第2話
「……キミは?」
「えっと、こんにちは。私はエルサリ……じゃなくて、エル」
「エルちゃん、ね。マリアの友達かい?」
「え? うん、そうそう。マリアさんのお友達です」
あからさまに怪しい。
こんな子はマリアの友達には居ない筈だ。
……絶対に怪しいんだけど凄く可愛い。
赤いワンピースタイプの服は余計な装飾が無いせいで、一見すると地味だけど生地は多分かなり良いものだと思う。
この辺りには珍しい黒髪はとても綺麗に整えられていて、服と同じ色のリボンが映えている。
肌は透き通るように白く、何だかとても華奢な女の子だ。
顔のパーツはどれも上品なバランスで配されていて、ちょっと見たことが無いぐらいに整っている顔立ち。
それでいて意志の強そうな瞳は、何かの拍子に落ちちゃいそうなぐらいに大きい。
「お兄ちゃん、エルが困ってるでしょ? エル、もう出て来ちゃって良いよ。お兄ちゃん、一人だったし」
「そうね。マリアさんのお兄さん、驚かせてゴメンなさい」
「……あぁ。それは良いんだけどさ」
エルを名乗る女の子がクローゼットから出やすいように横にズレてやると、まだドギマギしているボクの目の前に、スッと細い腕が差し出される。
「……ゴメンなさい。ちょっと引っ張ってもらえますか? 無理に入ったから体勢がキツいの」
「う、うん」
言われてみれば確かに半身を無理やり狭いところに押し込んだせいか、つまさき立ちだし上体は後ろに傾いているしで大変そうだ。
女の子の手を握ることに少しだけ戸惑いながらも、グッと力を入れて引っ張ってあげる。
平気な顔を保つのに苦労した。
「ありがとうございます。マリアさんのお兄さん、お名前は?」
「ボクはジャン」
「ジャンさんは、いつ帰宅を?」
「ついさっきだよ。マリアが見慣れない友達と一緒に帰って来たって母さんに聞いてね」
「そうですか。ところで……鮮やかな青い外套を羽織った背の高い女性を、表で見ませんでしたか?」
鮮やかな青……どこかで見たような気もするのだけれど、それ以上に誰かを探していた騎士様や冒険者の人達の様子に気をとられていたから、あんまり覚えていないというのが正直なところだ。
「ごめん。どこかですれ違った気がしないでも無いんだけど、それより気になることが有ったせいで、正直そんなに覚えてないや」
「気になること、ですか?」
「うん、騎士様達や冒険者の人達が沢山いてね。どうも何か……いや、誰かを探しているようだったんだ」
「……なるほど。それは気になりますね」
言いながら、エルがマリアの方をチラリと見た。
ボクもつられて振り向く。
マリアが珍しく険しい顔をしている。
「お兄ちゃん、ちょっと良いかな?」
「何?」
「そろそろ出ていってよ。私達にも予定ってものが有るの」
「……分かったよ」
◆
……エル、か。
さすがに鈍いボクでも分かる。
騎士様達や冒険者の人達が探しているのは、間違い無く彼女だ。
問題は、何で彼女がウチに隠れているのかということと、何で探しているのが騎士様達と冒険の人達に限定されていて、町の衛士さん達が駆り出されていないのかということ。
この町の領主様に、あの年頃のお嬢様は居ない筈だ。
ボクら兄妹の通う町外れの私塾は、この町でもそれなり以上のポジションにいる家の子供達が通っているところ。
そうした情報には自然と触れる機会が多い。
まぁ、本当に良い家の子はボクらの様に私塾に通う必要も無いらしいから、あまり重要な情報は手に入らないんだけど、領主様の家族構成ぐらいは知っている。
一男二女に恵まれ、すでにご長男は領主様の仕事の半分以上を請け負っている……らしい。
つまり、ご長男もとっくに成人しているし、美人で有名なお嬢様方も社交界で持て囃されていて、上のお嬢様は婚約も決まったとか聞いた気がする。
さっきのエルが下のお嬢様……いや、やっぱり年齢的に有り得ない。
そもそも領主様のご一家は見事な銀髪らしい。
そういう意味でも、エルが領主様のお嬢様ということは無さそうだ。
無さそうなんだけど……それ以外で騎士様達があんな大人数で動く理由が思い付かない。
冒険の人達も明らかに騎士様達を動かしたのと同じ人に雇われていた。
となるとやっぱり領主様……?
ダメだ。
さっぱり分からない。
領主様だったら、衛士さん達を動かさない理由も無いしなぁ。
第一、ウチのマリアとどこで知り合ったのか、そもそも何でウチに隠れているのか……そのあたりに至っては全く見当もつかない。
──コンコン。
控えめにボクの部屋の扉がノックされた。
「なぁに?」
「お兄ちゃん、ちょっと来て」
マリア?
出てけって言ったり、来いって言ったり……何だか最近、難しいなぁ。
「分かった。すぐに行くよ」
「うん、ゴメンね」
あ~ぁ、あんなに借りられる順番が回って来るのが楽しみだった筈の『トムの冒険』なのに、全く本の中身が頭に入って来ないや。
シッポは今、何本だったっけ?
「ジャンさん、お呼び立てしてすいません」
「いや、別に良いんだけどさ……なぁに?」
心底、済まなそうな顔のエル。
マリアまで何だか憂鬱そうな顔をしている。
「お兄ちゃん、あのさ……前に言ってた秘密の抜け道。アレ、私達に教えてくれない?」
「……何で?」
大人達に見つからないように、町の外に遊びに行くための道。
正確にはとても道とは言えないような道だ。
ボクも何度か友達と通ったけれど、ちょっとのミスですぐに泥だらけになるし、場合によってはスリ傷なんかも出来たりする。
あまり女の子達を連れていくような道じゃない。
しかも、町の外とは名ばかりで壁の外に出たら藪と川とに阻まれて、すぐに行き止まりだ。
川原に秘密のアジトという名のガラクタ置き場が有るぐらいで、正直あまり行く価値は無いと思う。
「お兄ちゃんに迷惑は掛けないからさ。何となく教えてくれたら、あとは私達だけで行くし」
「ジャンさん、どうかお願いします。」
「いや、さすがに二人だけで行くのは無理だよ。特にエルには通れないようなところも多い。途中でやっぱり無理……ってなっても、そこから引き返すだけでも大変だよ?」
「そんなの……行ってみないと分からないじゃない」
「そもそもさ……ボクも久しぶり過ぎて、口だけで説明出来る自信が無いんだ」
嘘は言っていない。
マリアだけなら何とか連れ歩ける気がしないでも無いんだけど、見るからに体力の無さそうなエルには荷が重いと思う。
塀をよじ登ったり、人様の家の屋根に上がって静かに歩いたり、植物のツタだけを頼りに高いところから降りたりしなきゃならないし、四つん這いになって進まなきゃ通れないところだって多い。
それに……ここからエルとマリアを連れて、その道の出発点まで行くだけでも大変だ。
絶対にエルを探している誰かに見付かる。
「お兄ちゃんのケチ! 良いじゃない、教えてくれたって」
「マリアさん、やっぱりここは一か八か……」
「だって……さっき、もう残り少ないって」
「見付かりそうになった時だけ使えば何とかなりますよ。きっと」
「ん? ちょっと待って、何が?」
「魔道具です。見た目の特徴を一時的に変える……」
そんな物が有るなら出発点までは何とかなる、かな?
だったら…………
「じゃあ、ボクも途中までは一緒に行くよ。いくらマリアでも、エルを連れてあの道は通れないと思う」
仕方ない。
実際に見てもらえば二人も途中で諦めるだろうし。
「ちょっと、お兄ちゃん。どうせ引き受けるなら、最初からそう言ってよね」
「あはは……ゴメン」
「ジャンさん!」
「な、何?」
ギュッと両手をエルに握られてしまった。
やっぱり柔らかい……って、そうじゃなくて!
思ってたより力が強いみたいだ。
「ジャンさん、ありがとうございます! マリアさんから聞いてた通りの人なんですね」
そう言ってニコニコと笑うエルは……何だか、とっても可愛かった。
何だろう…………この気持ち。
心臓が全力で限界まで走った時ぐらいに、ドクドクいっている。
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