第10話
「やぁ! キミがジャン君かい? はじめまして。ボクはカール。一応、来年からキミの師匠っていう立場になる予定さ」
……は?
私塾から帰り、今日は道場に……と思った矢先、母さんから『お友達が来たわよ』と声を掛けられた。
今日からトーマスが一緒に道場に通うことになっていたので、てっきりトーマスが迎えに来たのかと思ったが、オレの前に進み出た少年が開口一番でそう言い放ったのを聞いて、思わず固まってしまう。
確かに言われてみればサンダース先生と同じく耳の先がほんの少し尖っているから、自称カール・ランバート師は本物の可能性が高い。
それにしたって、仮にも一国の柱石とまで言われた大魔導師がこんなに気安く街中に出てくるものだろうか?
「何、何? もしかしたらサンダース師匠から何も聞いてなかった? どうして固まっちゃってるの?」
「いや、だって……」
「だって……何?」
「ランバート師ほどのお方が、こんなところに気軽に来るなんて思ってもみなかったものですから」
「そっか、そっか。でもボク
「そうなんですか……いや、それはともかくですね。今日はどうして?」
「ん~。サンダース師匠の推薦なら間違いないとは思うんだけど、一応は弟子予定のジャン君がどんな人かの確認かな。簡単に言うなら、キミの顔を見に来ただけなんだよ。ちょっと堅苦しい喋り方はマイナスだけど、性格は悪く無さそうだ。それに……キミ、何か目標が有るんだろう? なんかそんな顔してるよね」
目標……確かに、有る。
今はまだ、人に言えるようなものでは無いけれど。
「お、図星かぁ。良いね、良いね。よ~し。じゃあ……光源の魔法を見せて。さん、はい!」
いきなりだったが、幸いランバート師の奇人ぶりに身構えていたボクは、あまり合図に遅れることなく指定された魔法を発動させることに成功した。
「うん! なかなかの水準だね。無駄も少ない。さすがはサンダース師匠の秘蔵っ子だ。安定してるし光量も申し分ないかな。とりあえず合格ってことで。あ、ボクのアトリエの場所は知ってる?」
「アトリエ、なんですか? 場所はもちろん、知ってますけど」
「そっか、そっか。さすがは田舎町だね。噂の広まるのが早いこと。アトリエっていうのはね、深い意味は無いんだ。隠居所っていう言い方だと、いかにもお爺ちゃんみたいじゃない? ボクは錬金術も出来なくは無いし、アトリエって言うことにしたんだよ」
「なるほど……分かりました。アトリエの場所は分かりますけど、それが何か?」
「来年からって話だったけどね。サンダース師匠には話しとくから、明日から四日に一回ぐらいのペースでボクのアトリエに顔を出しなよ。色々と教えてあげるし、一応は助手ってことになってるからお給料も出しちゃうよ? 何しろ暇でさ」
「え、でも……実際には研究はなさらないんじゃ?」
「えーとね。一応は研究、するよ? 名目上は新しい魔法の指導法の研究だね。キミをあっという間に超一流の魔導師にして進ぜよう!」
「それって、お給料を貰えるような内容じゃ無い気がするんですが……」
「あははは。子供が大人に変な遠慮しないの! それともキミの目標には金銭は不要なのかい? そんな簡単な目標なの?」
「いえ、決して簡単では無いと思います」
「実際、使い道の無いお金がいくら有っても仕方ないけれどね。そうじゃないんなら、要らない遠慮はしないに限るよ? じゃあ決まり、決まり。ボクはサンダース師匠んとこ行って話を通して来るから、とりあえず明日はこっちにおいでね?」
「はい、明日からお世話になります」
「やっぱりキミ固いなぁ……ま、良いか。追々だ、追々。じゃあね~」
……なんだか、どっと疲れた。
ボクに手を振りながら、ランバート師は去っていく。
終始ニコニコしていたけれど、時々なんだか凄く鋭い目付きにもなっていて、有無を言わせないところも有った。
宮廷魔導師筆頭ともなると、実態は王様の片腕のようなものだし、見た目がいくら若くても喋り方が気安くても、そんなことで油断したり侮ったりして良いワケが無い。
気を引き締めて弟子入りに臨むべきだ。
◆
「すいませんでした!」
ランバート師のいきなりの来訪に気を取られて、道場での稽古に最初は普段より身が入らなかった。
たちまちサラ師範が飛んで来て、こっぴどく叱られてしまう。
「うん、少しはマシな顔になったか。ジャン、君が今手にしているのは確かに木剣だ。本物じゃあない。だけどな、そういうつもりで剣を振るったところで、決して身につかないんだ。それどころか、変なクセがつかないとも限らない。二度と同じような真似をするんじゃないぞ?」
「はい! ありがとうございます!」
「分かればよろしい。さ、続けよう」
トーマスも横目でチラチラとこちらを見ながらでは有るが、木剣を振るう手を休めることは無かった。
身体的には申し分ないトーマスは、ボクの予想通り中々に鋭い振りを見せている。
……誘ったボクが負けちゃいられないよな。
その後、どうにか自分のペースを取り戻したボクは、サラ師範や師範代の人々のしごきにも耐え、お楽しみの食事にありついていた。
「……よくそんなに食べられるね。あんなに動いたばっかりなのに」
「あんなに動いたから、だよ。最初はボクもそんな感じだったけどね」
初めに通っていた方の道場とは違い、いきなり木剣を触らせて貰えたトーマスは最初は楽しそうだったが、それで張り切り過ぎたせいかまだまだ体力が足りないせいか後半はすっかりフラフラだった。
午後からの稽古だけだからこそ、ギリギリ最後までついてこれたっていうところだろう。
休憩を他の人より多くもらっていたというのもある。
サラ師範は、そのあたりの見極めが非常に上手い。
老若男女が同時に学ぶ場所だからかもしれない。
水を飲みに行かせるタイミング、試合を見学させるタイミング、全体に休憩を取らせるタイミング、個人に休憩を取らせるタイミング、全て計算し尽くされているようにさえ感じるほどだ。
「どうしても食べられないんなら貰うよ?」
「……うん。匂いだけでも気持ち悪いし、頼むよジャン」
「こらこら、そこ! 勝手にそんなことするなよ、ジャン。甘やかすんならトーマスはウチでは面倒をみないぞ?」
「サラ師範! 聞いてらしたんですか?」
「今すぐ食わないとな、上達が遅くなるんだよトーマス。ヒトの身体っていうものは、そういう風に出来ているんだ。それはエルフもドワーフも獣人もミニラウも大差ない」
「そうなんですか? そんなの聞いたこと無かったですけど……」
「まぁ、我が道場の長い歴史の中で判明した厳然たる事実ってヤツさ。ウチの先代はエルフでな。歴史だけなら一番だから間違いは無いぞ? それに……トーマスなら、それぐらいは食えると思ってよそったんだ。ほら、話してるうちに食えそうになってきただろ?」
──ぐぅ~。
決して小さくない音がトーマスの腹から聞こえた。
身体は正直だ。
確かに稽古を終えて本当にすぐでは食べられないかもしれないが、ちょっと落ち着けば消費した分を身体が求めてしまうのは仕方が無いことだろう。
トーマスは恥ずかしそうにしているけれど。
「い、いただきます!」
「慌てずに食え。よく噛んで食べるんだぞ? それからジャンは、それぐらいにしておけ。まだ入るっちゃ入るんだろうけど、帰ってから食えなくなっちまわないか?」
「え? ジャン、帰ってからも食べるの?」
「うん。稽古の後は大体この倍は、帰ってからいつも食べてるかな」
「それで最近、ジャンの背が急に伸びだしたんだね。気付いてる? ボクのアゴのとこまでしか無かった背丈が、いつの間にか鼻のあたりまできてるよ?」
「……え? そうなの?」
「なんだジャン、分かってなかったのか? 私も、とっくに気付いてたぞ?」
道理で服の袖や裾が短くなったような気がするワケだ。
気のせいなんじゃなくて、ボクの身体が大きくなっていたのか……。
「それからな、ジャン。どうせ居残り稽古はしていくつもりなんだろ? その後で良いから、少し聞きたいことがある。分かるな?」
サラ師範が、自分の額……より正確に言うなら左眉の上辺りを指でつつきながら、そう言った。
あ、そっか。
マリアの治癒魔法のおかげで治ったボクの額の傷。
その傷の原因がサラ師範の頭突きだったこと……すっかり忘れてた。
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