第4話
「お兄ちゃん、ちょっとペース落としてくれない? エルが遅れちゃってるよ」
あ、しまった。
つい、男友達と来ている時のペースで進んじゃっていたみたいだ。
こういう時は先頭が遅いと、後ろがキツいからあんまりゆっくり行きすぎるのも考えものなんだけど……マリアはともかく、エルは明らかに体の線が細い。
しばらく止まって待つことにした。
道はどんどんと狭くなっていて、もう屈んでいると言うよりは這っている状態に近くなっている。
大人だったら四つん這いの姿勢でさえ、時々つっかえてしまうことだろう。
「迷惑かけちゃってゴメンなさい」
「いや、ボクの方こそゴメン」
「気の利かないお兄ちゃんでゴメンね」
「いえ、そんな……」
「大体のペースは掴んだから、もう大丈夫だとは思うよ」
エルが合流して間もなく、再び進み始める。
あんまりのんびりしていると、夕飯の時間に遅れてしまう。
「あの……これ、実は段々と登っていますよね?」
「うん、凄く緩やかな登り勾配になってるみたいだね」
「そうなんだ。誰が何のためにこんな道を作ったんだろう?」
「うーん、多分あの館の元持ち主とかじゃないかな? あ、左側に滑りやすいとこが有ったから気を付けて」
「あ、ここですね。ジャンさん、ありがとうございます」
「お兄ちゃん、言うのが遅いよぉ」
「ゴメン、ゴメン」
お互いに声が聞こえる範囲内なら、ボクが後ろを振り向く必要は無い。
話しながら登っていくこと暫し、どうやら次のポイントに着いたみたいだ。
「二人とも、そこで少し待ってて……」
「もうゴール?」
「まさか。横穴が終わるだけさ」
「行き止まりに見えますけど……?」
そうだよなぁ。
まさか、こんな仕掛けが有るなんて、事前に知らなきゃまず分からない。
「ここに窪みが有るんだけど……って、エルのとこからじゃ見えないか」
「あ、ホントだ! エル、ちょっと待ってね……はい」
エルは凄く華奢だし、マリアも決して太っていたりはしない。
それにしたってかなり狭いんだけど、二人は無事にお互いの立ち位置を入れ換えた。
「……鳥、ですか? 剣を咥えた鳥?」
「どうやら、あの館の元持ち主の紋章らしいね。 で、ここにコレを……よし」
──ズズズ。
重たそうな音を立てながら、壁にしか見えなかった『扉』が開いていく。
何度か見たけど、やっぱり凄い光景だ。
「スゴい……お兄ちゃん、何でそんなの持ってるの?」
「コレ? 元々はあの館で拾った物らしいよ?」
「らしいって?」
「さぁね……少なくとも拾ったのはボク達の世代じゃないから。使ったら、帰りに井戸を降りてすぐのところに置いておく決まりなんだ」
ボクがさりげなく横穴に入る前に回収しておいたワケなんだけど、二人は気付かなかったらしい。
まぁ、すぐに気付かれないように決まった隠し場所があるから、なかなか仲間内以外の人が見付けるのは難しいだろう。
代々の悪ガキ達に伝えられて来た公然の秘密……っていうヤツだ。
館内の探検は、ボクらの代では行われないだろう。
ボクも嫌だし、トーマスは絶対に行かないって言う筈だ。
「あ、開きましたね」
「お兄ちゃん、先に行ってくれる?」
「うん。でも、あんまりのんびりしてると閉まっちゃうから早くね?」
そんなに慌てる必要も無いんだけど、ゆっくり開いてゆっくり閉まっていくだけの仕掛けだから、あまり大勢が一度に通れないようになっている。
やっぱり、追われることを想定した秘密の抜け穴だったんだろうな。
ボクが躊躇なく扉を通り抜けたことで安心したのか、二人も後に続いて出てきた。
目の前に有った階段を登ると、もうそこは日の当たる場所だ。
光源の魔法はもう要らない。
外の空気が美味しく感じる。
「……え、こんなところに出るの?」
「意外だろ? ボクも最初は驚いたよ」
「ここ、どこなんですか?」
「ボク達の家からだと、割と近くなんだ。他のルートからじゃ、まず来られないけどね」
「それは……そうでしょうね」
大きな池の真ん中に作られた小島。
この池は、この町に昔からある非常用の水源らしい。
幾つかの国の境目に位置していた過去を持つ町だから、戦争に巻き込まれた回数もかなり多いという話だった。
町が敵に囲まれた時に備えて、その当時に作られた池なのだろう。
今は池の周りが公園になっている。
この辺りが戦争に巻き込まれる可能性は、今となっては非常に低い。
「ここから、どうするの? まさか泳ぐワケじゃ無いんでしょ?」
「うん、それはもちろん。ちょっとだけ待てば……」
「あ、マリアさん! あそこ……」
目の前の地面が沈んで行く。
地面にポッカリと空いた穴には、石で出来た梯子付きだ。
「さっきの仕掛けとセットになってるみたいなんだよね。さ、行こうか。マリアが最初に降りる?」
「……うん」
「思ってたより、ずっと凄い道のりですね」
「まぁね。次、エルが降りてくれよ? またマリアに、あらぬ疑いを掛けられたくないからさ」
「はい」
ちょっと照れた顔のエルも可愛い。
困ったなぁ。
コレはアレだよなぁ。
「ジャンさん? 来ないんですか?」
「い……今、行くよ」
危ない、危ない。
変に思われないようにしないと……。
◆
その後は特に大袈裟な仕掛けの無い道が続く。
そもそも本当ならもう、今ボク達が居るのは町の外だった筈の場所なのだ。
長い年月を掛けて、だんだん町が拡張された結果として、秘密の抜け穴が作られた時代には町の外だった場所を苦労しながら進んでいく。
当時は無かった建物や、時には塀を乗り越えながら……。
やっぱり途中でエルの体力が切れたが、ボクが手を貸してあげたり、マリアに励まされたことでどうにかエルも脱落すること無く、ゴール地点へと辿り着いた。
「やっと壁の外……疲れたぁ」
「お疲れ様。二人とも頑張ったね」
「はぁ……はぁ……お二人のおかげです」
「もう夕方だね。エル、例の頼りになるエルフのお姉さんは? どうやって合流するの?」
「合図のための魔道具が……あれ? どこかで落とした!?」
「コレのこと?」
かなり最初の段階でエルが落とした、小さな鳥の置物。
綺麗なオレンジ色の石で出来たそれは、あまりそういう細工品に興味の無いボクから見ても、素晴らしい品だった。
またエルが落とすといけないと思って、ボクがここに来るまで預かっていたのだ。
「良かった……コレです」
「お兄ちゃん、いつ拾ったの?」
「池のとこだよ。塀を登ったり降りたりする前だったから、ボクが預かってた方が良いかなって」
「そっか。珍しく気が利く……って、まさかネコババしようとしたワケじゃ無いよね?」
「それこそまさかだよ。ちょっと心外だな」
「ジャンさんはそんな人じゃありませんよ。マリアさんだって、本当に疑ってるわけじゃありませんよね?」
「まぁ、ね」
「良いなぁ。私も見ず知らずの兄や姉じゃなくて、ジャンさんみたいな優しいお兄さんが欲しかったなぁ」
「何なら連れてく?」
「またまた。マリアさんも素直じゃないですよね」
「……ほら、早く合図した方が良いよ」
「そうですね。何だかホッとしてしまって……ありがとうございます」
ボクから鳥の魔道具を受け取ったエルは、それに軽く額を寄せて何か呟くと、そのまま宙に向かって精一杯の力で放り投げた。
一瞬だけ鮮やかなオレンジの光を放ったそれは、そのまま小鳥になってどこかへ飛んで行ってしまう。
あっちは……ボク達の家の方向だ。
エルの護衛を請け負ったっていう冒険者の人……今、あの辺りに居るのかな?
「お兄ちゃん、アレって?」
「あぁ。アレが噂の秘密のアジトだよ。ま、中に有るのはガラクタばっかりだけどね」
「男の子って変な遊びばっかりするよね。エルもそう思わない?」
「私は……ちょっと憧れます。あんまり外で遊ぶ経験って無かったですし」
やり遂げた安心感が、ボク達に雑談をする余裕をもたらした。
マリアが口で言うのとは裏腹に、興味深そうに『秘密のアジト』へと近付いていく。
……無防備に。
それがいけなかったんだ。
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