第79話 神に挑むカミングアウト



 現実世界への帰還――


 ダイブセンターに戻ったフェイを出迎えたのは、ホールが震えるほどの盛大な拍手だ。


「お手並み拝見した。見事だ、使徒フェイ」


 上機嫌な事務長バレッガ。


「このゲームの視聴者数だが、マル=ラ支部の生放送ストリームの歴代一位をぶっちぎりで更新した。都市ツアーは大成功。君たちを招待した甲斐があった」


「――そんなことよりフェイ、答え合わせの続きを」


 割りこんだのはケルリッチだ。


「太陽の花はダークスが持っていた。それをダークスが脱落寸前にあなたに譲渡していた。経過はわかりましたが、あまりに手際が良すぎでは?」


「っていうと」


「太陽の花を任されたなら命がけで花を守ろうとするはず。なのにダークスは最初から、あなたに太陽の花を譲るつもりで動いていたように見えました」


「ああ。実際そう動いたんだろ」

「……どんなトリックを使ったのです?」


 太陽の花を預ける。


 ――だがゲーム途中で、太陽の花を自分フェイに渡せ。


 こんな複雑かつ重要な作戦を以心伝心でというのは無理だ。自分フェイとダークスは数日前に出会ったばかり。同じチームで戦ってきた旧友ではない。


「まさか『俺たちなら心が通じるはずだ』なんて不確定な信頼ではありませんよね。どうやって作戦を伝えたのですか?」


「そりゃもちろんゲーム中にさ」


「……アイコンタクト?」

「もっと具体的に。それは――――」


「ケルリッチ」


 言葉を継いだのは、黙って会話を見守っていた黒コートの青年だ。


「フェイが明確な『合図』を送ってきた瞬間があっただろう」

「え?」


「ゲーム開始時。フェイは何と言った?」

「……あっ!?」


 褐色の少女が、つぶらな瞳を大きくみひらいた。



〝太陽の花を持っているのは、俺だ〟

〝太陽の花を持っているのは、わたしよ〟



 ダークスだけは判別できたのだ。


 太陽の花を持っているのは自分ダークス

 ゆえにフェイとレーシェの宣言はどちらも「嘘」。


「ここで重要な点が、ということだ。ゆえに、それを理解している俺宛ての隠しメッセージである可能性が極めて高い」


 太陽の花を持っているダークス。

 そのダークスの見ている前で、フェイはわざわざ「俺が持っている」と宣言した。


「っ! !」


「その通りだ。そのメッセージが込められていると理解できたなら、あとは最適な状況を用意すればいい」


 フェイの表明カミングアウトは、神に対する挑戦状ではなく。

 ダークスに宛てた作戦だったのだ。


 そしてレーシェの表明カミングアウトは、その意図を紛らせるためのカモフラージュ。


 二人の表明カミングアウトにはまったく別の狙いがあった。


「……あの咄嗟の宣言に……そんな意味が…………」


「みんなに伝えられなかったのは悪かったよ。特にパール」


「まったくですぅ」


 遂に来たとばかりに頬を膨らまるパール。


「あたし、フェイさんから太陽の花を任されたってめちゃくちゃ気合い入ってたのに……」


「それくらいじゃないと神さまを騙せないかなってさ」


 神を騙すにはまず味方から。


 事実、意味はあった。ダークスが脱落した瞬間のケルリッチの激昂や、マアトマ2世に臆さず突っ込んだパールの勇姿。


 フェイの作戦を伝えてしまえば、あの緊迫感は絶対に出せなかっただろう。


「あとダークスのおかげかな」

「ふん、俺にとっては茶番も同然」


 ダークスが黒コートをひるがえした。

 鋭い双眸を湛えた横顔だけを、こちらに向けて。


「フェイよ。永遠のライバルたる俺たちの遊戯ゲームは始まったばかり。次なる決闘のフィールドでお前を待つ! 行くぞケルリッチ!」


「……ではお先に」


 高らかに靴音を響かせて、ダークスがダイヴセンターを後にする。

 続くケルリッチの背中をしばし見守って。


「――で」


 フェイは、ホールの隅に座っていた黒髪の少女に振り向いた。

 興奮冷めやらぬ面持ちの彼女へ。


「どうだったネル?」


「っ!? な、何のことだフェイ殿!」


 我に返ったネルが、はっとその場に立ち上がった。


「ど、どうだったとは……」

「汗びっしょりだけど」

「っ!」


 紅潮して赤くなった頬。ずっと握りしめていた拳は爪の跡が残っていて、今も首筋には大きな汗の粒が浮かんでいる。


 それ程までに夢中で見入って、夢中で応援していたのだろう。


 


「本当にこれで満足か?」

「……なっ!?」


「全力で応援してもらえて俺たちは嬉しい。勝利もできて万々歳だ。だけどネル、あんた自身は本当に満足なのか? 解析班アナリストってのが」


「っ…………」


 黒髪の少女が息を呑む。


 気づいた。否、見せつけられた。

 自分がなぜ「神々の遊び」に今もこれだけ執着しているのか。


 ――チームメイトに恵まれず三敗して引退。

 ――そんな自分が遂に見つけた理想がフェイだった。


 彼のチームに入れば何でもいいのではない。

 まだ現役で遊戯ゲームがしたいのだ。共に神々と戦いたい。


「…………そうだ。白状する、私は……本当は、フェイ殿と同じチームで同じ使徒として一緒に『神々の遊び』に挑みたかった……!」


「ならそうしよう」


「! だ、だが私は三敗した身だ!……もう引退は決定づけられて……」


 ネルの左手には「Ⅲ」という敗北数が刻まれている。


 神々から刻印された証がある限り、神々の遊び場エレメンツにダイヴすることはできない。


「……まさか」


 沈黙を破り、バレッガ事務長が自らのサングラスを押し上げた。


「フェイ氏。お前がやろうとしていることは」

「そのまさかですよ」


「だが……アレは極悪な危険リスクを背負うことになる。ざっと二十年、全世界でも誰一人として挑戦したものがいないはずだ!」


「承知の上です」


 事務長に向かって小さく頷いて、フェイは再びネルへと振り向いた。

 きょとんとした表情。


 自分フェイと事務長が話している内容に心当たりがないのだろう。事務長が言うように、神秘法院でざっと二十年は用いられていない秘密の遊戯ゲーム


「ネル、成績はいくつだっけ」

「……私?……あ、そ、その。『神々の遊び』のことなら三勝三敗だが……」


「――――」

「フェイ殿?」


調


 自らにそう言い聞かせて、フェイは、事務長に目配せした。



「バレッガ事務長、急ですけどミランダ事務長に連絡とってもらえますか。俺たち『賭け神ブツクメーカー』と勝負しにいくって」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る