第9話
「やだっ!」
開口一番、サンダース先生からの提案に拒否反応を示したマリア。
それからサンダース先生からボクが聞いた範囲でメリットを説明していくが、マリアは全く聞く耳を持たない。
「……どうしたの? 久しぶりに兄妹喧嘩?」
母さんが仕事の手を休めて様子を見に来た。
父さんと母さんには昨晩のうちに、サンダース先生から提示されたボクとマリアの今後の進路について、あらかじめ話しておいたから母さんもマリアがこうしてゴネるだろうことは想定していた筈だ。
「お兄ちゃんったらひどいんだよ。私に帝国に行けって言うの」
「あら、そのこと? 良いじゃない、帝国。しかも帝都でしょ? この町とは比べ物にならないぐらいに華やかな大都会よ」
「……母さんまでそんなこと言うんだ。父さんは? 父さんも同じ意見?」
「お父さんは反対みたいよ。マリアを手放したくないんだって。お兄ちゃんも、ね」
「え、そうなの?」
「いや、手放したくないっていうか、ボクはマリアが心配でさ。ただ、サンダース先生の人を見る目が確かっていうのは有名過ぎるぐらいに有名だろ? サンダース先生が勧めるんなら、少なくともマリアにはそれを考えてみる必要が有ると思うよ」
「考えたよ」
「いや、即答だったじゃないか」
「家族と離れてまでっていうんなら、考えるまでもないもん」
「それは考えたことにならないだろ?」
「はいはい、そこまで。ジャン……今のマリアに何を言っても無駄よ。今はそういう道も有るんだっていうことだけ分かってくれたら良いわ」
「うん……そうだね」
「でもその話を断るとなると、マリアは来年からどうするつもりかしら? お嫁さんになるための練習でもする? それとも王都の神学校?」
「王都だって結局は離れ離れになっちゃうじゃない。私はこの町から出ていくつもりは無いからね」
「じゃあ、花嫁修業で決まりね。そういうことなら結婚相手も今のうちに探しておかないといけないわ。あらあら、随分と気の早い話になっちゃったわね」
「何でそうなっちゃうの……やだよ、私だって自分に何が出来るか試してみたいよ」
「その可能性を探すために、サンダース先生の塾に行ってたんでしょう? 計算は苦手。読み書きは普通。魔法は得意みたいだけど、覚えるまで時間が掛かるっていう話じゃない」
「……それはそうなんだけどさ」
「サンダース先生の塾を出たら、どこかしら上の学校に行くか、目指す道の入り口に見習いとして入るか、そのどっちかでしょ? この段階でまだ何も決めていなかったマリアにも問題があるんだからね。自分で何をしたいか分からないなら、誰かを横で支えるために結婚する。そんなにおかしいことかしら?」
うわ……さっきまで熱くなっていた筈のマリアがたじたじだ。
母さんたら、ボクには『マリアに無理強いしちゃダメよ』なんて言っておいて、自分はガンガン言うんだからなぁ。
そりゃ、父さんも母さんには頭が上がらない筈だよ。
……そろそろ止めに入るか
「母さん、ストップ。マリア泣きそう」
「……あらあら、私ったら。ゴメンね、マリア。母さんもマリアが憎いわけじゃないのよ? 真剣に将来のことを考える時期が来た。そう言いたいだけなの」
「うん。母さん、ゴメン。私も甘えてたと思う。本気で考えてみるよ」
◆
結局、マリアは神官を目指すという方向性だけは固めたものの、進学先まではなかなか決断出来ずに暫く悩んでいた。
そんなマリアに転機が訪れたのは、ある日ボクが普段より痛々しい姿で剣術道場から帰って来た時のことだ。
「……マリア、今のって?」
「治癒魔法……だよね?」
「え、どういうこと? いつの間に習った? いや、その前に誰から習ったの?」
「誰からも習ってないよ」
「……は? そんなことって有り得るのか?」
「そんなの分かんないよ。え、何で使えたんだろう?」
戸惑うばかりのマリアとボク。
道場でサラ師範の頭突きをまともに食らってしまい、左の眉の上がパックリと切れていた筈なのに……水瓶の水に映したボクの顔には、そんな傷は跡形も無くなっている。
一応、傷薬は塗りこんで貰っていたが、僅かに傷痕が残るかもしれないらしかったのに。
「ただいま~。どうしたんだ? 二人とも、そんな街中でゴブリンでも見たみたいな顔して」
父さんが帰って来た。
母さんはボクが帰って来た時には接客中だったし、父さんも素通りして来たのだろう。
母さんが、父さんを出迎える声は聞こえなかった。
「父さん、マリアが治癒魔法をボクに!」
「凄いの! パアッて光ったと思ったら、お兄ちゃんのおでこが治っちゃったの!」
「何? マリア、誰から教わったんだ?」
「「誰からも教わってないんだよ!」」
「本当か? いや、本当なんだろうな。しかし、まさかそんな……」
結局マリアの進路問題は、誰も予想していなかった経緯で片付いてしまった。
神聖魔法の自力習得自体は珍しいことでは有るけれど、たまには聞くことがある。
問題はマリアが、そうした例に漏れなく付いてくる『神様の声』とやらを聞くことさえ無く、完全に自力で神聖魔法を習得してしまったことだ。
……実は、これは少しマズい。
この国では主に『唯一神教』が信仰されているがそれはあくまで表面的な話で、王家の人々や、貴族階級の人々が支持しているというだけだ。
民間ではもう一つの『万神教』という宗教も普通に信仰されている。
ボク達みたいな庶民はどちらかと言えば、万神教の方が馴染みが深い。
万神教はその名の通り、ものすごい数の神様がいて、その信仰のあり方も自由度が高い。
例えば鍛冶をする人は炉の神様や、火の神様の神殿に熱心な信仰を捧げていたりするけど、それでも特に何かを強制されることも無いらしい。
精々がたまに善意から寄付をするぐらいだ。
ボク達みたいに緩やかな信仰をしているだけならお願いごとが有る時だけ、そのお願いごとに合った神様の神殿に出かける程度。
ところが唯一神教だとそうはいかない。
ガチガチの戒律。
それから事有るごとに求められる寄付。
アレをしろ、コレをしろと頻繁に無私の奉仕を求められもするらしい。
どっちが正しいとか、どっちが間違っているとか言うつもりは無いけれど、マリアがハッキリとどの神様から啓示を受けて神聖魔法を使えるようになったかが分からないと、ちょっと困ったことになる。
誰からも教わることなく神聖魔法を習得した人は、基本的に『聖人』とか『聖女』という扱いを受ける事になるのに、マリアがどの神殿に属したら良いかが分からない。
これがバレたら、恐らく最も熱心にマリアを勧誘してくるのは……間違い無く唯一神の教団だろう。
そうなると、ボク達家族も無関係ではいられなくなってしまう。
父さんはこの国の生まれでは無いのもあって、唯一神教がかなり苦手らしい。
ボク達兄妹も父さんの影響で、そうした傾向がある。
……マリアの神聖魔法は当面の間、内緒にしておいた方が良さそうだ。
これは相談する人を間違えると、きっと大変なことになるぞ。
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