第6話

「よう、坊主。こないだは上手いことやってくれたな? 結局、あのお嬢様はどうなったんだ?」


 私塾からの帰り道。

 ボクが一人になるタイミングを見計らっていたかのように、数日前マリアを人質に取りエルの引き渡しを迫った例の冒険者が声を掛けてきた。

 近くには人通りが全く無い。

 知らないうちに尾行されていたのかもしれない。


「さぁね。ボクも貴方と同じタイミングで眠らされたクチですし……」


 どこかこうなることを予測していたボクは、あれ以来ずっと考えていたセリフで煙に巻こうと試みる。


「……なぁ、正直に言えよ。お前だってオレがそれを素直に信じるなんて、どうせ思ってないんだろ?」

「どういう意味です?」

「何だよ。すっとぼけるつもりか? オレを魔法で眠らせた何者かが、どこに隠れてたのかは知らねぇけどな。同じ魔法に掛かっておいて、オレよりお前らが先に目覚めるなんてことは有り得ないだろ。もしそうなら、お前がサッサと魔法を掛けりゃ済んだ話だ」


 ……そうなんだよなぁ。

 やっぱり、それなり以上の腕を持つ冒険者をこの話で誤魔化すのは無理だったか。

 魔法への抵抗力の高さと、魔法行使能力は基本的には一致する。

 目の前の冒険者を、アッサリと眠らせるほどの魔法行使能力はボクにはまだ無い。

 魔法行使能力を全く持たない場合でも魔法への抵抗力自体は備わるけど、それは他の分野で鍛えた結果だ。

 この人の『気配隠し』に全く気付かなかったボク達が、もし同じタイミングで同じ魔法を掛けられたら、どちらが先に目覚めることになるかは明らかだった。


「本当に知らないんです。エルサ……いえ、エルの行き先は、わざと聞きませんでしたから」

「お前が言わないってんなら、妹ちゃんに聞くことになるぞ。あの腹芸の全く出来ない嬢ちゃんに、嘘がつき通せると思うか?」

「全く思いませんね。だから、んです」

「初恋の相手なのにか?」

「初恋の相手なのにです」

「ち……どうやら本当に知らねぇみてぇだな。せっかく追加報酬を貰うチャンスだと思ったのによ」

「すいません、お力になれなくて」

「つくづく大したタマだな、おい。まぁ、そんならそれで良いや。もう一つの用件だがよ」

「……何でしょう?」


 エルの行き先を聞かれることは想定内だったけど、それ以外の用事については全く見当もつかない。

 もちろん、場合によっては腹いせに暴力を振るわれる可能性も有るとは思っていた。

 しかし、どうやらそういうことでも無さそうだ。

 先ほどまでよりむしろ、剣呑な雰囲気は消えている。


「お前、あの時のこと誰かに話したか?」

「まさか! 言えませんよ、そんなの。もし誰かに知られたら、領主様がボク達に何をするか分かりませんもの。あ……もしかして用件ってそれのことですか?」

「当たり前だろ? オレだって、あのお嬢様を見つけたのにヘマして逃がしたなんて知られたら、ヤベぇんだよ」

「そういうことなら安心して良いですよ。ボクは絶対に喋りませんから」

「坊主そうだろうな」


 変なところにアクセントをつけるものだ。

 でも確かに気持ちは分かる。


「マリア……妹が、このことを喋らないか心配なんですね?」

「まぁ、そういうこったな。それとなく尾行してみたが、妹ちゃんは滅多に一人にならねぇ。鍛治屋の嬢ちゃんといつも一緒だ」


 ナタリーのことか。

 ナタリーは家に帰ってもする事が本格的に無いらしく、いつもマリアと一緒にいるしウチに入り浸っている。

 あの日は本当にたまたまだ。

 何でも隣町から従妹が久しぶりに来るとかで、一緒に観劇に行ったらしい。

 魔道具の力で変装したボク達とすれ違った時のナタリーは、普段のひどくボーイッシュな印象とはかけ離れて珍しく女の子らしい格好をしていた。


「そちらもご心配なく。あの出来事を話すことの危険性を、ボクがよく言って聞かせましたから。顔を真っ青にして頷いてましたし、間違っても誰かに話すことは無いと思いますよ」

「……そんなら良いけどよ。もし誰かにバレたらオレはともかく、お前らは間違い無くおしまいだぜ? 他の家族にだって罪が及ぶかもしれねぇぐらいだ」

「そうでしょうね」

「もしバラしたら、オレもバラすからな。くれぐれも気をつけろよ」

「はい。ご忠告ありがとうございました」

「お、おぅ。そんじゃあな」


 早足で遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、ボクは胸を撫で下ろしたい気分になった。

 よく無事で済んだものだ。

 逆恨みと言ったらなんだけど、もし報復されていたら誰にも気付かれないままボクの命は終わっていたかもしれない。

 思っていたよりサバサバした人で良かった。


 ◆


「剣を? 何でまた? こないだオレが誘った時はジャン……お前全く興味無さそうだっただろ?」


 夕食の席。

 今日は珍しく早く帰って来た父さんに、剣術の道場に通わせてくれるよう直談判を敢行した。


「そうなんだけどさ……私塾に通わない日は、やっぱり暇だし」

「そうか、そうか。まぁ、元々オレはお前にもう少し逞しくなって欲しかったから、せっかくやる気になったってんなら断る理由は無い」


 父さんはこの町の衛兵だ。

 それも、剣の腕前では並ぶ者が無いとまで言われている。

 将来的には衛兵長の地位も間違い無いらしいし、騎士様達からも一目置かれているのだとか。

 そんな父さんからしてみれば、ボクが私塾に通い読み書きや計算、初級の魔法なんかを次々に習得していく一方で、体を動かすことには消極的な態度を示し続けていることには不満を持っていたようだ。

 ボクが今まで父さんの言うことを聞かずに済んでいたのは、母さんがボクにそういったことを求めていなかったからに他ならない。


 母さんはかなり長く続く商人の家系。

 昔は冒険者だったという父さんと、冒険者ギルドの受付をしていた母さんは駆け落ち同然に結婚して、この町に流れて来たらしい。

 二人とも結婚それ自体を後悔しているフシは全く無いけれど、母さんに実家を捨てさせたような格好になったことを父さんはいまだに気にしている。

 ボク達への教育方針についても、明らかに母さんの意向の方が優先されていた。


「お兄ちゃんばっかりズルい。私も通う!」

「マリアはそんなことしなくて良いのよ。ジャンは確かに、少しは体を動かした方が良いかもしれないわね。あんまりヒョロヒョロじゃ、せっかくの美男子が台無しだわ」

「よし、決まりだ。マリアは女の子だからな。もうちょっと大きくなってからでも良いさ」

「……分かったよ。今回はガマンする」

「父さん、母さん、ありがとう。ゴメンね、コロコロ意見を変えて」

「そんなこと気にするな。さ、せっかくの料理が冷めちゃうぞ? ジャン、良かったらこれも食うか?」

「うん、貰う」

「あらあら……本当にどうしちゃったのかしらね? 心当たりは有るけれど」


 いつもより多く食べる。

 これからは身体も鍛えないと。


 あの時……アナスタシアさんが来るまで、何も出来なかった非力なボク。


 自分を変えたい。

 そう、強く思うようになったんだ。

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