第82話 賭け神(ブックメーカー)





「フェイ殿に一勝だけお借りする。その一勝をそっくり無傷でお返しできるよう、私は、必ず賭け神ブツクメーカーとのゲームに勝ってみせる!」



 聖泉都市マル=ラにて。

 黒髪の少女ネルは、力強くそう宣言した。




 時は、それからおよそ一週間後――





◇ ◇ ◇ 





 小さな亜空間。


 もっとも小さき神々の遊び場エレメンツと、「神」自らが称するフィールドで。



『はぁ』



 亜空間に響きわたったのは。

 人間の声帯とは違う「神」の呆れた溜息。だった。


『つまんない。人間おまえ、弱すぎ』


「……………………」


 たった一つのポーカー用テーブル。

 その対面に座る黒髪の少女が、二人いた。


 


 その一人が蔑みのまなざしで見つめる先には、握っていたトランプのカードを手放して、床にがっくりと膝をつくネルがいた。



「…………そん……な……」



ワレは特別なことはしていないよ。人間がやる遊戯ゲームとまったく同じポーカーだ。決死の1回、泣きの1回、破れかぶれの1回。


 ネルを見下ろすネル。


 本来の彼女の瞳が紫水晶のような色彩であるのに対して、このネルは鮮やかな琥珀色。

そう、似て非なる偽りである。



 多相神グレモワール。



 ミミック、シェイプシフター、ドッペルゲンガーとも呼ばれる不定の神。

 そして賭け神ブツクメーカー


 この神々の遊び場エレメンツに突入した時にはもう、この神はネルとなって待っていた。


『久しぶりに挑戦しにきた人間だからと期待したのに』

「…………」


『大事な仲間から預かった一勝。だから負けられない。だからリスクを取った賭けができない。その思考が丸わかり』


 神の姿をしたネルが、ぽいっと手札を投げ捨てた。


 五枚のトランプ――

 それが宙をひらひらと舞って、嘲るように、くずおれたネルの目の前で床に落ちていく。





『この人間の敗北は覆らない』





 見下ろしていたネルに興味を失ったのか、賭け神ブツクメーカーが振り返る。


 自分フェイへ。


『それと、お前が賭けたは全部もらっておくよ』

「…………」


 右の掌に、鈍い痛み。

 右手に刻まれていた「Ⅵ」の神痣が消えて、「Ⅲ」という痣へと生まれ変わっていく。




 フェイ:「神々の遊び」六勝〇敗から三勝〇敗へ――――





 





 勝ちたいから。

 復帰したいから。


 その思いが強ければ強いほど、その願いにつけ込まれる。


 過去三十年間。

 神秘法院で賭け神ブツクメーカーに挑む者が現れなかった理由――




 ……が。


 




 真の遊戯は、ここから始まる。


  


 











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る