第3話
「え……嘘でしょ?」
勝ち気なマリアが絶句している。
エルに至っては声すら出ない様子だった。
まぁ、無理もないかな。
僕だって最初は信じられなかったし……。
◆
あの後僕達は、エルを家まで送るという建前で僕達の外出を心配する母さんを何とか説得し、エルの持っていた魔道具を使って外見を誤魔化しながら通りを歩いて来た。
魔道具の効能は凄いの一言。
マリアの外見はハーフエルフの男の子になっていたし、エルはドワーフの成人男性。
僕は二人によれば、ネコ獣人の女の子になっていたらしい。
着ている物も違和感が無い程度に、変化した見た目に合った物に見えていたから、ドワーフのおじさんがワンピースを着ていたりするようなことにはならなかった。
騎士様達も、冒険者の人達も、たまたま通りがかったマリアの友達のナタリーも、誰も僕達を見ても気にとめたりしない。
心配していたよりずっと簡単に、抜け道の入り口まで無事に辿り着けてしまった。
だが問題は……
「お兄ちゃん、本当にホント? ここが入り口で間違い無いの?」
「うん、残念ながら……」
「だってここ……絶対に近寄っちゃいけないって言われてる館だよ?」
どんな経緯でこの町にこんな立派な館が有るのかまではボクも知らない。
まぁ、立派とは言ってもそれは過去はそうだったのだろうという話で、今は見るからにオンボロだ。
入ると一生呪われるとか、ゴーストやゾンビの住み処になっていて彼らの仲間入りさせられるとか、
要は崩れたりすると危ないから入るな、っていう話がいつの間にか怪談や悪人の話になっているだけなのだろう。
それに、今は別に館の中を探検するわけじゃ無い。
用が有るのは館の敷地内の枯れ井戸だ。
「まぁ、大丈夫だからおいでよ。サムソンもカルロスも、弱虫のトーマスだって途中までなら行けたんだし……」
「あのトーマスが? じゃあ大丈夫かな。嘘じゃ無いよね?」
「うん。第一、ボクがマリアとエルを騙す必要なんて無いもの」
「行きましょう、マリアさん。ジャンさんは、そんな人じゃ無いと思います」
「うぅ~。分かったよ。行く! 行くから、置いていかないでよぉ」
スタスタと壊れた壁の隙間から中に入って行くエルを追ってボクも、館の荒れ果てた庭の中へ。
怖がっていたマリアも、それでようやく追いかけて来る。
それにしても……さっきまで固まっていたように見えたエルが、むしろ誰よりも積極的に進んで行く姿に、ボクは一瞬だけ見とれてしまった。
エルの意志の強そうな瞳はまっすぐ前を見据えている。
この少女にここまでさせている事情とは、一体どんなものなのか?
どうしても気になってしまう。
適当に拾った木の枝。
長い間ろくに手入れされた様子の無い庭には、枝葉が伸び放題の庭木が何本も寂しげに立っていて、それが日の光を遮って辺りを薄暗くしている。
ボクが拾ったような枝なら、幾らでも落ちている。
エルが少しでも汚れないようにエルより前に出て、こちらも伸び放題に伸びた名前も知らない雑草を薙ぎ倒しながら道を拓いていく。
「ところでさ……」
「はい?」
「何でエルは騎士様達から逃げてるの? 悪いことして追われてるんじゃ無さそうだけど」
「やっぱり気付いちゃいますよね。本当はあんまり公にしちゃいけないんですけど……」
「お兄ちゃん、レディの秘密を無遠慮に聞くのはデリカシーが無いと思うよ?」
「そうかもね。でも、さすがに気になっちゃってさ」
「マリアさん、良いんです。マリアさんにも、ちゃんと話さなきゃって思ってましたし……」
これは驚いた。
マリアのヤツ……ろくに事情も知らずにエルを匿って、ついでに逃亡の手助けまでしてるのか?
「ジャンさんも、マリアさんも、話を聞いて関わり合いになりたくないなら、引き返して頂いても構いません。あ、出来たらこの後にどこをどう行けば良いかは教えてからにして頂けると助かりますけど。実はですね……私、この町の領主であるヨーク男爵の庶子なんです」
「庶子って何? お兄ちゃん、知ってる?」
「一応は、ね」
「……要するに、男爵の正式な奥さんが産んだ子供では無いということになります。私のお母さんの身分は庶民ですし、ちょっと前までは私生児扱いでしたから、見向きもされていませんでした。それなのに……」
「今まで放って置かれてたのに、急に呼び出されたと思ったら、いきなり婚約させられそうになったってこと?」
何だ、何だ?
マリアはどこまで事情を知ってるんだ?
「そういうことになりますね。ジャンさん、私……マリアさんに助けを求める際に、その部分だけを話したんです」
「その部分って?」
「十歳も二十歳も歳上の人に無理やり嫁がされるっていうの! だから逃げて来たって聞いて! 力になってあげるのは当然でしょ?」
あぁ、なるほど。
それは少なくともマリアにとっては許せない話だろう。
この勝ち気な妹は、恋に恋する乙女でもあるのだ。
私塾の本棚から借りてくる本は、大抵そんな物語ばかりだし、そうした物語の結末はロマンティックな恋愛の末に、男女が結ばれるという話になっているものらしい。
「そっか。そういう事情ならマリアが怒るのも、エルが逃げたくなるのも分かる気がする」
「でしょ、でしょ?」
「でもさ、この町から出るのは良いんだけど、それからどうするの? この道の終着点は川原だよ? エル、君は泳げるのかい?」
「町の外にさえ出られれば、私のお祖父ちゃんが護衛に雇ってくれた冒険者の方が何とかしてくれる筈なんです。雇ったって言っても、お祖父ちゃんの友人ですから、ヨーク男爵の言いなりにはならないと思いますし……」
「その護衛の冒険者っていうのが青い外套の女の人?」
「そうです。何でも、お祖父ちゃんが冒険者をしていた頃の仲間だった人らしくて」
「え? じゃあ、その人もすっかりお婆さんなんじゃないの?」
「いえ、エルフの方なので……」
エルフなら確かに長く現役でもおかしくは無いか。
「ようやく着いた。しばらく誰も来てなかったみたいだね。草がボーボーだったし……」
「これは……井戸、でしょうか?」
「そうだね。もっとも、とっくに枯れてて水は無いんだけどさ」
「お兄ちゃん、まさかこれ降りるの?」
「うん。一応……あ、良かった。無事みたいだ。ほら、縄ばしご。カルロスお手製。アイツ器用だからな」
「……下が全く見えませんけど」
「怖いなら引き返す?」
「いえ! 一人でも行きます!」
「だよね。悪かったよ。じゃあ、ボクから行くから……」
「お兄ちゃん……」
「何?」
「エルのスカートの中を覗く気?」
「いや、まさか。でも、そっか。困ったね。誰から行く?」
「私が行きます」
「そうだね。じゃあ、ちょっと待って……はい、もう良いよ」
「光源の魔法……ジャンさん、凄いです」
「お兄ちゃん、もうソレ使いこなしてるんだ? 今回も早かったね。相変わらず器用なんだから」
「ボクの器用は、器用貧乏っていうらしいけどね。カルロスの手先とは意味が違うよ」
「なんだか優しい光……ジャンさん、ありがとうございます。じゃあ、お先に降りますね」
「次は私ね。お兄ちゃんは、最後」
「分かってるよ」
本当にそんなつもりは無かったけど、もちろんマリアのスカートの中も覗くつもりは無い。
二人がゆっくりと降りていくのに続いて、ボクも縄ばしごを使って枯れ井戸を慎重に降りていく。
間違ってもマリアの頭を踏まないようにしないとな。
いつもよりは時間が掛かったけど、見た目以上に広々とした井戸の底へとボク達は辿り着けた。
「ジャンさん、これ……」
「そ、次はここを行くことになる」
狭い横穴。
でも、ここはまだマシだ。
進めば進むほどに狭くなっていく。
「今度はお兄ちゃんが先頭だからね!」
「分かってるよ」
マリアはともかくエルにまで、同じ疑惑を持たれたくないしね。
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