きっと全ては自分次第
高遠まもる
第1話
いつもの帰り道。
この町のメイン通りからは遠く離れているから、普段は本当に用事のある人しか通らない。
どうしたって、すれ違う人は大半が顔見知りになるし、そもそもそんなに人通りが無い道だった。
それなのに……さっきから何度か、全く知らない人達が慌ただしく駆け回っているのを見かける。
見かけるのは、大きく分けて二種類の人種。
エルフだとかドワーフとか、そういう意味の人種じゃなくて、何をしている人なのかっていう意味。
片方はボクも漠然と将来そうなるのかもしれないと思っている人達。
思い思いの武器や防具で武装した冒険者だ。
もう片方は一時期は憧れていたことも有った……でも今では無理なことぐらいは知っている職業の人達。
揃いの鎧を纏っている騎士様。
……何が有ったのだろう?
皆、平気なフリをしているけれど、どうも慌てているように感じる。
不思議なのは、お互いがお互いに協力して何かを探しているようにも見えること。
それでいて言葉を交わさないこと。
どこか競い合っているようにも思える。
彼らが探し物をしているのは、その通りだけじゃ無いみたいだった。
いつもの角を左に曲がって、いつものように自宅に近付く。
目印はこの辺りには珍しい商店であることを示す木の看板。
あまり稼げていない冒険者の人達が寝泊まりしたり、安いお酒を飲んでいたりするらしい。
お酒の小売りもしていて、一度だけ父さんに頼まれて買いに来たことも有った。
昼間なら冒険者の人達はあまりいないから、怖い目にあうことは無いって言われたんだけど、マスターの顔が怖かったのを覚えている。
そんな看板の手前を曲がるんだけど……こんな通りと通りを繋ぐ細い道にも、冒険者の人の姿があった。
……見張り、なのかな?
ボクの姿を見て一瞬だけ動き掛けたけど、すぐに小さく舌打ちして、その動きを止めてしまった。
探し物の正体が少し分かった気がする。
物っていうより人なんだ。
それも、どうやらボクと同じぐらいの背格好の子供らしい。
ボクが目当ての子とは違うことは、一目で分かるみたいだけど。
そのまま細道を抜けて、やっと自宅のある通りに出た。
何が起きているかは分からないけど、関わらない方が良さそうな気がする。
さっきよりは人通りも多い道。
あちこちを冒険者の人達、騎士様達が探し回っているのは、ここも同じだった。
早く帰りたいけど、焦って変な動きをしたら逆に騒ぎに巻き込まれそうな気もする。
ゆっくり、いつも通りに足を進めていく。
良かった……ウチに着いた。
「ただいま~」
「ジャン、お帰り。今日は少しだけ遅かったのね」
母さんがいつもと同じ椅子に座って、いつもと同じように何か書き物をしている。
すっかり見慣れたけど、これが母さんの仕事だ。
代書、というらしい。
文字の読み書きが苦手な人に替わって、手紙なんかを書いている。
ウチにも小さな看板が掲げられているのは、母さんの代書屋を自宅と兼ねているからだった。
「まぁね。それより母さん、今日さ……何か変なんだよ」
「変って、何が?」
「何だか慌ただしく騎士様が動いてる。冒険者の人達もだよ。何か……ううん、誰かを探しているみたいなんだ」
「騎士様達が? あらあら、それはおかしな話ね」
「でしょう? 何なんだろうね?」
「母さんにも分からないけど……そうじゃなくてね。騎士様達や冒険者が動いているのに、衛士さん達は見掛けないの?」
「……あ! そういや、衛士さん達は見なかったよ」
「う~ん。何が起きているのかしらね? まぁでも、私達には関係無さそうね」
手を止めず視線も上げずに、話す母さん。
それでもちゃんとボクの話を聞いてくれている。
あんまり邪魔しちゃ悪いかな。
「それもそうだね。そう言えばマリアは?」
「もう帰って来ているわよ。お友達と一緒」
「またナタリーかな?」
「ナタリーちゃんじゃ無かったわね。そう言えば母さんも知らない子だったと思うわ」
「気になるね。誰だろう?」
「そうねぇ。あぁ、そうそう。今日は遊びに行くのはやめておきなさいよ?」
「うん、そのつもり。ちょっとマリアの様子を見てくるね」
母さんの横を通り抜けて、まずは自分の部屋に荷物を置きに行く。
元は物置だった小部屋だけど、ボクが寝起きするには充分な広さだ。
それから妹の部屋へ。
ちょっと前まではボクの部屋でもあった。
中から話し声がする。
扉に遮られて、何を話しているかまでは分からない。
──コンコン。
最近、妹に義務付けられたノック。
ピタリと止まる話し声。
女の子には女の子同士の話が有るだろうから、誰なのかだけ確認出来たらそれで良い。
「マリア、ただいま。誰が来てるの?」
「お兄ちゃん? ちょっとだけ待ってて!」
マリアの友達なら、大体はボクも知り合いだ。
挨拶ぐらいはしとこうと思っただけなんだけどな。
……遅い。
中からは、いくらか小さくなった話し声と、ガタゴトと何かを動かす音がしている。
何だ、何だ?
何をしている?
まさかボクにイタズラする気かな?
「お待たせ! 入って良いよ?」
「マリア、いったい何を……って、友達は?」
「友達? 何のこと?」
あからさまに目を逸らされた。
中には誰も居ない……わけは無い。
「母さんから、誰か来てるって聞いたよ?」
「……もう帰った」
「帰った? どこから?」
「玄関」
「母さんに見られずに?」
「たぶん……」
いや、さすがにそれは苦しくないかな?
確かに母さんは仕事中にはあんまり視線を動かさないけど、それにしたって娘や息子の友達が来たり帰ったりする時ぐらいは、視線を合わせて挨拶をしてくれる。
それに……見えている。
今のところはまだ、ボクとマリアが一緒に使っているクローゼット。
そこから僅かに覗く赤いヒラヒラ。
誰の服かは分からないけど、隠れてボクを脅かすつもりだな。
……誰だ?
ナタリーじゃないなら、キャサリンか?
それともブリジット?
ボクが人より少しだけ怖がりなことは不本意だけど有名だから、たまにこういうイタズラをされる。
視線を泳がせているマリアの脇をすり抜け、イタズラっ子が隠れているクローゼットを、反対にボクの方から開けてやった。
……誰だっけ、この子?
そこにいたのはボクの見覚えの無い……それでいて、とっても可愛らしい女の子だった。
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