「はい! 今日はありがとうございました!」


 カール先生のアトリエを出たボクは、まだサラ師範との約束の時間までかなり間が有ることに気付き、ある場所へと向かった。


 さっそく魔法の練習をするために……。

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