第7話
「遅過ぎる! 速く! ひたすらに速く!」
父さんの推薦で通うことにした剣術道場はかなり風変わりだった。
こうした門弟を募って教えるタイプの道場には珍しいことに、師範が女性であること。
それから、型を重視しないこと。
剣術の道場でありながら、その他の武器が合っていそうなら、それらを使う方法もかなり専門的な部分まで指導が受けられること。
老若男女、種族、身分などが違っても、全て分け隔てなく同じように扱われること。
細かいことまで列挙していくと本当にキリが無いが、漠然とボクが思い描いていた道場の在り方とは、全く異なっていた。
何でここを父さんが選んだかというと、その理由は恐ろしく単純なもので、父さんの部下として働いている衛兵さんの中で、ここで修練した人達が最も荒事が起きた際に役に立つからなんだそうだ。
流派としては全くの無名。
この町には世界中に門弟を抱える流派の道場も有るから、てっきりそこに通うことになると思っていたボクとしては、最初は少しばかり落胆してしまったものだった。
しかし今は違う。
この道場、ボクには物凄く合っている。
「ほらほら、まだ休んで良いなんて言ってないぞ! もっと腕を上げろ! 構えを下げるな!」
「はい!」
一般的な道場だと町中を走らされたり、身体を鍛えるためのトレーニングをさせられたりすることから始めるらしい。
実際、例の高名な流派の道場に通い始めた友人のサムソンは、まだ木剣さえまともに触らせて貰えていないという。
なのにボクはもう手にマメが出来て、それが潰れて、新しいマメが出来て、それが潰れて……を、この短期間のうちに繰り返している。
武器を振るうことで出来た身体は、武器を振るうための身体。
それと関係の無いトレーニングで出来た身体は、武器を振るうのに役に立たない。
言われてみれば確かに道理だ。
「ほら、ほら、もう少しだ! 疲れた時こそ真剣に取り組め!」
「はい!」
型を重視しないのは何故か?
サムソンは教則本と言って、剣の握り方から振るい方まで図解入りで丁寧に書かれた本を、まだ木剣すら触れる機会を与えられないまま安くない金額で購入し、一生懸命に読み込んでいる。
流派が違っても基本的には、名の知られた流派では皆そうらしい。
型が最重要視され、少しでもズレると矯正されるのだと聞いたことが有る。
しかし師範が言うには、左右の利き腕、利き脚、身体の大きさ、腕の長さ、脚の長さ、胴体の長さ、種族的特性などが人によって全く違う。
自分に合った剣の振るい方というものは、それこそ人それぞれなのだから、無理やりに型に当てはめるのは逆に効率が良くないのだという。
師範は『習うより慣れろ』と言っていたが、これは全くその通りだと思った。
「次! ジャン!」
「はい!」
そしてコレだ。
師範とは毎回、実際に撃ち合う。
もちろんかなり手加減はしてくれているが、最近ボクは生傷や打ち身、アザとすっかり仲良しになっていた。
自分の順番以外は何をしているかと言えば、身体を休めると同時に先輩門下生や師範の姿を真剣に観察することを義務付けられている。
そうすると、いちいち丁寧に型を習わなくても上手い剣の振るい方というものが自然と分かってくるわけだ。
「よし、そこまで! ジャン、かなり良くなっているぞ。スタミナも随分と向上したな」
「ありがとうございます!」
「そら、汗を拭ったら、とにかくすぐ食え。今日は私の手作りだぞ」
「はい!」
なんと昼食、夕食つきだ。
夕食については帰宅してからもバクバク食べられるようになってきたけれど、以前ならこれでお腹いっぱいだったぐらいの量がある。
最初は全くノドを通らなかったのに、今ではこれが何よりの楽しみになってきている。
何でも身体を動かしてすぐに食事を摂ることで、身体造りも早く進むし上達も早くなるのだとか。
料理の味は濃いめ。
疲れた身体に染み渡る。
「さて、居残りを希望する者はいるか?」
「はい! お願いします!」
「今日はいつもより少ないか。それにしてもジャンは毎回だな。今日は何を教えようか……まぁ、いつものヤツを先に終わらせてからか」
この居残り指導を希望する人の数は、それほど多くない。
しかし、その時の自分に合った指導を受けられるから、やらない手は無いと思う。
特に剣以外の武器を教わるなら、この居残り指導は最良の機会だ。
ボクの場合は剣に適性が有るらしいから、基本的には剣を教わっているけれど、このタイミングで特に師範がボクに習得を勧めているのが、剣と魔法の両立の仕方だったりする。
師範もかなり魔法が使えるうえ実戦では併用していたらしいから、ボクは教え甲斐の有る方の門下生なんだそうだ。
今日は、いかに蹴りや体当たりを効率良く剣と併用するかについても教えてくれた。
ちなみにサラ師範はかなりの美人だが、いまだに独身だ。
人より寿命の長いハーフエルフだから、あまり焦っていないのかもしれないけど……。
◆
「ただいま~」
「おかえりなさい。今日も随分としごかれたみたいね?」
「分かる?」
「……そりゃあね。気付いてないの? 右目の周り、アザになってるわよ?」
「お兄ちゃん、遅いよ~。さっきまでトーマスとカルロスが待ってたんだよ?」
「あはは……最近まともに遊べてないもんね。悪いことしたかなぁ」
問題が有るとしたら、友達付き合いだ。
一応私塾の有る日は帰りに遊んだりしているけれど、前みたいに休日に一日中みんなと遊びに行ったりは出来なくなった。
私塾に三日通って道場に一日……というサイクルを繰り返している。
しかも、遊ぶ予定が無い日は私塾から道場へと直行することも多かった。
サムソンは道場をたまに休んで遊んでいるらしいから、最近ボクだけ少し浮き気味だ。
いっそのこと、カルロスとトーマスだけでもボクの通っている道場に誘ってみようかな?
特にトーマスは、サムソンの通っている道場を一日で逃げ出したらしいから、こっちは案外合うかもしれない。
トーマスは怖がりなのに体力は有るし、体格も良い。
カルロスは反対に小柄で手先が器用。
度胸もかなりのものだ。
カルロスがボクの通っている道場に来たら、めきめき上達しそうな気もする。
「お兄ちゃん、あのね……サンダース先生が『光源の魔法のコツは儂よりジャンに聞け』って言ってたの。ご飯を食べた後で良いから教えてくれないかな?」
「先生がそんなことを? うーん、ボクも新しい魔法の練習がしたいんだけど……まぁ、良いや。どっちも一緒に練習しよっか」
「うん!」
それから……マリアがあれ以来、ボクにべったりだ。
この同い年の妹は、魔法に特別な才能が有ると思う。
ボクが魔法に関してマリアより優れている部分は、コツを掴むのが早いことだけ。
兄の威厳を保つためにも、練習量では負けられないのに、最近は一緒に練習しているせいで、中々それも上手くいかない。
読み書きや計算なんかはボクの方が向いているみたいだけど、それはあんまり嬉しくないんだよね。
魔法についても、可能な限り師範から併用戦闘向けのものを教わるようにしよう。
私塾のサンダース先生は、この町が独立した小国だった時代には宮廷魔導師だった人らしいけれど、今ではすっかり人の良いお爺さんで、光源の魔法のような生活に関わる魔法か、眠りの霧の魔法のように最低限の護身用魔法ぐらいしか教えてくれない。
イタズラ盛りの子供達が悪用出来ない程度のものを……ということらしいんだけど、このあたりの感覚は魔導師特有だとも思う。
眠りの霧の魔法や破裂音の魔法あたりは、使いようによってはそれなりにアレなんじゃないかな?
まぁ……魔法を使ったイタズラがバレたら、サンダース先生は本気で怒るという話だし、怒ったサンダース先生はオーガよりよほど怖いらしい。
そう簡単には悪用する生徒が出ることもないだろう。
少なくともボクは『オーガの角を素手で触れにいく』ことはしないつもりだ。
……トーマスも恐らく同じだと思う。
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