第81話 まだ終わりたくない脱落者



 賭け神ブツクメーカーは――


 一、使徒ネルと賭け神ブツクメーカーとの一騎打ちで遊戯ゲームを行う。


 二、賭け代ベツトは同行者の「一勝」。ここではフェイの一勝をチップとする。


 三、ネルが勝利すればネルの敗北数が一つ減る。

   通算三勝三敗から、三勝二敗へ。


 四、ネルが敗北すると賭け代ベツトしていたフェイの勝利数が一つ減る。

   通算六勝〇敗から、五勝〇敗へ。


「なるほどね。俺の一勝を使ってネルが賭け神ブツクメーカーに挑む。勝てばネルの一敗が消えて、二敗に戻る。そういう理屈で現役復帰できるわけだ」


「――――ま、待ってくれ。こんなのできるわけがない!」


 叫んだのは他ならぬネル。

 鬼気迫るまなざしで、拳を強く握り固めて。


「私が負けることで私自身が負け分を負うのは構わない。だがこれは違う、私が負けたらフェイ殿の一勝が消えるんだぞ!」


「いやいいよ」

「な……何を言ってるんだフェイ殿!?」


 神々の遊び六勝〇敗。

 フェイの通算成績は、既に前人未踏の大記録に到達している。


 今後さらに強大な神が立ちはだかる可能性はあるが、このままのペースでいけば間違いなく十勝が見えてくる。人類史上例のない完全攻略が。


「フェイ殿の六勝のうちの一勝たりとも失えない! 赤の他人である私が賭けて失うようなことがあれば――」


『人類の宝の喪失だね。間違いなく』


 モニターの向こう。

 頬杖を突くミランダ事務長が、押し殺した声でそう続けた。


『神秘法院の事務長として話をすると。フェイ君の勝ち星っていうのは人類の希望そのものなんだよね。を再起させるために賭けること自体、大問題。わかってるよねネル君?』


「…………っ」


『フェイ君の功績を見てると勘違いしそうになるんだけど、そもそも神々の遊びで一勝を挙げることは本当に難しい。今日だって私のもとに入ってきた結果は三勝負すべて「負け」なんだよ』


 神々の遊びの平均勝率11パーセント。


 フェイや竜神レオレーシェのような一握りの勝利者の裏に、何百人という使徒が惨敗しているのが現実。


『人類が死に物狂いで掴み取った一勝を賭ける。賭け率オツズでいうなら一勝と釣り合うべきは一敗どころか十敗。大事な一勝を賭けて賭け神ブツクメーカーに勝っても一敗しか消えないなんて、そんなの救済措置じゃない。ペテンに近いぼったくりだよ』


 割に合わないのだ。


 一勝は一敗の十倍重い。にもかかわらず一勝と一敗を同じ天秤にかけて戦うのはあまりに不平等なシステムだろう。


『だから廃れたんだよね。この賭け神ブツクメーカーっていう救済措置が。マル=ラ支部のネル君が知らないってのも当然。だってもう何十年も使われてないし』


 はぁ、と。

 ミランダ事務長がこれ見よがしに嘆息。


『だからネル君』

「……は、はいミランダ事務長」


『フェイ君の一勝をドブに捨てる危険に晒してまで、再起カムバツクしたい?』

「っ!」


『神秘法院の歴史上、いったいどれだけの使徒が引退してきたと思う? その中には神々の遊びで六勝七勝を積み上げたような英雄たちもたくさんいたよね』


 だが英雄たちも引退した。

 三敗して、それが自分の限界だと身を引いたのだ。


、フェイ君とレーシェ様という最高のチームに加わりたいという願望だけで、本当にフェイ君の一勝をベットする気?』


「そ、それは……」


『厳しいこというけど、自分がそこまでの価値ある人材だと思ってる?』


「っっ!」


 黒髪の少女が唇を噛みしめた。

 目を伏せて、ただ呆然と肩を落として――――


「な、ならあたしの一勝を賭ければいいんです!」


 響きわたったのは、パールの声。


「フェイさんの一勝が重いのはその通りです。なら……あたしの一勝を賭け代ベツトにしてネルさんに戦ってもらえば解決ですよね!」


「パール!?」


 ネルが、弾かれたように振り向いた。

 対してミランダ事務長は、モニターの向こうで無言。


「……ネルさんは、喉を嗄らしてあたしたちの応援をしてくれました」


『情が移ったと?』

「その何がいけませんか!」


 睨みつけるように鋭利な事務長の視線。

 それを真っ向から受けとめて、パールが自らの胸に手をあてる。


「あ、あたしは思いこみが強いって言われるけど、ネルさんは本当にあたしたちと一緒にゲームがしたいって思ってます。それくらいわかります!」


「――ま、そういうこと」


 肩を上下させるパールの背中に、触れて。

 フェイは一歩前に進みでた。


「ってわけですよミランダ事務長。あと


 そう。

 他の誰のものでもない、自分の勝利数であることに意味がある。


「いいよなレーシェ?」

「んー。別にわたしのでもいいけどね」


 レーシェの暢気な声。

 奥のソファーにのんびり腰掛けて一人囲碁の最中だったが。


「ねえミランダ」

『はいレオレーシェ様』


「元神さまの立場から言わせてもらうけど、神は、再起カムバツクを望む使徒なんて心底どうでもいいの。もう一度やり直したいって祈ったり口にするだけの人間になんか興味ない。神さまはね、自ら奇跡をひらく者にのみ微笑むの」


 ネルは啓いたのだ。 


 意を決して自分フェイたちの前に現れて、矜恃をかなぐり捨てて頭を下げて、共に戦った。


 奇跡はまだ起きてはいないが――

 奇跡が起きる条件は満たしたのだ。


「退役した使徒が何千何万いるか知らないけど、少なくとも、わたしとフェイにのはネル一人よ? わたしが目をつけるに値するわ」


『……それはごもつとも』

「ってわけで決まりね」


『……使徒のチームは、仲良し同好会じゃないんですけどねぇ』


 根負けした。

 いかにもそんな微苦笑で、ミランダが天を仰いでみせた。


『ではすぐに準備に取りかかります。レーシェ様が我が都市ルインに戻ってこられたらすぐにでも賭け神ブツクメーカーに挑めるように』


「――ってことになったから」


 ふっと息を吐き出して。

 フェイは、強ばった表情の少女に向かって頷いた。


「まだ奇跡は起きちゃいない。俺たちができるのは奇跡を起こすお膳立てだけだ。……で、再起カムバツクするよな?」


「…………」


「勝てよネル」

「……ああ! もちろんだ!」


 黒髪の少女がぱっと表情を輝かせた。


「ありがとうフェイ殿、レオレーシェ様、パールもだ。この場の皆のすべてに感謝する。特にフェイ殿にはなんとお礼を言えばいいか」


「あ、ちなみに俺の勝利数が減るのは気にせず賭けていいから。一敗二敗しても――」


「それはダメだ!」


 ネルがぶんぶんと首を横に振る。


「フェイ殿に一勝だけお借りする。その一勝をそっくり無傷でお返しできるよう、私は、必ず賭け神ブツクメーカーとのゲームに勝ってみせる!」




 そして。

 時は、およそ一週間後――




 誰しも予想しない遊戯と結末が、待っていた。







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